日本語ブームの中、『広辞苑 第6版』が2008年1月11日、発売された。出版不況が続き、電子辞書市場が拡大する中で、多彩なメディアを駆使したマーケティング手法を展開。その存在感を改めてアピールしたことで、奨励賞に輝いた。岩波書店営業局宣伝部部長の宮本哲男氏が、受賞の背景などを語った。
メディア環境が変わる中
「変わらぬブランド」をアピール
――受賞の感想を聞かせてください。
広辞苑の第6版は、第5版から10年ぶりの改訂でした。そういう意味では、第1回の選考対象となった2008年度に刊行できたことは幸いなめぐり合わせで、大変光栄に感じています。
――受賞された「広辞苑 第6版の販売プロモーション」の概要は。
第5版が刊行された10年前とは、社会的状況もメディア環境も大きく変化しました。紙の辞書市場は、10年前におよそ1,200万部だったものが、今は650万部程度に減り、その分、電子辞書が300万台と市場を伸ばしています。広辞苑も、第4版までは220~260万部あった売り上げが第5版では100万部まで落ち込みました。また、広辞苑の利用層のひとつである小中高校生の数は、10年前に比べて約250万人も減っています。間違いなく、状況は「逆風」ととらえました。
しかし、広辞苑は中型国語辞書市場のシェア8割を占め、辞典の代名詞とも言われています。改訂のこの機会にさらなるブランド力向上のために、これをどうアピールしていくかの論議を2003年の春から全社的プロジェクトを立ち上げ開始しました。
広辞苑は、年齢の高い読者を中心に、新しい版が出たら必ず買い替えてくれる人がたくさんいます。まずはこの層に、新しい版が刊行されることと改訂内容を伝えようと考えました。また、子どもの国語力の低下や、読書習慣の減少などが社会的な問題になっていることを受け、30~40代で子どもがいるような世代に「一家に一冊」と訴求することにしました。
広告を使ったコミュニケーションは、新聞を中心に展開しました。というのも、新聞を読む人と辞書を引く人が共通しているとみているからです。実際、送られてきた読者カードを見ても、新しい版が出たことを何で知ったかの設問に、約7割の人が「新聞広告」と回答していました。特に朝日新聞はその4割近くと圧倒的に高い割合でした。全国津々浦々に読者はいますので、全国中央紙とブロック紙・地方紙・諸紙合わせ、43紙に広告を掲載。広告クリエーティブは何パターンか作りましたが、いずれも「ことばには、意味がある。」をキャンペーンのキャッチに、ことばに対して関心や危機感を持っている多くの読者に、紙の辞書の有用性を伝える内容を心がけました。
また、主に30~40代とその子どもたちという読者層に訴求するため、『AERA』『プレジデントファミリー』いった雑誌や、『朝日小学生新聞』『朝日中学生ウイークリー』などにタイアップ広告を掲載。新聞広告にも登場した手塚治虫さん、桑田真澄さんといった著名人8人の駅張りや店頭用のポスターも展開しました。
アナログとデジタルは両立できる
利便性に合った多メディア展開に取り組む
――成果、反響は。
10年ぶりの改訂ということで、これまで以上に丁寧に情報を発信しました。予約開始の11日前の2007年10月23日には、販売会社とマスコミ関係者ら150人の参加を得て、発表会を開きました。その結果、10万語を集めた中から厳選した1万語が新たに加わったこと、その中では外来語・カタカナ語が4割を占めるようになったことなどがテレビのニュースなどでも大きく報道されました。広辞苑の存在が、ニュースバリューとして評価された結果だととらえています。
当初、初回注文で普通版20万部、机上版2万部を目標にしましたが、結果としてはそれぞれ28万部、6万部と、目標を大きく上回るご注文をいただきました。
――今後の展望についてお聞かせください。
今回は10年ぶりだったように、次の改訂は何年も先です。そのときの社会的状況やメディア環境がどうなっているか、予測はできません。技術が進歩していることは間違いありませんし、辞書のあり方も変わっているかもしれない。しかし、紙が無くなることはないと受け止めています。というのも、電子辞書版を持っている人は冊子の広辞苑も持っていて、用途や場所、そのときの利便性によって使い分けているようなのです。広辞苑は、87年にCD-ROM版を開発、92年には電子辞書に採用されるなどデジタル対応は最も早く、その後、携帯電話版やDVD-ROM版が加わり、多メディアで展開していますが、アナログである紙とデジタルは決して対立するものではなく、両立できると確信しています。
第6版の発売後、すぐに次の編集作業は始まっています。読者から問い合わせがない日はなく、内容についての指摘や要望などが寄せられます。辞書は、読者のみなさんの目と、歳月によって磨かれ、それが信頼へとつながっていきます。広辞苑のブランドのもと、読者の期待にこたえていきたいと考えています。