連載第20回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 戦略CDの新井哲郎氏が登場。クリエイティブ業界においても加速するDX化。多様なインターフェースへの対応に加え、均一化する情報・知識に埋もれない、心を動かす「違い」が生活者やクライアントから求められています。それらを実践するために新井氏が構築した、独自のメソッドについて聞きました。
博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。
プロジェクト全体を、プロット(戦略)に沿って共同で執筆(クリエイティブ)される1本の短編小説と見立てる。
──戦略にストーリーが必要な理由について教えてください。
「戦略は社会やブランドの課題解決のために必要な機能なのだろうか?」「クリエイティブワークにおいて本当に重要なものなのか?」個人的な感想ではありますが、ここ数年「戦略」そのものの価値が問われていると感じる機会が増えています。ストラテジストの武器である情報が”秘伝のタレ”だった時代はもう遥か昔。今やワンクリックでマーケットの情報から生活者データや生の声、課題解決をするための知識まで、ありとあらゆる情報に誰でもアクセスができます。ファクトやデータという「点」だけで構成される戦略では、クライアントやクリエーターの期待に応えることが難しくなってきました。
その解決策として取り組んでいることが「ストーリー性のある戦略立案」です。プロジェクトの一番はじめに「物語や世界を立ち上げる役割」をストラテジストが担っていると捉えるのです。あらすじがシャープで分かりやすく、読むだけでワクワクする、共感する、創造性が掻き立てられる。そんな戦略を立案できないか、と日々試行錯誤しています。
──ストーリーはどのように考えるのでしょうか。
プロジェクトを一つの短編小説を書き下ろすと見立てて考えるのです。まずは、ストーリーの核となる主人公(ブランド)、登場人物(生活者)、設定(マーケット環境)、環境(利用シーン)を探ること。そのために、ブランドヒストリー、企業文化とそのアセット、顧客、ターゲット周辺のカルチャー、競合とマーケットのお作法など、関連しそうなあらゆる情報をインプットします。それらの情報の共通性を見つけたり【類型】、概念的にとらえて抽象化したり【抽象】、これまでの事例を引用して具体化したり【具象】しながら、情報を変換していき、物語のメインテーマ【Core Idea】にたどり着くことが目的です。
ポイントは単にファクトを整理するだけでなく、分類したもの同士を結びつけながらいかにストーリーに再構築していくかです。このブランドはどういう行動・発言をするとカッコいいか、信頼されるのか。現状そこに行き着けていないのは、生活者のどんな心理が働いているのか【Key Insight】。「秘めたチャレンジ精神を持っている主人公××だから、○○のようなシーンに遭遇したら、△△といった行動をとるはずで、その結果□□という登場人物の心が動くはず」といった感じで、擬人化したブランドや生活者が、説明可能なプロットに沿って一貫性をもって動きだしてから、戦略立案の資料化に取り掛かります。
──戦略の資料作成で心がけていることはあるのでしょうか。
ビジュアルドリヴンであることを心がけています。テキストの情報もできるだけ、図や記号、短いセンテンスに変換し、テンポよく直感的に、そして分かりやすくあらすじを捉えられるよう工夫をしています。クイックさを求められるビジネスやクリエイティブワークの現場において、戦略というプロットが一貫して機能するためには、それらがとても大事なことだと感じています。
当然のことですが、生活者へ届けるクリエイティブに許容されている情報量は極めて少なく、何をどのようにブランドが発信するのか、どこまでを生活者の想像力に委ねるのか、厳選に厳選を重ねます。チームへのクリエイティブブリーフ、クライアントへのプレゼン資料も同じアプローチで作成することは、特にストラテジストにいま求められている能力だと感じています。
多様なインターフェースに一貫した「らしさ」を宿らせる「HAB METHOD」
──ファクト同士をつなぎあわせて、ストーリーをつくる。つなぎ合わせ方や発想するアイデアに個性が出そうです。そのために、なにか工夫していることはありますか。
同じものを見ても人それぞれ捉え方や感じ方は違いますよね。私たちは乳児からシニア向けまで多様なブランドと向き合います。その引きだしを増やすために、私は日頃から会う人の幅を広げるようにしています。例えば、コロナ以前はできるだけ知らないバーに飲みに行き、偶然居合わせた方に話しかけることを一つの習慣にしていました。自分とは違う人生を生きる人のパーソナリティを知ることは、ストーリー性のある戦略を考えるときのヒントになることがあります。
また、私が新卒で入社した広告会社の初任配属は営業でした。その後、メディアの担当やストラテジーなど、さまざまな職種を経験して今に至っています。そのおかげで、いろんな視点でものごとを見ることができ、俯瞰して捉えることもできるようになりました。そういった多様な経験から、自分なりの型が生まれてきたのかもしれません。
──ストーリー性のある戦略を一貫したクリエイティブでアウトプットするためのシステムも図式化しています。
まず大事なポイントは、「戦略そのものがクリエイティブブリーフになっているか」という点です。メインテーマである【Core Idea】、一貫性を保てる強度のあるプロット。コピーライターやアートディレクター、UXデザイナーやメディアプランナーまで、どの領域においてもブランドが意図する「らしさ」が失われないこと。それらを実現するためのメソッドが「HAB METHOD」です。
マスメディアからデジタル、イベントなどの体験からオウンドメディアやアプリUIまで、血の通った一つのブランドパーソナリティとして開発・管理していくことは、並大抵のことではありません。多様化するインターフェースの中で、統合されたクリエイティブをアウトプットするための「システム」のようなものを体系化しました。
──このメソッドによって、愛されるDXは可能でしょうか。
支離滅裂な人やブランドを愛することは難しいと思います。ストーリー性のある戦略から生まれた【Core Idea】とプロット、そして「HAB METHOD」によって一貫した発言・行動を開発しやすくなるため、愛されるDXに近づけると思っています。そして、愛される大事なポイントとして、より力を入れたいのがメソッド内にも組み込んだ【ブランドアクション】の開発です。生活者は口だけのブランドを鋭く見抜きます。どんなステキなパーパスやコピーも、アクションが伴わなければ、それは絵に描いた餅のようなものです。生活者が具体的に体験できる・実感できるものを提供するという「アクション」で示さなければ、生活者の心を動かすことはできない。DXによって多様なインターフェースを通して常時接続が実現できる今だからこそ、注力をしてきたいと考えています。
愛されるDXは特別なことではなく、私たちが今まで積み重ねてきたことの延長線上にある気がしています。ただ、DXに伴う環境変化へ対応するためには「ストーリー」と「システム」が新たに求められている。そう信じてよりよい生活、社会を創り出すチャレンジを続けていきたいと思っています。
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 戦略CD
大学卒業後広告会社に入社。営業・メディア・戦略・CRと領域を問わず多様な業務に従事し、11年間で酸いも甘いもざっくり経験し退社。その後、アメリカ留学を経て、グローバルクリエイティブファームに所属。Tech/Dataを起点としたDX業務に従事し、2019年に博報堂入社。戦略からCRまで一貫したディレクションを得意とする千葉のサーファー。