「ITは社会を良くする原動力」吉村 総一郎が語る仕事③ ―体験から「好き」は始まる―

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生徒のアンテナを増やすために

 通信制のネットの高校で、従来の高校にはないたくさんの新しい体験をしてもらいたい。僕は校長としてそう考えています。例えば午前中はどこからでもネット授業で必修授業をしっかり受けて、高校卒業のための単位を取っていく。そして午後はアルバイトやボランティア、趣味など自由に時間を使って色々なことに首を突っ込み、自分はいったい何に関心を持てるか様子をみたらいいと思うのです。
 よく将来の進路や仕事の話になると、好きなこと、やりたいことを選んだらどうかと周囲の大人は言います。でも当校に入学してくる生徒の中でそれがはっきりしているのは少数で、大半はまだまだ漠然としているし、どうやって見つけたらいいのかも分からないと答えます。社会をまだ知らない10代ならそれが当たり前。だから自分が興味のあることからやってみる、そんな機会に数多く気軽に接していく必要があるでしょう。
 例えば当校ではリアルな現場での職業体験や、ネットでのワークショップなどで直接様々な大人とコミュニケーションを取ることができます。また「起業部」という部活動では、会社を作るプロセスを自分たちで考え、実現のために学校が手を貸すケースもあります。
 他にも「マイプロジェクト」という長期的に実践する課題解決型プログラムもあります。このマイプロジェクトには自分自身の課題にフォーカスしたプロジェクトも少なくありません。「学校に通うのがずっと合わなかった」「ジェンダー的なタブーが息苦しい」などのテーマに対して、解決へのオープンな意見が交換されています。視力が弱い友人のためにブラインドeスポーツの普及に努める生徒や、環境、貧困などの社会問題に関心を持つ子も多くいます。
 あるいは、次々と生徒の提案でチームコミュニケーションツールSlack(スラック)内にコミュニティーが立ち上がってきますが、生徒の数だけあるのではと驚くほど活発です。それからまた、ヨーロッパでトラックをひたすら運転して荷物を運ぶ、ニッチなゲームのコミュニティーなども楽しそうです。仲間ができ、同じ情熱を持って夢中になれる発見は自分を知るアンテナになるのです。

社会が求める働く力は何か

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吉村 総一郎氏

 これらの活動は、他の高校での委員会活動や部活動を生徒が自主的にやっている感覚に近いですね。もちろん手ごわくて難しいプログラミングにみんなで取り組むチームも数多くあります。ただ、どれも与えられたことではなく自分からやっているので動きが違う。「好き」というエンジンが付いているから、行動の量や深さが自然に増えていきます。これは大学受験や就職での選考にも大きな力になっていくでしょう。
 すでにアメリカなど海外の大学では総合型選抜が主流ということはよく知られていますね。日本でも今は総合型選抜、かつてのAO入試の比率が上昇を続けていますが、それは大学も、「社会で働く力」を求める企業の採用選考に近づいているからだと思います。もちろん成績で判断できる基礎学力も重要です。けれどそれだけではなく、問題解決の能力やモチベーションなど行動実績も評価するようになった、そういう変化を感じます。

吉村 総一郎(よしむら・そういちろう)

学校法人 角川ドワンゴ学園 S高等学校 校長


1982年広島県生まれ。東京工業大学大学院修了。先進的な金型ベンチャー企業を経て(株)ドワンゴ入社。ニコニコ生放送のシステム更新を指揮したITエンジニア。2016年からネット高校、角川ドワンゴ学園N高のプログラミング教育を担当。21年2校目となるS高にて現職。