ルールのない部屋づくりの楽しさを伝えた30段見開き広告

 紙面をめくった途端、目に飛び込んでくるポップな色たち。記事風に配したコピーの量はかなりのボリュームだが、楽しげなアイテムに囲まれているせいか、つい目で追いたくなる。スウェーデンの家具販売店、イケアが8月1日に展開した見開き30段広告だ。制作に携わったTBWA\HAKUHODO クリエイティブディレクターの原田朋氏と、シニアアートディレクターの清水克弘氏に聞いた。

タイムリーなニュースを自慢の商品にピタリと“収納”

 8月1日は、イケアにとって特別な日だ。毎年1回リニューアルされるカタログが全世界でこの日に配布される。日本においては「や(8)っぱり家(1)の日」という記念日に定め、新聞広告やテレビCMのほか、今年は街頭イベントも展開した。

 同社には「より快適な毎日を、より多くの方々に。」というビジョンがある。今回の広告キャンペーンも全世代を対象としている。今年の新聞広告では、「部屋はどこまで遊べる?」というコンセプトを掲げ、「イケア流マニフェスト」を発表した。コピーを担当した原田氏はこう語る。

 「太字で強調されたマニフェストは、『どんなスペースでもアイデアと工夫で楽しく変えられます。部屋づくりをもっと楽しみましょう』ということを伝えています。イケア発祥の地であるスウェーデンの人々は、冬の日照時間が短いこともあって、カラフルなテキスタイルを家具にあしらったり、壁面を上手に活用したりと、明るく居心地のいい家づくり、自分の個性を反映した部屋づくりを日常的に楽しんでいます。『日本の人たちもどこまで部屋づくりで遊べるのかチャレンジしてほしい』というイケアからのメッセージです」

2012年8月1日付 朝刊 全30段

2012年8月1日付 朝刊 全30段

 よく見ると、大量の文字は白いシェルフにピタッと“収納”されている。活字に並んで置かれているのは、洋書やオブジェ、家族写真や子供の絵。この部屋で過ごす人たちがなんとなく想像できる。

 「生活している人の気配が感じられるビジュアルを意識し、アイテムはイケアのインテリアデザイナーと話し合いながら決めていきました。イケアの思いが詰まったコピーをしっかり読んでほしかったので、記事風にレイアウトしました。写真は撮り下ろしで、記事を区切っているのは、白いシェルフの棚板や側板です。つまり、文字数を想定したうえで棚板や側板の位置を決め、一枚絵として撮影しました」とは、アートディレクションを担当した清水氏。

 コピーの内容はニュース性を重視し、原田氏と朝日新聞社の制作チームが共同で作成した。「新聞は、世の中の流れと照らし合わせてメッセージを発信するのに適した媒体。『イクメン』や『カジメン』が増えている社会現象や、『日々を幸せと感じている人ほど、部屋環境の重要性を認識している』という調査結果など、住まいにまつわるさまざまなニュースを載せました。8月1日にイケア全店で新商品、新価格、新カタログが展開されることもきっちり伝えました」と原田氏。

 棚に置かれた写真が記事とリンクしていたり、新しいカタログの表紙と同じビジュアルだったり、ちょっとした遊び心もひそませている。

クリエーターとメディアが直接アイデアを交換することの大切さを実感

原田 朋氏(右)、清水克弘氏 原田 朋氏(右)、清水克弘氏

 締めくくりの“記事”では、7月31日から8月5日まで、渋谷から表参道にかけてのキャットストリートを中心に展開した街角イベント「SUKIMA GALLERY」についても告知した。街の中の「スキマ」にイケアの家具で理想的な空間を実現し、デッドスペースの活用法などを紹介した企画だ。展示したすべての空間とアイテムが閲覧できるウェブサイトも公開し、「いいね!」をクリックした人を対象にプレゼントキャンペーンを実施。応募(クリック)総数は3千人近くにのぼった。

 デッドスペースの活用や収納の工夫といったことは、住宅事情の悪い日本向けのテーマにも思えるが、イケアが全世界共通で発信しているメッセージで、展開している商品も世界共通だという。
「世界的に都市に人口が集中し、それにともなって狭い住宅が増えているそうです。イケアでは、『スモールスペースリビング』というキーワードを掲げ、小さなスペースでもアイデア次第で豊かな空間になることを発信しています」(原田氏)

※画像は拡大します。

街にあふれるスキマがギャラリーになった「SUKIMAギャラリー」

 両氏にとってイケアの広告を担当するのは今回が初めて。30段というスペース取りも含めて、新聞広告らしい表現を提案した。

 「新聞広告の表現は一通りやり尽くされたという人もいますが、ずっと以前から新聞社とがっぷり四つに組んで新しい可能性を探ってみたいと思っていました。今回は、イケアの担当者、新聞社の担当者、それぞれと直接会ってアイデアを一緒に練りながら制作を進めることができて、こういうことが重要なんだなと実感しました。イケアは海外で実験的な広告を作っているので、負けられないぞという思いも強かったです」(原田氏)

 「広告制作者からすると、新聞広告は規制が多いイメージがあり、アイデアを出しても実現に至らないケースが過去にありました。でも今回は、新聞社の理解、そしてもちろんクライアントの理解もあって、思い描いていた通りの広告をつくることができました」(清水氏)

 イケアには、単に家具を売るだけではなく、家具を通して豊かで楽しい生活を提案していく、という意味の「ホームファーニッシング」という考え方がある。今年はテキスタイルを使ったコーディネートの提案にも力を入れている。
「世の中が停滞しているときだからこそ、イケアが提案するカラフルな暮らし、気持ちが華やぐような家づくりが大事なのではないかと思います」(原田氏)
「日本人は収納や整理整頓などに対する意識は高いと思いますが、部屋を楽しむということに関しては、北欧の人たちにまだ及んでいない気がします。広告を通して、『自分も部屋を明るく変えてみたい』『模様替えって案外気軽にできるのかも』などと感じていただけたらうれしいですね」(清水氏)