赤ん坊のように謙虚に学ぶ
広告やものづくりだけでなく、イベントやまちづくりなど、コトを起こすための構想から実現させるまでの思考過程をデザインであると私は考えてきました。自分のキャリアを計画するのもデザインですね。
私のキャリアシフトについてお話ししようと思います。私は短期間、学生に指導する機会を得て、人が生き生きと成長していく様を目の当たりにし、教育は何とクリエイティブなのだろうと衝撃を受けました。また、前例がないことは認めないという社会にはびこる前例主義は、デザイン教育の一般化によって改革していけるのでは?という夢を持ち、教育の世界へ踏み出そうと動き始めました。
できれば美術系以外の総合的な大学で教えることで、デザインの考え方を様々な分野に広げたいと、あちこちの教員公募に応募しましたがことごとく落ちます。ただ1校、落ちた学校の学部長の先生から「大学の先生を目指すなら論文を書くか大学院に行っては」という貴重なアドバイスを頂き、その後、受験勉強を経て大学院進学をかなえました。
進学当時46歳、設立した会社は順調で仕事では多くの受賞歴もあり、自信満々で大学院のゼミに参加したのです。ところが、社会人が私1人の中、二十四、五歳の先輩院生からは「早川さんのリサーチクエスチョン(研究課題)を明確に示してください!」と手厳しい指摘を受けてしまいます。毎回のダメ出しに、自分が情けなくて、みんなの前で悔し泣きすることも。そんな私を見かねて、ご指導頂いた山内祐平教授はおっしゃいました。「あなたには多くの実績がある。でも研究者としては赤ん坊なのだから、一つ一つ言葉を覚えていくように向かっていきなさい」と。ハッとして、うぬぼれていた自分の姿勢を正しました。
若い先輩たちは心から尊敬する私の目標です。「目の前の現実を謙虚に受け止める」という生き方を知ったことは得難い教えでした。
今を観察して未来を見つける
悪戦苦闘していた修士課程1年も最後の頃、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)からお誘いを頂きました。通信教育で一般の社会人を対象とした、新しいオンラインコース「芸術教養学科」の立ち上げとその指導です。コアとなる専門教育科目のカリキュラムをゼロから考えさせてもらえるというワクワクする取り組みでした。
そこでカリキュラムの柱として、世の中を読み解くまなざしを得るための五つのキーワード、「思考、時間、空間、編集、協働」を設定しました。このキーワードを、デザインの観点と伝統文化の観点から同時に考えることで、「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」を、学生それぞれの立場で考えていけるようにする、そんな学科にしたかったのです。現在まで受講生は、高校を卒業したばかりの若者、主婦、議員、公務員、医師、会社員、リタイアされた方など実に多様で、「世界を見つめる意識が変わった」という声を頂いています。
大人の凝り固まった先入観を外し、「なぜ?」というピュアな目線で世の中を観察し、自分の中に問いを立てること。そして発見したことから考えて行動すること。そんな学びを社会のために生かしてほしいと願っています。
京都芸術大学通信教育部芸術学部芸術教養学科長/同大大学院芸術研究科(通信教育)学際デザイン研究領域長/環境デザイナー
1964年東京都生まれ。武蔵野美術大学卒業。GKインダストリアルデザイン研究所などを経てF.PLUSを起業後、東京大学大学院学際情報学府修了。デザイン賞受賞歴多数。