日本の政治にとって、歴史的な日となった今夏の衆院選。その結果は一人ひとりが持つ一票の重みを改めて印象づけたが、この日、人々が意思を表明したのは政治家や政党に対してだけではない。民主主義の基盤として公平でしかるべき、選挙権の価値をゆがませる一票の不平等。それに対して多くの有権者が意思表示をした日でもあった。世論を大きく動かした発端は、たった一人の正義心と行動だ。
今回の選挙公示期間中、朝日新聞朝刊に4回にわたり、「一人一票」を実現する運動への参加を呼びかける全15段の意見広告が掲載された。広告を出稿した一人一票実現国民会議(https://www2.ippyo.org/)の発起人である升永英俊氏は、知的財産権保護の分野で著名な弁護士であり、ライフワークとして一票の不平等撤廃のために尽力している。
従来の報道では、選挙区(住所)による一票の価値の不平等を「一票の格差」と称し、格差が1.2倍、2倍などと表現してきた。升永氏は「その伝え方では国民は『自分には少なくとも1の選挙権がある』と誤解してしまう」と、「一人一票」という新たなスローガンを掲げた。例えば高知3区の選挙権を1とした場合、「東京1区は0.5票、千葉4区は0.4票にしか相当しない」と指摘する。
「日本では、一票未満の選挙権しか持たない有権者が過半数を占めます。つまり日本の政治は国会議員レベルでは多数決であっても、彼らを選出した有権者レベルで見ると少数決で立法され、内閣総理大臣が選ばれていることになります。これは『法の下の平等』を侵すのみならず、多数決を大原則とする民主主義の根幹に反することです」
一連の意見広告は、「一人一票」を実現する方法として、最高裁裁判官に対する国民審査権の行使を提示している。2007年6月、最高裁は2005年衆院選の小選挙区をめぐる定数訴訟において、一票の最大格差2.171倍(徳島1区:東京6区)に「憲法に違反しない」旨の判断を下した。升永氏は「1983年に米国連邦最高裁は、1票対0.993票の不平等さえも憲法違反として無効と判決しています。男女で一票の重みに差別があってはならないのと同様に、住所によって一人前の日本人とそうでない日本人がいてはならない」と、強力な違憲立法審査権をもって不平等の現状にメスを入れられるはずの日本の最高裁の見識を問うている。
今夏の衆院選に伴って行われた国民審査では、この裁判にかかわった最高裁裁判官のうち2人が対象となったが、彼らの「一票の不平等」についての考え方は国民に広く知られていない。意見広告ではこの裁判での各氏の意見を根拠にそれを明示し、有権者が「一票の不平等」を容認した裁判官に反対の×印を付ける国民審査権を持つことを伝えている。
意見広告を堂々と名乗り、民主主義国家にあるべき正義を語る
升永氏は、「一個人が世に意見を伝えるには新聞広告しかなかった」と広告出稿の経緯を語ると同時に、先人のいない挑戦は期待と不安の連続だったことを明かす。
「一人一票実現国民会議では、賛同者からの反響の受け皿としてバーチャル投票を行っています。新聞に広告を打てば、かなり多くの投票があるのではと期待してサーバーを増設したのですが、ある新聞に最初に広告を掲載した後の反響は800票。5つの全国紙に広告を出しても、新聞によく目を通しているはずの私と同世代の仲間の反響も鈍く、一時は落ち込みました。それでも注目したのは、朝日新聞を購読している知人のうち、半数が広告に気づき、読んでくれていたという事実です。やはり意見広告には、意味がある。ただし全5段広告ではなかなか気づかれない。やるなら15段だと思いました」
全4回の意見広告は、「一票の不平等」を自分の問題として認識してもらうところからスタートし、聞き手に佐々木かをり氏を迎えて運動の背景や目標を丁寧に説明した鼎談(ていだん)、そして有権者に期待する行動を強くシンプルに伝える投票日当日の紙面へと、大きな流れをもって展開されている。広告紙面の構成や文章についても、升永氏は「広告のプロ」だけに頼らず、専門家の立場から全面的に携わった。中でも公正さを重んじる法律家らしさを感じさせるのは、ページを開くとまず目に飛び込む、「意見広告」の大きな表記だ。
「内容がどれほど公共的で、私欲とは無関係でも、広告ということになれば読者の関心の持ち方は記事とは異なります。だとしたら記事であるかのような体裁でその実は広告だというような見せ方ではなく、堂々とこれは意見広告ですと告げて問題を提起したほうが、読者に真摯(しんし)に向き合ってもらえると考えました」
切り抜いて投票所に持っていける一覧表を付けたのも、「普段耳にすることのない裁判官の名前など、覚えたつもりでも忘れてしまうもの」という升永氏の現実的なアイデアだ。
そして今年8月30日に行われた国民審査では、例年とは異なる注目すべき結果が出た。従来、国民審査で特定の裁判官に有意で×印を付ける有権者は極めて少なく、名簿の先頭の裁判官に目立って多くの×印がつき、後は名簿の順番通りに減っていくパターンが定着している。しかし今回は、もっとも多くの罷免要求が寄せられたのは名簿3番目の涌井紀夫氏(5,176,090票)、2位が名簿6番目の那須弘平氏(4,988,562票)。両氏は「一票の不平等を容認する裁判官」だと一人一票実現国民会議が伝えてきた裁判官である。升永氏は、「この歴史的な意義は重大」だと、意見広告で国民が大きく動いた手応えを語る。
「これからの4年間、運動を前進させていけば、2013年の国民審査では一人一票否定派の裁判官に3,500万の×印を付けて罷免し、最高裁裁判官の過半数を一人一票派にできると私は考えています。それまで意見広告を新聞に繰り返し出すためには、運動に続いてくれる協力者が何よりも必要です。日本人は歴史上、民主主義を自分の手でつかみ取ったことがありません。一人一票を実現させる活動を通じて、私たちは日本を真の民主主義国家に変える歴史の一ページを開くことができます」
●「一人一票実現国民会議」ウェブサイト https://www2.ippyo.org/
住まいの地域による一票の価値がチェックできるほか、国民審査のバーチャル投票を行っています。