工学と芸術の融合により 新しい価値を生み出す
東京工芸大学の前身は、1923(大正12)年に創設された小西写真専門学校である。写真は工学的技術を使った芸術表現であり、同校では創設当初から技術と芸術性を融合した教育を行ってきた。現在も工学部と芸術学部の2学部だけからなり、工学と芸術の融合(工・芸融合)を理念に掲げるユニークな大学だ。
義江 龍一郎氏
「解決の難しい課題を数多く抱える現代社会では、今までの常識を覆すイノベーションが求められています。そのような新しい価値を創造するうえで、テクノロジーとアートの融合は極めて大きな可能性を秘めています。そんな技術と創造性で新しい価値を生み出す人材を育てていくことこそ、100年近く前から工・芸融合を掲げてきた本学の、最大の使命だと考えています」と義江学長は語る。
その一貫として取り組んでいる「色」をテーマとした全学的な研究は、2016年に文部科学省の「平成28年度私立大学研究ブランディング事業」に選定されている。
「私どもが長年、研究教育し続けてきた写真、光、印刷、画像といった分野は、色と密接な関係があります。色は芸術における基礎的かつ重要な要素の一つです。よって私どもが、最も独自性を打ち出せるテーマだと考えたのです」
2017年3月には「色」をテーマにした記念シンポジウムを開催。その採録を、朝日新聞に全15段広告で掲載した。さらに創刊140周年を契機として2018年に立ち上げた、大学と朝日新聞社が「教育の力で未来を切りひらく」をコンセプトに、様々な社会的課題について考える「朝日教育会議」に協賛。同年10月には、これからの日本の医療、介護、教育、ビジネスと「色」とのかかわりをテーマにしたシンポジウムを開催した。基調講演ではさかなクンが、魚の体の色の意味や役割について解説。義江学長自ら、色に特化した研究成果を発表する場である色の国際科学芸術研究センター「カラボギャラリー」などの取り組みを紹介し、その採録は、朝日新聞に記事として掲載された。
2018年10月16日付 朝刊 1.5MB
「朝日教育会議は、これまで上手(うま)く打ち出せていなかった本学の特色を広くアピールする絶好の機会だと思いました。このような社会的な取り組みは、私どもが自ら広告で発信するより、新聞社に記事のかたちで取り上げてもらったほうが説得力をもちます。掲載後は、普段なかなかメッセージを届けられない幅広い人から、記事を見たとの反響がありました。また朝日教育会議のように企業と大学をつなぎ、社会課題の解決を目指す取り組みは非常に有意義なもので、新聞社の役割として今後も大いに期待しています」
社会課題を解決するうえでのゲームの可能性を議論する
同大学では、昨年の企画が好評だったこともあり、今年も朝日教育会議に協賛した。今回は「ゲームが社会を解決する」をテーマに、「ゼビウス」などの大ヒット作を手がけたゲーム作家で同大学ゲーム学科教授の遠藤雅伸氏が、日本のゲーム文化の独自性や可能性について基調講演した。さらに「パックマン」などを開発したゲーム学科教授の岩谷徹氏やVRの専門家が登壇。医療や教育、介護の分野で応用されるゲーム技術や、世界の課題解決にゲームを取り入れる研究、またその可能性について議論した。
2019年10月18日付 朝刊 1.5MB
「ゲームは工学や物理学、文学、歴史、デザイン、芸術など様々な学問領域の集合体です。工・芸融合の最たるもので、本学ならではのテーマです。現在、社会の変化に応じて大学にも学際的、領域横断的な教育が求められてきています。本学の工学部では学科の壁をなくし、興味関心に応じて学際的に学べるカリキュラムを用意しています。写真やデザインの演習など芸術的な科目も選択必修で入れています。今後は研究面と同時に、教育面での工・芸融合もさらに進めていきたいと考えています」東京工芸大学に限らず、大学は今大きく変化している。一方、保護者の中には大学や学部に対して、従来からの固定的で古いイメージをいまだに持っている人も少なくない。
「今の親世代は、ゲームや芸術を学んでも、将来の職業には結びつかないと考えている人が多いようです。でもAI(人工知能)の普及によって、今存在する職業の多くが今後なくなっていくと言われているなか、ゲームや芸術のようなAIで代替できないクリエーティブな分野は、むしろ大きな可能性があります。そのような保護者の意識を変えていく取り組みも、朝日新聞社とともにやっていければと思います」
同大学では数年前までは、全面広告など大規模な新聞広告を打つことはなかった。しかし朝日教育会議の採録紙面への反響などを通し、大学の独自性を打ち出すうえで新聞広告が有効であることを実感するようになったという。そこで今年10月末にも、全15段カラーの純広告を掲載した。
2019年10月31日付 朝刊 537KB
「これまで本学では、創立以来の歴史や伝統といったことを前面に出してアピールすることはなかったのですが、工・芸融合という私どもの独自性の源は、写真教育からスタートしたこれまでの歩みの中にこそあります。その意味でもこれからは、本学の歴史と伝統もしっかり伝えていきたいと考えています」
同大学は、2023年に100周年を迎える。最後にそこに向けての抱負を伺った。
「一例ですが、21世紀COEプログラム(Center of Excellence)に引き続きグローバルCOEにも採択された世界最高水準の教育研究拠点である本学の風工学研究センターは、都市や建築物と風の関係について、産官学連携で様々な研究を行っています。それらは防災や省エネ、地球温暖化対策に大きく貢献するものです。また海洋汚染や飢餓の問題などを啓発し、人々の意識を変えるうえでも、一枚の写真やアートは大きな力を持ちます。そういった意味で、私どもは工・芸融合によってSDGsに貢献する研究を推進するとともに、そのための人材も積極的に育てていきたいと考えています」