連載第3回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 戦略CD/PRディレクターの菅 順史氏が登場。菅氏は、変化の激しいVUCA時代に、社会から期待や応援される企業になるためのメソッド「ソーシャル・ポジショニング」を開発。データだけでは見えてこない社会の声を捉え、現代社会における企業の本質的な価値を発見していくメソッドで、新ブランドや新サービスを開発する際の具体的な行動指針をつくっている。そんな菅氏に、「ソーシャル・ポジショニング」の考え方やその効果などを聞いた。
博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。
――ソーシャル・ポジショニング戦略とは、どういったメソッドなのでしょうか。
社会から応援されるブランドになるために、「世の中からの見え方」を戦略的に設計し、中長期的な視点でマネジメントしていくオリジナルのプラニングメソッドです。これまでブランドは、商品の機能を起点に、市場の中で競合より優位な部分を目立たせて競合との差別性を明確化する「マーケット・ポジショニング」をしてきました。これに対して、企業の思想や姿勢を起点に、社会の中でブランドがどんな存在で、どんな役割を担っているのかを明確にしていくのが「ソーシャル・ポジショニング」の大きい考え方です。
プラニングする際は、まず「社会発想」「生活者発想」「ブランド発想」の順で、企業の担当者ですら気づいていない独自の価値を発見する作業から始めます。「社会発想」という言葉は検索しても出てきませんが、「社会の変化と関連づけて語れる視点」と定義して使っています。社会の変化は一夜にしてならず、大きい「潮流」の中で少しずつ変わっています。目の前のニュースを個別に見るのではなく、その根底にある大きい流れを意識しておくと、自分が担当する商品やサービスをどこに位置づければよいのか見えてきます。これが、社会の変化と関連づけて語れる視点「社会発想」です。
しかし、これだけでは足りません。潮流を捉えていても、他社と差別化できず、独自の価値には至らないことが多いからです。「人生100年時代」「SDGs」と安易に結びつけるだけでは、社会を変える価値にはなりません。そのため、「ソーシャル・ポジショニング」では、「みんなが知っている社会課題の、みんなが知らない側面を探す」という方針でリサーチし、企業の勝機を探ります。そうすると、社会変化の大きな潮流を捉えながら、企業独自の価値につながりやすく、社会を豊かにすることにもつながります。その上で、生活者が“本音で喜んでくれる”ポイントを探します。社会価値は、往々にして崇高になりすぎて個人のリアルな欲求と結びつかないことが多いです。それでは機能しないので、社会価値を生むことと同時に、生活者の便益をいかに生むのかも、生々しい欲求に根ざして考えます。それが「生活者発想」です。
そして最後に、「社会発想」や「生活者発想」で導き出した視点と、ブランドのDNAとの接点を見つけ出し、企業の本質的な価値や目指すべきゴールを設定していきます。
従来のマーケティング活動は、生活者とブランドの接点を探す技術を磨き続けてきたと考えています。しかし、「社会性」というキーワードが事業の成否を分けるようになっている時代になっています。そんな中で、「社会と向き合う技術」を持っていない企業が多いのではないでしょうか。「ソーシャル・ポジショニング」は、そうした企業の役に立てるメソッドだと考えています。
──このメソッドを構築しようと思ったのは、なぜですか?
コモディティ化する市場が増える中で、選ばれる企業やブランドになるための方法論が必要だと感じたからです。イノベーションという言葉がもてはやされていますが、イノベーションは頻繁には起こりません。多くの企業は、機能の僅かな差を打ち出さざるを得ないのが実態だと思います。しかし、微差にフォーカスして訴求しても、生活者には響きづらいのも事実です。特に、これからEC化が進んでいくと、指名で選ばれる企業やブランド以外は、価格競争から抜け出せなくなるはずです。そうしたときに、機能ではない「何か」で差別化できるアプローチを、再現性ある形で実行するメソッドが必要だと考えました。
実際にこのアプローチをしていると、クライアントの現場の担当者はもちろん、経営層から「うちの会社は、これをやりたかったんだ」と言っていただけることが多いです。世界的にも、社会価値の創出がビジネスのガイドラインとなりつつある中で、“データ的に正しい”だけではなく、“直感的に共感できる”存在価値、いわば手触り感のある存在価値を示せることが重要だと感じています。多くの人が“直感的に共感できる”存在価値は、社会への浸透速度を上げるだけでなく、社内の関係者の心も一つにし、全員が自分の意志でゴールを目指せる環境づくりにつながります。
そうした経験を積む中で、ブランドの社会的な存在価値を考える上で、成功する企業には法則があることに気がつきました。映画に出てくるキャラクターが、世界中でおおよそ共通しているように、社会をよりよくするための物語にも、登場人物の基本形があるのです。企業は、その基本形を理解した上で、自分はどの役を担えるのかを意識するといいと思っています。そして、この基本形を理解していることで、企業が社会から必要とされるポジションを発見・獲得するための、ある程度再現性のあるメソッドになっていると考えています。
──ソーシャル・ポジショニング戦略の強みは何でしょうか。
今は、各社がデータを持ち、計測可能なデジタルマーケティングでは違いを生み出しにくい時代です。その一方で、データにはならないけれど、社会的な共通認識として確実にある不安や希望を捉えているプレーヤーは少ないです。しかし、社会的にみんなが共通して感じている不安や希望をくみ取れるブランドは、社会から賛同され、ブランディングをする上で有効な武器になると思います。
広告業界では、「ブランドと生活者の新しい関係性をつくる」ための技術が磨かれ、引き継がれてきました。私も何度も研修で学び、実務でも活かしてきました。しかし、「ブランドと社会の新しい関係性をつくる」ための技術は、あまり体系化されていません。一番近いのは、PR領域で蓄積されてきた技術です。この技術と、マーケティングや事業戦略、経営戦略をもっと融合させていくことが、これからの時代に企業の強みになると思います。
データにならない価値を見つける鍵は、「好奇心の社会化」
──社会や、社内に浸透する「社会価値」とは、なんでしょうか。
実際に「社会価値」を核に据えたプロジェクトをいくつか経験してきました。その中で感じたことは、社会や、社内に浸透する「社会価値」を考える際に重要なのは、企業の価値をできる限りシンプルに研ぎ澄まして、誰もが口にして恥ずかしくないような一言で表現することだと感じています。
企業が新しいブランドやサービス、新しい事業をつくる際に重要となるのは、多様な関係者が同じところに、自力で進んでいけるゴールを描くことだと考えています。そのゴールというのが、「社会価値」です。よく「北極星」とも言われます。気をつけなければいけないのは、「北極星」は目印であって、方位磁石の代わりにはなりますが、実際に「北極星」を触れる人はいません。望遠鏡がないとよく見えないですし、知識がない人にとっては他の星と見分けがつきません。もちろん、「北極星」は企業がずっと同じ方角に進むために絶対に必要です。しかし、もう少し身近で触れる目標があった方が人は動きやすいのも事実です。
プロジェクトを遂行していくためには、立場や視座、知っている情報が違う人も同じように価値を感じられる、シンプルだけどみんなが信じられる価値が真ん中にあることが重要なんだと思います。シンプルな価値が真ん中にあれば、社会への浸透速度も早いですし、企業からメディアへ、人から人へ、情報が広がっていきます。広告以外の第三者経由の情報回路が増えているので、伝えた相手が、また誰かに伝えられるくらいシンプルにすることは大切な時代です。
そして、そのシンプルだけどみんなが信じられる価値を見つけるための一番の武器は、「好奇心」だと考えています。「なぜこの人は、こういう発言をしたのだろう?」「なぜこの人は、誰かを攻撃しているのだろう?」「わざわざこれをするモチベーションはなんだろう?」と、生活の中の違和感を見逃さず、適切な問いに変えていくことで、データには表れない社会の不安や希望が見えてくると思っています。しかし、そのままではただの人間観察で終わってしまいます。これを「ソーシャル・ポジショニング」に活かしていくためには、先程お話しした「社会発想」と結びつけることが重要です。違和感の原因を、社会の変化と関連づけて洞察するのです。すると、一見個人の悩みに見ていたものが、実は今の社会全体に通底する価値観につながることがあります。そうした価値を核に据えられると、立場や視座、知っている情報の違うあらゆるひとが信じられる価値につながるんだと思います。
──菅さんは日頃、どうやって情報収集しているのですか。
基本は書籍です。気になるテーマのことがまとまっている書籍を読むことで、日々接するSNSやWEBニュース、テレビの情報が、その中でどういう位置にあるのか理解しやすくなります。特に、瞬間的に話題となる「風」のような情報か、長期的に影響する「潮流」のような情報かは意識しています。「風」に振り回されずに、本当に価値のあるものを発見するためには「潮流」を捉えていることが重要だと考えているからです。
──ソーシャル・ポジショニング戦略は、どういった課題に向いているのでしょうか。
企業が全社横断型であらゆる部門を巻き込んだプロジェクトを進めたい場合や、新サービス・新事業の開発、また、今までにない市場をつくりたいと伝えている場合に向いています。商品の短期的なキャンペーンではなく、企業が長期的に取り組んでいく活動の方が、活かしやすいと思います。
──企業やブランドのポジションは、変わらないのでしょうか。
基本的には、変わるべきではないと考えています。企業が社会の中で立っているポジションを頻繁に変えていては、生活者はその企業に何を期待すればよいのかわからず、指名で選ばれるブランドにはなりません。また社員も、方向が変わっては疲れてしまいますし、やりがいを感じづらくストレスが大きいと思います。
人も企業も、「社会の中で、自分の居場所はここだ」と信じられるときに力を発揮できます。根無し草では、長期的な価値は生み出せません。
──このメソッドは、社内でも共有されているんですよね。
PR職のスタッフを中心に、社内メンバーに研修をしています。いま多くの企業がパーパスや理念の重要性を再認識しています。実際、社会にいいことを増やしたいという志を持って仕事をする時代だと思っています。しかし、その社内の人の志は社会に伝わっていないことが多いです。そうした企業のお手伝いをして、企業の本質的な価値を社会に認識してもらう仕事をこれからも続けていきたいと思います。あらゆる企業が、市場ではなく社会という視点で独自の価値を発揮しあうことで、多様で豊かな強い未来をつくっていけると信じています。
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 戦略CD/PRディレクター
2010年博報堂入社。PR戦略局にて「社会発想」を武器に企業に有利な情報環境をつくるコミュニケーション戦略の立案から実施までを経験。その後、「生活者発想」を掲げる博報堂のフラグシップシンクタンクである博報堂生活総合研究所に異動。エスノグラフィーや社会洞察のスキルを学び、現在は生活者エクスペリエンスクリエイティブ局でIMC全体の戦略・施策設計などの業務に従事している。