今年も夏の最盛期を前に、各社が炭酸飲料の新商品を発売する中、明治17年に生まれたロングセラーブランド「三ツ矢サイダー」が売り上げを5年間伸ばし続け、2年連続で「3,000万箱超え」を記録している。5月には「126年目の新発売」と銘打ち、「三ツ矢サイダー オールゼロ」を発売、好評だ。歴史あるブランドならではのこだわりや課題を、「三ツ矢サイダー」ブランドのマネジメントを担当するアサヒ飲料マーケティング部副課長の秋田真林子氏に聞いた。
126年貫いてきた約束を誠実に守り続ける
――秋田さんの略歴をお聞かせください。
1998年の入社時にマーケティング部の宣伝チームに配属され、2年半、制作と媒体について勉強しました。その後、物流部門に新しく創設されたSCM(サプライチェーンマネジメント)部に2年半いた後、再びマーケティング部に戻り、2003年から缶コーヒーの「WONDA」を担当しました。そして今年4月、「三ツ矢サイダー」ブランドの担当になりました。
――三ツ矢サイダーは、非常に長い歴史がある商品ですね。
英国人のウィリアム・ガランによって発見された兵庫県の多田村平野(現・川西市)の天然鉱泉を瓶詰めし、「平野水」の名で1884(明治17)年に発売したのが発祥です。1889年に「三ツ矢印平野水」と三ツ矢のブランド名がつき、1907年に「シャンペンサイダーエッセンス」という風味を加えた「三ツ矢印平野シャンペンサイダー」となりました。これが現在の三ツ矢サイダーの原型です。当時は、後の大正天皇の御料品として採用されていました。
「シャンペン」の名称を正式に外し、「三ツ矢サイダー」の名になったのは、1968年。翌年の69年には、王冠を集めて応募すると「ドレミファコップ」という8個のグラスが当たる懸賞キャンペーンが好評を博し、大いに盛り上がりました。71年には缶、96年にはペットボトル化。2007年に「レモンを搾った三ツ矢サイダー」を、そして今年5月には、カロリーゼロ(*)、糖質ゼロ(*)、保存料ゼロの「三ツ矢サイダー オールゼロ」を発売しました。(*栄養表示基準による)
――具体的な業務内容は。
新商品の開発では、まずどのような切り口で作ればお客様に魅力的な商品になるのかという市場ニーズやシーズのリサーチから始まります。次に商品のコアとなるコンセプトを開発、研究担当への味づくりへの依頼、ネーミングの考案、パッケージの制作などをして、商品として完成させます。それを調査にかけ、製品化するまでの一連の業務を担当しています。
三ツ矢サイダーのように、歴史があって認知度も高い商品やブランドの場合、その価値が今どのように受け入れられているのかを定期的に測ることが大切です。いいところは伸ばし、足りない部分は修正するというリニューアルを検討していくのも、重要な仕事のひとつです。
――他セクションとは、どのようなコミュニケーションをとっていますか。
広域の営業部門とは、月1回の担当者間の打ち合わせと、週1回のリーダークラスのミーティングがあり、常にお互いに情報発信をする体制をとっています。とはいえ、実はマーケティング部と営業は同じフロアの隣同士なので、必要に応じてすぐに話ができる環境にあります。研究部門とは、2週間に一度、進捗(しんちょく)報告のミーティングがあります。また、弊社のイントラネットに「情報カード」という仕組みがあり、仕事をする中で聞こえてくるお客さまや流通からのニーズや、他社の取り組みの成功事例などを、ネット上でいつでも誰でも閲覧できるようにしています。
――「三ツ矢サイダー」ブランドのマーケティング戦略で重視していることは。
1958(昭和33)年には「磨かれた水」という言葉をすでに広告で使っていました。三ツ矢サイダーは昔から、「安心、安全」という、品質へのこだわりをブランドのコアに据えています。120周年に当たる2004年にリニューアルしたときも、「安心、安全、自然」を再徹底することにこだわり、フレーバーを果実などの植物由来のものにして、使用する水を三ツ矢サイダーがもっともおいしい「硬度25」に全工場で統一しました。三ツ矢サイダーは、小さなお子さまからお年寄りまで、まさに老若男女に愛飲してもらっている商品です。お客さまに品質を約束し、それを守り続けることが、マーケティングにおいては最も大切だと考えています。
――歴史あるブランドならではのこだわりや苦労は。
三ツ矢サイダーは、長年貫いてきた主義や主張のあるブランドです。その「太い幹」からぶれることのない商品であるかどうかを常に確認しながら、開発に臨んでいます。
悩ましいのは、歴史があることは、ともすれば「古くさい」というマイナスの印象につながりかねないこと。実際、6年ほど前までは、調査をすると「なつかしい」「田舎のおばあちゃんの家」という声が多く、古くさいイメージは年々強くなる一方でした。1980年代後半から1990年代前半にかけて、キャラクターラベルを展開するなど、パッケージを含めて鮮度を出す努力はしてきたのですが、「古くさい」等のイメージを払拭(ふっしょく)するまでには、なかなか至らなかったのです。
そこを変えることができたのは、さきほども触れましたが、120周年を迎えた2004年からの一連の取り組みでした。三ツ矢サイダーが貫き通している「安心、安全、自然」へのこだわりを真正面から訴えるコミュニケーションを展開したのです。さらに、古いとは、裏返せば伝統的な日本の飲み物であること。この部分を、夏目漱石や宮沢賢治も愛飲していたというストーリー性を持たせて訴えていきました。すると、三ツ矢サイダーのものづくりへのこだわり、品質へのこだわり、守り続けているおいしさへのこだわりという点が、若い人や主婦層から支持され、飲用層を増やすことができたのです。うれしいことに、「古くさい」というイメージを持つ人も、2004年以降どんどん減ってきています。
もう一度飲んでもらうきっかけを仕掛けていきたい
――現在の三ツ矢サイダーのコミュニケーション戦略についてお聞かせください。
広告については、「三ツ矢サイダー」は現在、櫻井翔さんと北乃きいさんをキャラクターに起用し、若い男女をターゲットに「飲みたい」と感じてもらえるような親近感があるシーンを描いています。さらに、三ツ矢サイダーの品質へのこだわりや約束を前面にうたう広告と、2方向で展開しています。
新発売の「三ツ矢サイダー オールゼロ」は、30代、40代で健康を気にする層がターゲットですので、そこに伝わるようなコミュニケーションを、ということで、スタイル抜群で健康的なイメージの東山紀之さんを起用しました。また発売時、全国100万人に飲んでもらおうと、主要都市でのサンプリングやネット応募のオフィスサンプリング、店頭での試飲を行いました。「三ツ矢サイダー」という名がつくだけで安心感があるのか、大変評判が良く、街頭サンプリングでは行列もできたようです。
売り上げも好調ですが、お客さまからの反響も大きく、当社のお客さま相談室には「待っていました」「三ツ矢サイダーと同じ味わいでうれしい」といった声が、発売1週間ほどで400件も寄せられました。砂糖やカロリーが気になって、炭酸を飲みたいけれど飲まなくなっていた人が多く、そんな皆さんに喜んでいただけたのがとてもうれしかったですね。
――メディアの使い方は。
基本的にはメディアミックスすることで、お客さまに価値を広く伝えていこうと考えています。いずれの媒体でも、「透明はごまかせない」というキャッチコピーで、三ツ矢サイダーの「透明品質」へのこだわりと、安心しておいしく飲める商品であるというメッセージを込めています。
5月26日には、朝日新聞の広告特集「食の潮流」に出稿しました。三ツ矢サイダーは本当に語るべきことが多い商品なので、テレビでは伝えきれない部分をより詳細に伝えることができるのでは、と期待しました。
――新聞広告の反響は、いかがでしたか。
お客様からはもちろん、社内からも非常に評判がよかったですね。新聞は生活の中で自然と情報を受け取れる媒体です。さらに、信頼度の高いメディアなので、そこで堂々と品質のよさを伝えられたのはよかったと、手ごたえを感じています。
――今度の課題は。
炭酸飲料のヘビーユーザー層である20代の男性層をまだ取りきれていないのが実情です。三ツ矢サイダーは非常に嗜好(しこう)性が高いので、一度飲んでもらえれば飲み続けてもらえる自信があります。後口もすっきりしているのでゴクゴク飲め、水やお茶、スポーツドリンク代わりになり得ると考えます。まずはそのきっかけを作れるよう、この世代に響くような、何かおもしろい仕掛けを考えていきたいですね。今後は、動画サイトなど、ウェブを使ったコミュニケーションなどにも可能性があるのでは、と模索しています。
――ブランドマネジメントの担当として、もっとも大切にしていることは何でしょう。
繰り返しになりますが、お客さまが持っている三ツ矢サイダーのイメージや、永久不変の約束事を、誠実に守り続けることを一番大切に考えています。一方で、ブランドがくすんでしまうことがないよう、時代の流れを見ながら、どう訴えれば今のお客さまにとって価値のあるものとしてとらえてもらえるかを考え続けていきたいですね。