ソーシャルメディアと新聞広告の相乗効果で大ヒット映画に

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2016年11月の公開以来、半年以上のロングラン上映となっている劇場版アニメ『この世界の片隅に』。もともとは63館のみで公開された小規模な映画でしたが、最終的には300館以上で上映。数々の映画賞も相次ぎ受賞しました。その原動力となったのが観客によるクチコミです。継続して掲載した新聞広告もSNSで拡散され、観客の熱量を保つ後押しとなりました。

大方の予想に反して異例のロングラン上映

真木太郎氏

 『この世界の片隅に』は、戦前から戦後間もなくまでの広島と呉を舞台にしたアニメーション映画だ。こうの史代氏の同名漫画を映画監督の片渕須直監督が映画化。女優・のんさんが主人公・すずの声優を務めたことでも話題となった。

 当初は小規模な単館系映画として63館のみで公開していたが、最終的には300館以上で上映。日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞をはじめ、キネマ旬報ベスト・テンで2016年度日本映画ベスト1を受賞するなど、数々の映画賞を総ナメにしたことでも話題となった。

 興行収入は約26億円、観客動員数は約200万人。(2017年5月末時点)作品のクオリティーも高く、興行的にも成功を収めている。だが、実は難産の末に誕生した映画だった。制作期間は約6年。製作費の資金集めは難航した。プロデューサーを務めたジェンコ代表取締役社長の真木太郎氏は2013年から2年ほど営業したが、1社も出資企業が決まらなかったという。その理由について、真木氏は次のように説明する。

 「こうのさんの同名の漫画はベストセラーだったわけでもなく、片渕監督の前作『マイマイ新子と千年の魔法』は残念ながらヒットしなかった。こうのさんと片渕監督、それぞれコアなファンがいるとはいえ、一般的な知名度は決して高くありません。そもそも、アニメーション映画が得意なのは、ファンタジーや恋愛、奇跡など非日常を描くこと。しかし『この世界の片隅に』は、主人公・すずの日常を淡々と描くドキュメンタリーのような物語。アニメらしい要素が乏しく、ヒットの法則にも当てはまらなかった」

 それでも真木氏は、片渕監督の前作を観(み)て協力することを決めたという。「『マイマイ新子と千年の魔法』も大きなドラマは起こらず、泣ける話でもない。だけど、何かが心の琴線に触れて、気づいたら涙がこぼれていました。たとえヒットしなかったとしても、いい映画はあるんです。そういう作品を世に送り出すこともプロデューサーの役割だと思い、難しいことは承知の上で引き受けました」

クチコミのネタを切らさず支援者の熱量を保ち続けた

 2015年3月から5月までの3カ月間、真木氏はクラウドファンディングに挑戦。それをきっかけに、風向きが大きく変わり始めた。

 「本当は映画の公開直前にプロモーションとしてクラウドファンディングに挑戦して、応援団を作ろうと計画していました。しかし、資金が1円も集まらず、それどころじゃなくなってしまった。出資企業を募るためにも、まずはパイロット版の映像を作って観てもらおうと考えました。そのための資金として目標2,000万円でクラウドファンディングを実施しました」と真木氏は振り返る。

 片渕監督のツイッターやホームページ、フェイスブックなどでクラウドファンディングの実施を告知すると、なんと8日ほどで目標を達成。最終的に、3カ月間で支援者は3,374人、約4,000万円集まった。その反響を受けて、パイロット版映像の完成を待たずして朝日新聞社が出資することを決め、東京テアトルは配給を名乗り出た。

 その後、すぐに約5分間のパイロット版映像を製作。2015年7月にクラウドファンディングで支援してくれた人を招待して東京・大阪・広島の3カ所でパイロット版映像の公開イベントを開催した。「そのとき集まってくれた支援者は、約1,000人。新しいものへの期待や応援など、熱量をものすごく感じました。もしかしたらヒットするのではないかと予感させるほどでした」(真木氏)

 真木氏の予感は的中。異例のヒットとなったことは冒頭で先述したとおりだ。その原動力となったのは、インターネット上にあふれた大量のクチコミだった。真木氏がイベントで体感した観客の「熱量」は、公開までの1年4カ月、そして公開してから半年以上、衰えることはなかった。その後押しとなったのが、公開前から今年の3月まで半年間に渡って継続して掲載した新聞広告だ。

 主人公・すずと女優・のんさんがそろって登場した正月広告や著名人が自らSNSや出演番組で語った映画の感想を掲載したものなど、様々なバリエーションの広告を制作した。朝日新聞への掲載回数は15回にも及んだ。新聞広告が掲載されると、その都度SNSで情報が拡散され、インターネット上でも話題となった。新聞広告がクチコミのネタとなって、掲載した当日からツイッターでの映画に関するつぶやきの数は毎回急激に伸びていたという。

 「『観客動員100万人ありがとう』というメッセージを新聞広告で発信したときも、一緒に喜んでくれるつぶやきを多く見かけました。マス広告とソーシャルメディアの相乗効果で、クチコミの熱量が保たれ、さらに増幅しているようでした。クラウドファンディングから始まり、みんなで作り上げた『市民映画』のような存在で、ビジネスの匂いがしなかったことも多くの人に応援してもらえた理由の一つだと思っています」

 真木氏は、クラウドファンディングで支援してくれた3,374人に向けて、メールマガジンを2017年3月まで80通ほど発行し、映画制作の進み具合や寄付で集まった資金の使い道など公開してきた。「クラウドファンディグやSNSなど、インターネット上のツールがなければ、今回の映画は作れなかった。だけど、それらはあくまでもツール。実際につながっていたのは人と人です。作品の魅力と応援してくれる人の気持ちがいい形でシンクロしたからこそ、実現できたことだと思います」

2016年12月27日付朝刊
※映画レビューサービス「フィルマークス」の2016年上映映画ランキングで『この世界の片隅に』は、1位のスコアを獲得。
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2017年1月3日付朝刊3.6MB
2017年1月21日付朝刊3.5MB