あの日にかえりたい思い出の曲たち ユーミンは世代を越えて

 2012年11月20日、ユーミンこと松任谷由実の40周年記念ベストアルバム『日本の恋と、ユーミンと』が発売された。これまで発表してきた全375曲の中から厳選した45曲に加え、彼女が作曲活動を始めるきっかけとなったプロコル・ハルムとの共演によるスペシャルトラックも収録した究極のベスト盤だ。情報公開日の翌日の9月14日付朝日新聞朝刊に全15段、発売日当日にはテレビ面に広告が掲載された。

市場調査も使い全375曲から45曲に厳選

上野ひとみ氏 上野ひとみ氏

 松任谷由実にとって、デビュー40周年という節目の年の大きなトピックスは二つあった。帝国劇場での『8月31日~夏休み最後の日~』という演劇と音楽を融合させた新しいスタイルの舞台の1カ月公演と、13歳で作曲活動を始めるきっかけとなった憧れのアーティスト、プロコル・ハルムとの共演だ。彼女自身が精力的に新しいことに挑戦する中、「レコード会社として40周年を盛り上げる取り組みができないかと考え、他薦によるベストアルバムのリリースが決まった」と話すのは、EMIミュージック・ジャパン マーケティングルーム チーフプロデューサーの上野ひとみ氏。

 「レコードからCD、デジタル配信と音楽を取り巻く環境は大きく変化していますが、ユーミンの楽曲は時代が変わっても色あせることなく、世代を超えて愛されています。その楽曲の魅力を、より多くの人に伝え残していくタイミングとしても、40周年はふさわしいのではないかと考えました」

 収容する曲は、ユーミンに関わった歴代スタッフとレコード会社の女性スタッフが、一ファンになって選んだ。「1972年のデビューから現在まで、発表されたオリジナル楽曲は全部で375曲あります。ある程度まで絞った後、市場調査を行い、認知度が高く人気のある楽曲を厳選しています」と上野氏。マーケティングデータを活用した背景については、「収録曲が発表されてから、『あの曲が入っていないのはなぜ?』『この曲を入れてほしかった』という声はあちこちから聞こえてきました。まさしく『ユーミンベストに正解なし』なんです。それは発売することが決まった時点で予測されていたことで、正解がないからこそマーケティングデータを加味しようと考えました」と振り返る。3枚組のベスト盤には、プロコル・ハルムとの共演によるスペシャルトラックを含む46曲が収録されている。曲順はユーミン自身が決めたという。

新聞広告の掲載直後、予約だけで楽天ランキングトップに

2012年9月14日付朝刊 2012年9月14日付朝刊

 アルバムの発売は11月20日。発売情報の解禁日の翌日、9月14日付の朝日新聞朝刊に全15段の新聞広告を掲載した。カラフルなタイトルが目を引く。広告のクリエーティブディレクションを手がけたのは、武藤マーケティング研究室の武藤真登氏。「アーティストはもちろんですが、どの楽曲も一つの時代を作っていて、聴く人それぞれの思い出とも重なっている。タイトルを見るだけでメロディーが浮かんでくる、そんな認知度の高い楽曲がこれだけそろうアーティストは他にはいないと思います。タイトル自体がキャッチコピーも成すと考え、カラフルに彩り前面に出すデザインが決まりました」

 新聞広告に期待した役割は「前日の情報解禁日にスポーツ新聞をはじめワイドショー、ウェブニュースでユーミンがベストアルバムをリリースする情報が発信されていたので、より具体的な情報を幅広い層に確実に届けることでした」と上野氏は言う。

 その期待は予想をはるかに超え、新聞広告掲載直後からECサイトでの予約数はグンと跳ね上がり、翌週には楽天の総合ランキングで1位を獲得した。「情報解禁日にアマゾンを中心にECサイトで予約が入り始めたのですが、それは想定していたこと。それが、新聞広告が掲載されてから楽天からの予約がグングン伸びてきたんです。翌週には、音楽部門だけでなく楽天で取り扱う全商品の総合部門のランキングで1位になっていました。そのタイミングで広告を出したのは朝日新聞だけなので、予約の後押しになったのは間違いありません。

 メディアの環境が大きく変化する今日でも新聞広告の影響力の大きさが変わらないことを改めて実感しました」と上野氏は手応えを語る。それ以降、発売日までの間、楽天の総合ランキングで度々1位となり、音楽CDの予約では総合ランキングトップを長期にわたって獲得するのは、楽天では快挙と言えるほどだったという。

 11月20日の発売当日に向けて、前週から「松任谷由実40周年記念企画」と題したヤフーでの特集のほか、関東、近畿、東海エリアでテレビスポット広告も実施。発売日当日は全国のラジオ局でのプロモーションも行われ、新聞の朝刊テレビ面にも広告を掲載した。「15秒で流れていくテレビスポットの情報を手元で確認できる媒体として、発売当日も新聞広告を掲載しました。朝刊テレビ面はCDの発売情報も多いスペースなので、ここの広告に注目している人もいると思います。そうした音楽通の人に向けても確実に情報を届けたいと考えました」

 ちなみに音楽CDの発売は、オリコンチャートの関係から「水曜日発売」が通例だが、このアルバムは火曜日に発売された。「実は1973年に発売されたファーストアルバム『ひこうき雲』のリリースが11月20日でした。そのことに気付き、せっかくの偶然だからと今回は特別に1日前倒ししました。知る人ぞ知る裏話です(笑)」

全国のFMラジオ局からユーミンが流れた発売日

2012年11月20日付朝刊 (右上:EMIミュージック・ジャパン、中央:WOWOW)

2012年11月20日付朝刊
(右上:EMIミュージック・ジャパン、中央:WOWOW)

 特筆すべきことは、全国のラジオ局の協力だったという。「東京エフエムでのレギュラー番組は30年続いており、現在は金曜日の昼11時からですが、日曜日夕方5時から放送されていた時期から聞いていたという往年のファンも多いはず。ニッポン放送のオールナイトニッポンのパーソナリティーを11年務めていた実績もあり、ユーミンはラジオとは縁が深いのです。そこで、ラジオのプロモーションは欠かせないと考えたところ、全国のFM局が協力してくれました。発売日当日、一日中ユーミンを特集したFM局も多く、全国でユーミンの曲が流れ続けた一日でした」と上野氏。リスナーからのリクエストや熱いメッセージも多く寄せられ、「ユーミンが楽曲を通じてリスナーと1対1でつながっていることが伝わってきて、ラジオでのプロモーションの成功を実感しました」と上野氏。

 11月30日にはNHKで特別番組が放送され、その翌日の12月1日には朝日新聞別刷り 「be on Saturday」の連載「うたの旅人」で、 松任谷由実の楽曲「ノーサイド」を取り上げた記事が掲載された。その後、発売実績が再度伸びたという。「その結果、オリコンチャートは発売1週目の1位に続き、2週目も2位を維持できました」と振り返る。

 メーンターゲットは40代から50代。ユーミンの音楽と共に青春を過ごしてきた世代だ。「発売してからツイッターなどをチェックしていたら、高校生くらいの方が『お父さんが買ってきたユーミンのCD聴いた。やばい、すごくいい!』『お母さんが好きなユーミンをプレゼントしようかな』といったつぶやきを見かけることも多く、二世代で聴いている方も多いようです」

 2012年はCDの総売り上げが14年ぶりに前年を上回るというニュースも発表された。松任谷由実のアルバム総売り上げは、40年間で3,000万枚を突破している。今後については、「ギフトパッケージ版などの制作を企画しています。今回、久しぶりにユーミンを聴いて、新作のアルバムを楽しみにしているという声も届いています。今後もより多くの方々に聴いていただけるようなコミュニケーションを追求していきたいですね」。