被災地へ音楽を。CDプレーヤーの寄付を呼びかける

 東日本大震災によって被災した人たちへの企業による支援の輪は、当初、水や食料といった物資が中心だった。しかし、震災から2カ月以上が過ぎ、支援の内容が多様になってきている。

 オーストリア航空が展開する「『HOPE』MUSIC FOR TOHOKU」プロジェクトも、「被災地に音楽を届ける」という独自の支援だ。

「音楽を届ける翼」らしい支援 被災者の心の傷をいやしたい

伊東綾子氏 伊東綾子氏

 「オーストリア、特に当社のホームベースであるウィーンは『音楽の都』として知られます。就航から22年、私たちは『音楽を届ける翼』という気持ちで日本とオーストリアのかけ橋となってきました。そんな私たちらしい、私たちだからこそできる支援を考えたとき、やはり核になるのは音楽しかない、と思えたのです」。オーストリア航空 広報・マーケティング スーパーバイザーの伊東綾子氏は、プロジェクトの背景についてこう語る。

 プロジェクトは、ウィーンを拠点に活躍するウィーン・ザイフェルト弦楽四重奏団の協力を得て、オリジナルのクラシックCDを制作。全国からCDプレーヤーの寄付を広く募り、クラシックCDとともにプレーヤーを被災地へ届ける、という内容だ。同社は5月5日付朝日新聞朝刊に、その趣旨を伝える広告を出稿した。緑豊かな縁側に座る2人の姉妹、近くに置かれたバイオリン……。クリエーティブに使われた写真からは、音楽がある平和な日常の風景が描かれている。そこには、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団団員で、ウィーン・ザイフェルト弦楽四重奏団のギュンター・ザイフェルト氏のこんな言葉が添えられている。
「いつも音楽がそばにある生活に子どもたちが早く戻れるよう、祈っています。」

 「今回の広告は、企業としてのメッセージを伝えることが目的。ギュンターさん、そして私たちの思いがストレートに伝わるよう、シンプルなクリエーティブを意識しました」と伊東氏。

 グローバルにビジネスを展開する企業では、コミュニケーションのフォーマットは世界統一で、色やレイアウト、メッセージなど、すべての面で厳密に管理されることが多いが、オーストリア航空も例外ではない。しかし、今回の広告については、現地本社からも特例として許可が下りた。「ニュースなどで日本の被災地の惨状を見た現地の社員たちが、自分たちのことのように心配してくれた。そんな思いがプロジェクトの意義や広告の意図の理解につながったようです」(伊東氏)

 広告掲載後は、ツイッター上では「オーストリア航空らしい取り組み」「ウィーンと言えばやっぱり音楽だよね」といった声が聞かれた。また、「オーストリア航空が公式にツイートしてくれたら、リツイートしやすいのに」といったつぶやきもあり、「あわてて公式アカウントでツイートしました」と伊東氏は笑う。ほかにも、「CDプレーヤーはないけれど、ボランティアとしてプロジェクトに参加させてほしい」といった、趣旨に賛同する問い合わせも続々と寄せられたという。

未曾有(みぞう)の災害のときだからこそ信頼できる媒体で

2011年5月5日付 朝刊 2011年5月5日付 朝刊

 CDプレーヤーの寄付は、全国から順調に集まり出している。「広告掲載直後だけでなく、コンスタントにジワジワと集まってきています。掲載後、ソーシャルメディアなどでも情報が発信されたおかげもあります」と伊東氏。新聞広告を活用したねらいのひとつも、「より広く、多くの人に知っていただきたかったから」という。

 「毎日確実に、そして一斉に配達される新聞は、まさに広く届く媒体です。多くの読者がすべての記事や広告をじっくりとは読まないまでも、一通り紙面はめくるので、目にとめてもらうこともできます」と伊東氏。さらにこう続けた。

 「新聞は何より信頼感があります。私自身、大震災のときだからこそ正しい情報を得たいと、いつにも増して新聞を重視しました。今回のようなプロジェクトだからこそ、やはり新聞がもっともふさわしかったと感じています」

 CDプレーヤーの寄付は6月いっぱいで締め切り、7月から順次、オリジナルCDとともに被災地に寄贈していく予定だ。「命や最低限の生活が守られた後に大切なことは、心のケア。そのときに、音楽にできることが必ずあるはず」と伊東氏。今も、被災地には多くのミュージシャンらが足を運び、歌や音楽を届けることで被災者を励ましている。そんな中、このプロジェクトでは「一人ひとりに音楽を届ける」ということも重視した。寄付のCDプレーヤーは、ポータブルで、ステレオミニタイプのイヤホンに対応したもの、という条件を設けたのはそのためだ。「家族や周りの人たちと支え合うことの大切さを被災者の皆さんは実感していると思います。でも、ときには一人になりたいときもあるかもしれない。ポータブルCDプレーヤーで自分の好きな音楽を聴く時間は、きっとそうした思いにも寄り添えるのでは」と伊東氏は話す。

 同社ではこのプロジェクトのほかにも、音楽を軸とした支援活動を行っていく考えで、年内にはウィーンからの音楽を届けるクラシックコンサートを東北で開催する予定だ。

 コミュニケーションの今後の展望について聞いた。
 「これからも、オーストリア航空らしさを大切にしたコミュニケーションを展開していきたいと考えています。また今回、一方的にメッセージを発信するばかりではなく、人々が求めていることに企業として応えていくことの大切さを学ばせていただきました。この経験を今後生かしていけたらと思っています」と、伊東氏は言葉を結んだ。

◎オーストリア航空「『HOPE』MUSIC FOR TOHOKU」プロジェクト:( http://austrian.jp/hope/