がん患者さん一人ひとりの「らしい生活」の実現に向けて 事業ブランド刷新で新たなステージを「宣言」

 「日本人の二人に一人ががんになる時代」。製薬企業のアストラゼネカが10月25日に掲載した広告が大きな反響を呼んでいる。「がんになっても、生きている限り、自分のそれからの人生をつくっていきたいと願うのは当たり前。新聞広告を見て、朝から泣きました」(がん患者の家族)。がんと向き合う読者からのこうした感想も寄せられた、同社オンコロジー(がん)領域におけるコミュニケーションのねらいを聞いた。

アストラゼネカらしさを再構築 がん医療に貢献してきた企業が本質に迫る

森田慎一郎氏 森田慎一郎氏

 「だれひとり同じでない、それぞれの人生のために」の見出しで始まる全5段の見開き広告。一人ひとりの症状はもちろん、がん患者によって異なる生活環境や、罹患(りかん)後に望む人生のあり方の違いそれぞれに向き合い、がんの治療を、その人「らしい生活」の中で実現できるがん医療環境づくりに貢献したいという同社の思いが、あたかも一遍の詩を穏やかに語りかけるようなトーンでつづられている。

 「医療従事者だけでなく、がん患者さん、そのご家族、広く一般の方にもわかりやすいテンポと言葉づかいに留意し、イラストも交えながら、どちらかというと暗いイメージを持たれることもあるがん医療に希望があるということを感じてもらうようなコピーやトーン&マナーを心がけました」と振り返るのは、オンコロジー・麻酔クリティカルケア事業本部長の森田慎一郎氏。今回の広告は、2007年以来のブランド刷新を社会にそして社員向けにも発表する役割を担ったもの、と続ける。

 「5年経てば、がん医療を取り巻く環境もずいぶんと変わります。さらに我々がこれまで先行して発信してきた「がんになっても、希望とあたりまえの生活を。」というメッセージも、同業他社と比べて我々自身の違いを出していくことが難しくなってきました」。社内でワークショップを重ね、今後、我々ががん医療に貢献できること、意識すべきこと、つまり将来に向けた「アストラゼネカらしさ」を再構築。ブランド刷新のキーワードとしてたどり着いたのが、“がん患者さん一人ひとりの「らしい生活」の実現に向けて、その人に一番ふさわしい治療を提供できるがん医療環境をつくる”ことだった。

 「例えば『乳がん患者』とひとくくりにするのではなく、その中でも、どのような生活環境なのかと、患者さんの具体像を常にクリアに意識しながら、一人ひとりの社員が行動するということ。医療現場では、がんの生物学的特徴に合わせた『個別化治療』が進んでいます。それと同じように、患者さんの毎日の暮らしや人生観、さらに言えば収入状況、また今後、どのような生活を希望するかまでが反映された、いわば『生活まで捉えた個別化治療』を患者さんが選ぶことができる、がんの治療環境を目指したいのです」

 紙面では、今後、同社のオンコロジー領域のコミュニケーションで活躍が期待されるキャラクター「HITOTSU(ひとつ)」もお披露目された。イラストレーターの、おさないまことさんが生み出したHITOTSUは、様々な形状に姿を変え、広告でもその「特徴」を見ることができる。「ひとりの人生が、一本の線になぞらえています。ライフステージをいろいろな形に姿を変えながら歩いていく『HITOTSUの変幻自在』さは、がん患者さん誰一人として同じではない、という我々のメッセージに相通じるところがあります」

2012年10月25日付 朝刊 見開き 全5段広告

2012年10月25日付 朝刊 アストラゼネカ

広告コミュニケーションを通して「決意表明」
オンコロジー領域のトレンドセッターへ

 広告媒体として一般紙を選んだ経緯については、「日本人の2人に1人ががんになる現在において、一般読者の方にもがんに関心を持っていただきたい。そして当社が、がんの領域で、医薬品はもちろん、患者さんをサポートできる情報までも広く提供している企業であることを知っていただきたいです」と森田氏。医療関係者の購読も多いという朝日新聞の特性も考慮した上での出稿であると補足する。

 一般紙への出稿は、社員の意識向上にもつながった。「今回刷新したブランドメッセージを、結果的にこのように対外的に示したことは、当社のオンコロジー領域全体の『決意表明』にもなる。社内のモチベーションも高まっています」

新キャラクター HITOTSU(ひとつ) 新キャラクター HITOTSU(ひとつ)

 さらに新聞広告の特性は、その「公共性」にあるのではないかと続ける。「送り手側のメッセージに公共的な印象を持っていただくことができるのではないでしょうか。とくに今回のような(販促目的ではない)ニュートラルな内容であれば、受け手が感じ取る信頼性はさらに増すのではないかと思います」

 次のステップとして、広告紙面でもうたわれた「らしい生活」が、がん患者にとってどのようなものであるのか、医療者側も「らしい生活」をがん患者に過ごしてもらうために、どのような働きかけがあればよいのか。この両者のニーズを、医療機関や研究機関なども交えながら、本格的に研究テーマとして深めていきたいという展望も明かす。「おそらくこれまで誰も着手しなかったテーマではないでしょうか。医療側と患者側の間に立つ、われわれ製薬企業にしか果たせない『橋渡し』的な役割を担っていきたいですね」。

 一人ひとりのがん患者が、その人「らしい生活」の実現に向けて、最善な治療を選択できるがん医療環境を作りたい―――。今回のキャンペーンを通じて、がん治療の次なるステージに移行することを「宣言」した同社の志はますます高い。

 「医療の歴史を振り返ると、インフォームド・コンセント(手術など治療を進めるに際して、医師が病状や治療方針を分かりやすく説明し、患者の同意を得ること)という概念も長い時間を経て浸透し、現在では当たり前に行われるものとして認識されるようになっています。今回の広告を通じて、がん治療の新たな理想を掲げた当社がイメージするのは、まさにそれと同じですね。近い将来、患者さんも医療従事者も、『がんを治療するにあたり、一人ひとりの境遇や希望を考慮するのは当然のことだ』と考え、それに基づいた治療がなされる環境を作りたい。その点においては、われわれ医薬品メーカーがイニシアチブを取って役立てることはたくさんあると思います。その際、当社はその潮流をリードする『トレンドセッター』でありたいと願っています」と森田氏は結んだ。