日本医師会主催で2011年に創設された日本医療小説大賞。今年で4回目を数え、2015年度の大賞は、上橋菜穂子氏の著作『鹿の王』が受賞した。これを記念し、日本医師会が上橋氏と同会会長の横倉義武氏の対談広告を掲載した。広告の狙いなどについて、常任理事の石川広己氏に聞いた。
日本医療小説大賞の意義と、日本医師会の取り組みを伝える
第4回日本医療小説大賞は、『守り人』シリーズや『獣の奏者』シリーズなどで知られる上橋菜穂子氏の『鹿の王』が受賞した。上橋氏と日本医師会会長の横倉氏との対談を掲載した理由について、石川氏はこう話す。
「日本医療小説大賞は、医療や医療制度に対する国民の理解と共感を深める目的で創設されました。テレビドラマ化や映画化をあてこんだ作品ではなく、純文学として読みごたえがあり、かつ医療の本質に迫るような作品を評価する、というのが当初からの審査方針です。その最高賞を獲得した著者と弊会会長の対談を通じて、賞の意義と、日本医師会の取り組みを伝えたいと考えました」
とりわけ同賞の存在を知ってもらいたかったのは、医療を自分ごととして捉える機会がなかなかない、若い人々や健康な人々だったという。
「自身が病気にならなくても、高齢化社会においては、若く健康な世代が医療や介護を支えていく必要があります。娯楽である小説が、医療への関心につながれば……。そんな思いもありました」
『鹿の王』の物語は、戦士ヴァンと医師ホッサルという2人の主人公を軸に展開される。戦いに敗れて洞窟に捕らわれたヴァンは、洞窟の内外で流行した謎の病を生き延び、自分と同様に生き残った幼子を見つける。一方、帝国の医術師ホッサルは、謎の病の原因究明に奔走する。2人の人生をめぐって壮大なドラマが繰り広げられるファンタジー長編だ。
対談では、本書を読んだ横倉氏が、感染症の問題などを描いた本書の内容と現実社会との共通点を指摘。市場原理に巻き込まれることなく国民皆保険によって医療を守るという決意なども述べている。横倉氏の話を受けた上橋氏は、物語に込めた思いを語ると同時に、「医療は経済や社会システム、倫理観など様々なことに左右されますが、病む人と、治そう、助けようとする人の間にあるものですから、そのあり方や仕組みは、社会全体で考えていかなくてはならないものだと思います」との見解で締めくくっている。
日本医師会会員や医療関係者が新たなメッセージを期待している
「今、厚生労働省が中心となり、団塊世代が75歳以上となる2025年をめどに、高齢者が要介護状態となっても住み慣れた地域で暮らせるよう、住まい、医療、介護などの支援が包括的に提供される『地域包括ケアシステム』の構築が進んでいます。日本医師会では、こうしたシステムづくりは、若い子育て世代が暮らしやすい街づくりと両輪で進めていく必要があると考えています。『鹿の王』の物語は『コミュニティーと医療』というテーマも含んでおり、いろんな意味で現実社会に置き換えられる示唆に富む作品でした」
同書は日本医療小説大賞受賞後、本屋大賞も獲得。対談掲載は本屋大賞の発表後だったこともあり、読者の目を引いた。
日本医師会は、新聞広告を定期的に掲載している。その狙いについて、石川氏はこう話す。
「節目節目でメッセージ性のある新聞広告を展開してきた歴史があるので、弊会の会員や全国の医療関係者が、『そろそろ新しいメッセージが打ち出される』と期待してくれているのです。ここ数年は、15段広告の他、1面の『天声人語』横の小型広告を定期的に掲載し、様々な医療の課題を伝えています」
最後に、今後のコミュニケーションプランについても聞いた。
「日本医師会では、ネットワーク上で医師資格を証明するための電子証明書を発行しています。この電子証明書はICカードのICチップに格納され、使うためにはコンピューターやICカードリーダーが必要ですが、ときに発生するなりすまし医師などへの対策として、医師資格保持者かどうか一見してわかる『医師資格証』にしました。例えば、天災などによって大勢のケガ人が出たときや、飛行機や列車で急患が出たときに、この医師資格証を見せれば、医師は周囲の信頼を得て処置にあたることができますし、患者は安心して診療を受けることができます。現在弊会ではこの医師資格証の普及を目指しています。また同時に、『地域包括ケアシステム』の構築に当たって中心的な役割を担う『かかりつけ医』を持つことの重要性についても、積極的にコミュニケーションしていきたいと思っています」