「もっとワクワクする旅の感動を」 社長から全社員へ全30段の「宣言文広告」

 朝刊をめくると、鮮やかなブルー一色の二連版広告が目に飛び込んできた。旅行会社のエイチ・アイ・エスの広告だ。いつもの旅行商品を訴求する広告ではなく、社長から社員へのメッセージが書かれていた。この印象的な広告の狙いを聞いた。

創業の原点に立ち戻り 自らに疑問を呈す

上原裕一氏 上原裕一氏

 この広告は4月29日付の朝日新聞に掲載された。同社のコーポレートカラーである青を基調とし、写真やイラストを一切使わず、文章だけで訴求。新聞中央の見開き二連版を大きく使った、強いインパクトを与える広告だ。
  「社員である前に、旅人であれ。」というタイトルに、「H.I.S.の全スタッフに告ぐ」という書き出しで始まる。「目の前のお客さまをワクワクさせているか。売上げばかり求めていないか。今までのルールに固執して思考を停止していないか。」と、これまでの自社の姿勢に自ら疑問を呈する、社員へ向けた強いメッセージだ。

 インナーコミュニケーションともとれるメッセージを、あえて新聞広告で発信したことについて、エイチ・アイ・エス 本社広告グループ グループリーダーの上原裕一氏は次のように話す。

「当社は今年で34年目を迎え、おかげさまで『海外旅行といえばH.I.S.』というイメージが定着してきました。一方で、企業規模が大きくなるにつれて、創業のころを思い出して今を見直す必要もあるのではないかという反省もありました。価格の安さを追求するネットの旅行会社とも競合しながら、当社はこれからも国内外に店舗を増やしていきます。その理由は、お客様と直接お話しすることで、その方の好みや考え方がわかり、親身になって旅を提案できると考えるからです。旅は、未知との出会い――そんな出会いを提案する会社なんだ、という当社の“原点”を忘れてはならない、その姿勢をあらためて社内外に伝えたいと考えました」

2014年4月29日付 朝刊 全30段

2014年4月29日付 朝刊 全30段

「社内ごと」をあえて新聞で伝え、
全社員に覚悟を見せる

 しかしこの広告を掲載するまでには、社内で議論が繰り返された。
「社長から社員へのメッセージを掲載することについては私自身も迷いました。『社内ごと』なのだから、社内報に載せるべきという反対意見もありました」(上原氏)
  最終的に掲載に踏み切ったのには次のような狙いがあった。
  「新聞の朝刊の見開きページを使って、大々的に宣言すれば、この行動そのものが社員に響くはず。会社は本気なんだ、宣言したからには世の中やお客様に対してうそはつけない、そんな覚悟を伝えたいと思ったのです」(上原氏)

 この広告を同社では「宣言文広告」と呼び、抜き刷りを全店舗、全社員に配布。社員からは「うちの会社、本当に変わろうとしてるんですね」との声が聞かれたという。
  さらに、ソーシャルメディアではこの紙面を撮影した投稿が多く見られた。
「これまで、当社の新聞広告がソーシャルメディアで拡散されたことはありませんでした。読者が自主的に投稿してくれたということが貴重なことです。この広告が話題になったことで、その2日後にスタートしたキャンペーンにもスムーズにつながりました」(上原氏)

2014年5月1日付 朝刊 全15段

2014年5月1日付 朝刊 全15段

 企業広告の掲載から2日後の5月1日、夏の旅行商品をプロモートする「H.I.S. わすれない夏特集 2014」というキャンペーンもスタートさせた。今期の方向性を体現したものだ。
「このキャンペーンでは、当社の社員が旅先で撮影したホームビデオをつなげたテレビCMを制作しました。社員のホームビデオを見ながら感じたのは、『うちの社員は、みんないい旅をしているな、みんな旅が好きなんだな』ということ。『世界で最も旅を愛する会社』を目指して、お客様に『死ぬ前に立ちたい絶景特集』『子どもに「留学したい」と言わせる旅特集』など、社員自身が旅を通じて体感したことを具現化した旅行プランを提案しています」(上原氏)

 エイチ・アイ・エスは2014年1月1日付の別刷りでのセミマルチ展開をはじめ、新聞でのインパクトを重視している。中でも今回の企業広告は朝日新聞のみの出稿だった。
  「新聞は、若年層の閲読率が減り、中年層以上向けの媒体になりつつあると感じます。しかし、媒体ごとに強い層に向けた商品やメッセージをご提案することが重要で、新聞は中高年向けの付加価値の高い商品に向いているかも知れません。しかも、130年以上の歴史を持つ朝日新聞ブランドだからこそ、その新聞に掲載することで広告の信頼も得られると考えています」(上原氏)