今年35周年を迎えた文春文庫は、記念キャンペーン第1弾として文春文庫の中から「いい男」が登場する作品を集めて「いい男の35冊フェア」を4月から展開。あわせて「いい男」をテーマとした読書感想文を募集し、30~40代女性読者へのアピールを狙ったマーケティング活動を行った。文藝春秋 文春文庫編集長の柏原光太郎氏に聞いた。
作品の主人公たちをブランド訴求の担い手に
――文春文庫の歴史と特徴を、改めて紹介してください。
創刊は、1974年6月です。創刊ラインアップは、五木寛之『青年は荒野をめざす』、柴田翔『されど われらが日々――』、小林秀雄『考えるヒント』など全10冊。35年を経た現在、発行部数は年間約2,450万冊に達し、単体の文庫シリーズとしては業界3位です。後発ながら、大きく成長できたことを読者や作家の方々に感謝しています。
原動力になったのは、私たちが「ビッグ4」と呼ぶ時代小説の大作家、司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平、平岩弓枝の4氏で、今も既刊本の売り上げの約20%を占めています。近年では、唯川恵さん、村山由佳さん、東野圭吾さんなど、若い女性読者に人気のある作家の小説が充実してきました。時代小説という本筋を大切にしながら、女性読者にも魅力のある文庫だという認知を高めることが、ここ数年の課題でした。
――35周年の記念キャンペーンの背景と概要を教えてください。
今年11月から、『坂の上の雲』がNHKでドラマ化されます。司馬さんの原作は文春文庫を代表する作品ですから、35年という節目を契機に何かをやろうという思いがありました。なかでも、特に若い女性読者に向けたマーケティング活動がポイントになりました。
そこで、4月に行ったのが、「いい男35冊フェア」です。「いい男、文春文庫から発売中。」というコピーに、文春文庫にはいい男が主人公の小説がこんなにもありますというメッセージを込めました。同時に「いい男」をテーマにした読書感想文をホームページから募集し、5月から9月まで毎月、応募作品の中から最優秀作品を選出して受賞者に賞金35万円を贈るキャンペーンを展開しました。
――感想文募集の告知広告は朝日新聞にも掲載しましたが、大胆なクリエーティブに従来の文春文庫のイメージとは異なる思い切りを感じました。
キャンペーンの前に、読者に文春文庫のイメージを調査したところ、「どんなイメージも持っていない」という回答がトップに挙げられ、かなりショックでした。しかし、ならば、これからつくればいいと気持ちを前向きに切り替えて、賛否両論を覚悟で新しい試みをやろうと思いました。
この企画のポイントは、タレントの力を借りず、個々の作品イメージやそこに登場する主人公が文春文庫の魅力を伝えていることです。寄せられた感想文の応募総数は約2,700通。女性と男性の比率は、ほぼ6対4でした。10代や20代の女性からの応募も多く、若い世代が自分なりの視点で小説を楽しんでいることを改めて実感でき、大きな励みになりました。
「いい男、文春文庫から発売中。」
「秋の100冊」フェア
既存の資産を大事にしながら、健康・食・ビジネスを強化
――毎年恒例の「秋の100冊」フェアでは、今年は本木雅弘さんをキャラクターに起用しました。
本木さんはドラマ『坂の上の雲』で、主人公の秋山真之を演じます。ここ数年は、文春文庫の著者を起用することが多かったのですが、今年はぜひ『坂の上の雲』を読んでほしいとの思いから、35周年のフェアとからめて話題の広がりを狙いました。従来のイメージを壊す試みをした春の「いい男」キャンペーンのイメージは持続しつつ、「秋の100冊」では従来の硬派な文春文庫も前面に出したいと思ったのです。
――毎月の新刊案内では新聞広告を定期的に活用しています。新聞広告に期待していることは。
文庫本は、毎月同じ日に20数冊を刊行して、それが書店の棚に平積みされることから、本の中では雑誌に近い性格を持っていると私は思います。ジャンルもノンフィクションから、時代小説、ミステリーなどさまざま。その全体を分かりやすく読者に伝えるということでは、紙媒体である新聞広告の役割はまだまだ大きいと思っています。
――文春文庫の今後の展開、抱負などを聞かせてください。
山本一力さんや宇江佐真理さん、佐藤雅美さん、山本兼一さんといった「ビッグ4」に続く時代小説作家たちの資産をより充実させながら、女性の作家や若い世代に人気の作家などにも、翼を広げていきたいと思っています。また、昨年から「健康」「食」「ビジネス」という3つの分野をはじめとするノンフィクション作品も強化しています。じっくりと小説を読みたい時も、ちょっとした時間の合間に手軽に読めるものを探している時も、文春文庫の棚に行けば、面白いものが見つかる。そんなイメージを定着させていくことが、これからの目標です。