出光興産の創業者、出光佐三氏をモデルにした小説『海賊とよばれた男』(講談社)が今年の本屋大賞に輝いたニュースは記憶に新しい。その約1カ月後に出光興産が企業広告を掲載。同書でも描かれる「日章丸事件」をモチーフにした全15段広告だった。この広告の狙いなどについて聞いた。
「人間尊重」「エネルギー供給による社会貢献」「挑戦する姿勢」をメッセージ
「日章丸事件」が起きたのはちょうど60年前の1953年。佐三氏は、石油を国有化し、イギリスと抗争中だったイランへ日章丸を極秘裏に差し向けた。日章丸は英国海軍の海峡封鎖をかいくぐり、イランに到達、ガソリン、軽油約2万2千キロリットルを満載し、5月9日に川崎港に無事帰港した。これに対し、イランの石油権益を支配していたイギリスの石油メジャー、アングロ・イラニアン社(現BP)は、集荷の所有権を主張して出光を提訴した。
裁判に臨んだ佐三氏は、「この問題は国際紛争を起こしておりますが、私としては日本国民の一人として府仰天地に愧(は)じない行動をもって終始することを、裁判長にお誓いいたします」と宣言。その後、アングロ・イラニアン社が提訴を取り下げたため、出光側の勝利となった。この事件は、欧米包囲網に挑戦し、産油国との直接取引の道を開いたとして世界的に注目され、敗戦で自信を失っていた日本に勇気を与えた。
「日章丸事件は、『世のため人のためになる仕事をする』という創業者の経営理念を象徴する出来事でした。そこには、『大国の圧力を受けて困窮しているイランの人たちのために』という思いとともに、『より品質が高く、価格の安い石油製品を日本の人たちに届けたい』という思いがありました。創業以来、事業を通じて実践しているこの考え方や、エネルギーの安定供給による社会への貢献、困難に挑戦し続ける姿勢を伝えたいと考え、日章丸の帰港から60年目の今年5月9日に広告を出稿しました」と語るのは、広報CSR室・ブランド・広告グループ・グループリーダーの山中敏之氏。
同社は、創業100周年を迎えた一昨年6月にもを展開している。日本人が古くから大切にしてきた「和の精神」や「互譲互助の精神」を重んじる企業風土を、「日本人にかえれ」という創業者・佐三氏の言葉を通して伝えた広告だ。震災の動揺が残る中、「私たちの気持ちを代弁してくれた」「日本人であることの誇りを感じた」といった感想が寄せられたという。
「この時、新聞広告のメッセージの影響力をつくづく実感しました。今年の2月から新テレビCMを放映しており、その中で青森の風力発電所、大分の地熱発電所、ベトナムの海洋油田、オーストラリアの石炭鉱山などのエネルギー資源の多様化と向き合う弊社の取り組みや、東北のサービスステーションの“出光人”の姿を紹介して、『ニッポンに、エネルギーを。』というメッセージを発信しています。このメッセージを連動させ、企業姿勢をより効果的に伝えるため、新聞広告を活用しました」
荒波に向かって突き進むタンカー船を、企業の姿に重ねる
新聞広告のビジュアルは、荒波を進んでいく日章丸の姿である。
「日章丸は、英国海軍に拿捕(だほ)される危険性もありました。もしそうなったら企業として存続できないかもしれないという覚悟のもと、『世のため人のために』という使命感をもってチャレンジしたのです。今、原発問題などで石油の役割が改めて見直されている中、弊社は安定供給という役割を果たしていく必要があります。その一方で、風力発電、太陽光発電、地熱発電など、地球環境と調和した再生可能エネルギーの開発にも取り組んでいます。そうした新たな分野にも挑戦する姿を伝えました」
ビジュアルは、現実感のある昔の写真よりも、想像をかき立てやすいイラストを採用。「ある時点での写真」ではなく、「過去から現在、さらに未来へ向かっていく姿」を示す意図もあった。イラストを描いたのは、ガンダム模型のパッケージイラストなどを手がける天神英貴氏。
「参考資料として日章丸の写真素材を天神さんにお渡ししたところ、『タンカー船の造りを詳しく知りたい』とのお申し出があり、関連会社である出光タンカーにお連れして技術者の話を聞いていただいたり、設計図を見ていただいたりしました。集めた情報を総動員し、大変リアルに仕上げてくださいました」
ビジュアルのインパクトを生かすため、コピーはできる限り絞った。イラストと文字を別に配置する案もあったが、最終的には画面いっぱいにイラストを展開する案にまとまり、文字は絵に重ねて白抜きにした。
出稿後は、様々な反響があった。まず、ツイッター上での盛り上がり。天神氏のファンの書き込みも多く、「カッコいい」「迫力がある」といった声が寄せられた。コピーに対しては、「企業姿勢がよく伝わった」「日本のエネルギー問題のためにがんばってほしい」といった意見が多かった。
「書き込みをされている方の年齢や性別を分析してみたところ、男性75%、女性25%、20〜30代が6割という感じでした。当社のブランドイメージ調査では、ブランドに対する認知が高い層は50〜60代。どんなイメージを持っているかという問いには、『伝統がある』『安定性がある』という回答が多く、若い方の間では、『ガソリンスタンドをやっている会社』という回答がほとんどです。『カッコいい』という評価をいただけたのは、天神さんのイラストの力が大きかったと思います。また、小説『海賊とよばれた男』が大反響を呼び、4月9日に本屋大賞に決定、弊社への関心が高まっている中での出稿だったため、小説を読まれた方々からは『改めて感動した』との熱いコメントをいただきました。小説に後押しをしていただいた形になり、大変ありがたかったです。」
5月9日の新聞掲載に合わせ、同社ウェブサイトにも広告のビジュアルをアップ、通常の10倍以上のアクセスがあった。なお、同サイトでは、佐三氏の発言録や、出光の100年の歴史、日章丸事件の概要なども紹介している。
また、「お客様センター」には、「新聞広告をポスター化したものがほしい」「テレビCMのBGMに使われている曲を配信してほしい」という要望が社外の方から多く寄せられた。
「今回の広告はこうした社外の方に加え、インナーに向けたメッセージの発信も広告の大きな目的でした。弊社は、石油製品をお客様に直接販売する販売店さん、物流を担う運送会社など、多くの店舗や協力会社と、そこで働く皆さんに支えられています。そうした方々に、『よく言ってくれた。出光と取引していてよかった』と思っていただけるようなコミュニケーションを心がけたつもりです。今後もグループ全体が企業理念を共有できるようなメッセージを発信していきたいですね」