「日本を代表する知識人」「知の巨人」と称され、2008年に亡くなった評論家、加藤周一さんが自ら著作を選んだ『加藤周一自選集』(全10巻)が、今年9月から来年6月にかけて刊行される。岩波書店営業局宣伝部部長の宮本哲男氏に、刊行の経緯、反響などについて聞いた。
著者自らが最晩年に選んだ著作を
その軌跡とともに編纂(へんさん)した全10巻
――『加藤周一自選集』刊行の経緯について聞かせてください。
2007年に、弊社社長の山口昭男が加藤さんに提案したのがきっかけです。加藤さんは、自らの著作を集成する最後の機会ととらえ、編集に参加されました。すでに『加藤周一著作集』『加藤周一セレクション』(いずれも平凡社)が刊行されていることもあり、読者のためにも、これらとは違う編集方針を望まれました。
「非専門化の専門家」を目指した加藤さんの著作は、芸術、文学、政治など幅広いテーマを扱い、それらが重層的に語られています。そのため、主題ごとに分類された著作を網羅するよりも、選び抜いた著作を発表された年代順にまとめることが、70年余りの著作活動の軌跡をたどり、自分自身を定義することになる。加藤さん自身、そう考えられました。また、『羊の歌』『日本文学史序説』『日本 その心とかたち』『日本文化における時間と空間』などは、代表作ではありますが、廉価版で入手しやすいため、今回の選集からは外しました。
編纂作業は、加藤さんが90歳を迎える2009年9月19日の「卒寿刊行」を目指して進められました。残念なことに、昨年12月5日、加藤周一さんは自選集の完成を見ることなくその生涯を閉じられましたが、9月16日、第1巻の刊行に至りました。
――加藤さんの誕生日にあたる9月19日、朝日新聞に全15段広告が掲載されました。
加藤さんが1919年9月19日生まれで、90歳を迎えるこの日は、生前から自選集の宣伝における大きなポイントになると考えました。お亡くなりになったことで、命日に合わせた出稿も検討しましたが、やはりこの日にこだわろうと、「生誕90年」を迎えた9月19日に、全15段の広告を全国同日で掲載しました。
朝日新聞を選んだのは、もともと当社の書籍と朝日新聞の読者層は重なる部分が多く、広告を出したときの反応がいいことが理由として挙げられます。しかし、何より加藤さんが朝日新聞に「山中人閒話(さんちゅうじんかんわ)」「夕陽妄語(せきようもうご)」の連載を長年続けていたため、読者の認知度も高く、加藤さんの著書を知らせるには、もっともふさわしい媒体と考えました。ターゲットにより的確に伝えるためには有効な選択肢だったととらえています。
――反響は。
初刷は3,000部で、刷りを重ね6,000部までいきました。第1巻刊行直後に出した広告の効果も大きかったようです。広告の原寸大のコピーを、首都圏の書店を中心に200枚ほど配布したところ好評でした。実際の紙面をポスター代わりに張ってくれる書店もありました。全集・著作集などは大きな部数が望めない昨今ですが、こうした動きに書店や販売会社などの流通各社が手応えを感じて、さらに力を入れてくれ、それがまた売り上げに結びついていると考えています。刊行は来年6月まで続きますので、1巻を買った人がさらに続けて購入し、できれば10巻全部をそろえてもらいたい。話題が継続するよう、版元としても情報発信などに取り組んでいきたいと考えています。
今回の自選集のような書籍は、何万、何十万部と出るものではありませんが、書店にも読者にも、刊行が続いていると気づいてもらうことがまず重要で、新聞における出版広告は、それを「情報」として伝える役割があると認識しています。そのため、定期的に広告を出稿することは、スペースの大きさに関係なく効果があるものと期待しています。
――今後について聞かせてください。
繰り返しになりますが、来年6月の全巻刊行に向け、広告も含めた情報発信を考えていきます。ただ、広告だけで後押しすることは困難であるのも事実です。12月5日の命日に向け、新聞などのメディアで加藤さんを回顧する特集記事が出れば、話題となって追い風になるのでは。そうした動きとの相乗効果を考えていきたいですね。