アウトドア衣料品メーカー、パタゴニア日本支社は、4月22日付朝日新聞朝刊に、長崎県川棚町・石木ダム建設に対する反対運動を、企業として支援する内容の意見広告を掲載した。パタゴニア日本支社長の辻井隆行氏に、広告の掲載に至った経緯と、同ダム計画の見直しを訴える理由について聞いた。
「対立」するのではなく、本当に必要なのかを「ともに考える」
意見広告では、石木ダム建設にまつわる事実を紹介し、計画を見直す必要性を伝えている。水需要の予測、治水対策、建設コスト、自然の豊かさ、人権など、あらゆる観点から検証しているのが特徴だ。
「水は足りており、治水対策も行われている。様々な調査を見ても、ダムを新しく建設する理由がひとつも見当たりません。 しかし、50年前に立てられた計画のまま、公共事業として認定されてしまいました。ダムの事業主である長崎県知事は、集まった署名の受け取りを拒否し、もう一つの事業主である佐世保市長と同じように、話し合いには一切応じていない状況です。
反対している地権者を国家権力の助けを得て、強制的に退去させようとする方法は、人権的にも見過ごせません。そうした状況を打破するためにも、まずは佐世保市民にこの事実を知っていただく必要があると思いました。できるだけ多くの人に情報を届けるために、発行部数が多く信頼性が高い新聞に意見広告として掲載する方法を選びました」と辻井氏は説明する。
長崎県や佐世保市と対立するのではなく、地権者や市民団体「石木川まもり隊」の考えにより添いつつも、計画についてあらためて話し合い、ともに考えることを望んでいる。「この支援をきっかけに、石木ダムの問題だけでなく、他のダム建設を含む公共工事計画が再評価され、本当に必要なものは何かが熟慮されることを望んでいます」と辻井氏。
協調する姿勢が少しでも伝わるように、意見広告のコピーは「失うものは美しいもの」「水は足りています ダムはほんとうに必要か皆で考えましょう」と柔らかいトーンで統一。メーンとなるビジュアルも、子どもの頃の原風景を思い起こさせるようなイラストで五感に訴えかけている。イラストは、地権者でもあるイラストレーターのいしまるほずみさんが担当した。
パタゴニア日本支社が意見広告を制作するのは「初めてのこと」と辻井氏。社内では、一つの案件に集中して本気で取り組むことの意思表示にもなったという。社外からの反響も大きく、特に石木ダムの問題を知らなかったユーザーから「応援している」という声がカスタマーサービスセンターにも多く寄せられた。「地権者や市民団体にも私たちの本気度が伝わり、信頼関係が強くなった」(辻井氏)という。
パタゴニアが「石木川まもり隊」を支援する理由
パタゴニアはグローバルで「ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」というミッションを掲げている。今回の支援もその企業精神に由来する。
製品の品質は最高のものを目指しながら、環境負荷を減らす努力を怠らない。また、働く人の人権問題にも積極的に取り組んでいる。
本社のあるアメリカでは、託児施設や育児休暇など充実した家族支援システムがオバマ大統領から表彰されたり、サプライチェーンに基づく、工場雇用者の人身売買への対策活動について、ケリー国務長官が立ち上げた研究会でスピーチしてほしいと依頼されたりと、社会活動への評価は高い。
2014年には、ダムの在り方を問うドキュメンタリー映画「ダムネーション」を本国で制作、上映し、大きな話題をよんだ。国内での上映も反響を呼び、そうした動きが日本支社の石木ダム問題に対する積極的なコミットメントの後押しになった。
また、1985年からは売り上げの1%を環境保護に役立てるという助成金のプログラムもグローバルで展開しており、累計70億円以上を寄付してきた実績もある。
日本支社でも草の根で活動する小規模のグループを中心に支援しており、石木ダムの建設を反対する地権者を支援している「石木川まもり隊」もその一つだ。
「石木ダムの問題はパタゴニアのミッションと重なる部分が多く、こちらから支援を申し出ました。当初は資金提供ではなく、パタゴニアが主宰している『草の根活動家のためのツール会議』に参加しませんか、と声をかけました。ツール会議は、資金の集め方やメディアに無料で取り上げてもらう方法、パンフレットやウェブの制作についてなど、小さな団体が活動をしていく上で必要なツールをレクチャーするというものです。外部から講師を迎え、毎回、50名ほどの環境活動家が参加しています」(辻井氏)
新聞広告を掲載する2週間ほど前には、辻井氏は地権者の代表者らとともに、日本外国特派員協会で記者会見を開き、ダム建設反対を訴えた。また、5月からは佐世保市内を走る西肥もしくは民間バスのラッピング広告も活用し、佐世保市民にアピールしている。その資金もパタゴニアの支援によるものだ。
「パタゴニアの広告にとって大事なことは、製品を売ることよりも、企業としての伝えるべきメッセージを発信することだと考えています。今後もその姿勢は変わりません」と辻井氏。人にも自然にも温かいパタゴニアの毅然(きぜん)とした態度は、ブランドの信頼性にもつながっている。