「人間はいかに困難な状況にあっても、それを乗り越えるだけの『心の力』を元来備えており、その尊い心の存在に気づくことで、自奮自発の強固な精神力が培われる──」
成蹊学園が朝日新聞朝刊紙上で展開した広告の一文である。今の時代を生き抜くうえでのヒント、人生訓として受け止めた読者も多いのではないだろうか。
掲載は2010年3月23日。同学園の「建学の日」にあたる。1912年、知育偏重ではなく、人格、学問、心身にバランスの取れた人間教育を志した中村春二が、成蹊学園の前身である成蹊実務学校を設立。しかし、開校式を10日後に控えた3月23日、近隣からのもらい火で校舎が全焼。中村は、「教育は建物ではなく精神である」と、仮校舎を急造し、開校した。これにちなみ、同日を「建学の日」とし、理念を継承しているという。
創立100周年に向け、原点を再確認し、改革をアピール
同学園は、2012年に創立100周年を迎える。創立者の「建学の精神」を再確認し、未来に向けて継承する意思を示す絶好の機会であると話すのは、同学園・創立100周年記念行事推進室主査の中村潤氏。また、創立90周年以降、「創立100周年記念事業『新・成蹊創造プラン』」を掲げ、国際化、高度情報化などに対応する教育システムの拡充を進めており、この改革の成果を社会に示す狙いもあったという。
「じっくり読んで、『成蹊教育』の本質に触れてほしいとの思いがあり、活字媒体を選びました。新聞広告は、社会的影響が大きく、リーチも広く、『建学の日』に合わせて掲載することもできる。中でも、朝日新聞の購読者は教育に対する興味が比較的高く、学校関係者にも多く読まれている傾向があるので、同紙に出稿しました」
紙面の肖像写真は、創立者、中村春二である。その背景には当時の校舎を配置し、学園の伝統を表現した。「『心の力』を未来へ。」というキャッチコピーは、創立100周年記念行事のコンセプトだ。続くボディーコピーでは、「修養」(精神を錬磨し、優れた人格を形成することにつとめる)を教育理念とした中村の思いをつづり、現代こそ必要とされる理念であることを伝えた。
「あたかも創立者が時間を越えて現代の社会に語りかけているような効果を狙いました。実は、広告の制作に携わっていただいたコピーライターのお子さんが、成蹊学園の生徒だったんです。まったくの偶然だったのですが、成蹊教育の特徴をよくご存じだったぶん、核心をついた広告表現になった気がします」
もう一つのビジュアルは、21世紀社会を象徴するモチーフとして、「新・成蹊創造プラン」の一つでもある情報図書館の内観を配置した。「新旧の対比により、伝統を守りながら新しい時代に向けて進化を続ける成蹊学園を表現しました」。なお、情報図書館のデザイン・設計は、成蹊高等学校出身の坂茂氏である。
コミュニケーションを通じて成蹊教育の特徴をより具体的に伝えたい
新聞広告が掲載されてから、卒業生や他学校法人の関係者、学園職員の知人など、多方面から「成蹊らしさがよく表現できている」「従来の学校関連の広告にはない斬新さがある」といった好意的な反響が届いているという。
「今回のコミュニケーション活動は、単に外部に向けての情報発信にとどまらず、学園のすべてのステークホルダーに、周年に向けての意識を高めてもらう意味合いもありました。学園の伝統や教育の特色、21世紀社会に向けての取り組みについて、再度目を向けていただく契機になればと思っています」
広告を掲載した3月23日には、「建学の日」の式典が開かれ、そのあと教職員、学生・生徒、卒業生の有志で学園のある武蔵野市の街角清掃を行った。その際、新聞広告の縮刷コピーと「建学の日」の由来を記したリーフレットをセットにして配布したところ、ゼミの生徒や卒業生に配りたいという大学の教員や、同窓会で配りたいという卒業生からの声が多く、あっという間に用意していた1,000部がなくなったという。
「コミュニケーション活動を通じて、成蹊出身の人間はめったなことではくじけないとか、あえて目立とうとはしないが、自発的に職務にあたり責任を持って仕事をこなすとか、より具体的なイメージを想起してもらえるようになったらよいと思います。2012年に向けて、できるだけ多くの人たちに、成蹊教育の良さを感じていただけるよう努めていきます」
それを一夜にして実現させるのは難しく、地道にメッセージを発信し続けることが何より重要だと中村氏は言う。
「少子化による18歳人口の減少や、学校教育に対するニーズの多様化により、私学の経営を取り巻く環境はより厳しいものになっています。学校の広告というと、例えば大学の新聞広告は、オープンキャンパスの告知など入試広報的なアプローチが多く見られますが、成蹊学園では、教育の本質を魅力的に、また現代社会の要請にこたえる形で伝えていく活動が不可欠であると考えています。今後もさらに明確に学園の特色やビジョンを打ち出し、読者の興味・共感を得る努力をするとともに、2012年の創立100周年に向けて、継続的にコミュニケーション活動を強化していくつもりです」