買物DXが進むほど拡がる「コマース・クリエイティブ」の可能性

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 連載第14回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクターの福井健史氏が登場。EC(電子商取引)プラットフォームの伸び、コロナ禍によるリアル店舗の変化など、販売チャネルを中心とした購買取引=コマースに関する領域は拡大し続け、新しいサービスや新興企業が次々と参入しています。デジタルの仕組み偏重になりがちな今、コマース領域の課題や生活者視点の必要性について聞きました。

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。

生活者が置き去りになっている購買体験のDX

──コマース領域に注目が集まっている、その背景を教えてください。

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 ECサイトだけでなく、SNSでも直接商品を購入することができるようになるなど、近年、コマース領域は拡張し続けています。販路が増えているだけでなく、購入の概念も広がってきています。例えば、応援しているインフルエンサーのイベントで投げ銭をしたり、クラウドファンディングで寄付をして商品を受け取ったり、インターネット上でお金を使う機会は格段に増えています。また、「ウィンドウショッピングが趣味」という言葉もあまり使われなくなりましたよね。普通の生活行動の中に、購買接点が溶けてしまってショッピングが特別なものでなくなったからです。変化のときだからこそ、企業もコマース領域に注目しています。これまでのビジネスモデルを、どう変えていくべきか。そういった相談に対して、クリエイティブチームとしてもその答えを出していく必要があると考えています。

──誰にどう売るか。その戦略は無数にありそうです。

 これまでは小売の現場では「棚をどれくらい確保できるか」といったことが肝になっていました。しかし、今はメーカーが自社ECSNSで直接販売することも珍しくありません。メディアを使って広告せずとも、クライアント自ら情報発信できることと一緒です。
 コマース領域のサービスも、たくさん立ち上がっています。新興企業や新たなサービスが次々と生まれ、群雄割拠の様相です。SNSから直接売るためのソリューション、ECサイトと広告を組み合わせて、効率良く売るカスタマイズ型サービスなども増えています。ドラッグストアの店頭メディアと、オンライン広告を組み合わせるOMO(※)施策も注目されていますね。博報堂でも同様のサービスを手掛けていますが、この現状に少し課題も感じています。

※ Online Merges with Offline

──どういった課題ですか。

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 サービスの多くは始まったばかりで、どのように活用するのが正しいのか、十分な情報がない状況です。一方、コマース領域にビジネスチャンスがあると考える企業は多いので、いち早く何かを始めようと、「システムを導入すること」が目的になっていく傾向があります。その仕組みは本当に生活者から歓迎されるのか。その仕組みを使ったサービスを体験して、楽しいと感じるのか。店頭を通りかかるとサイネージに「15%オフ!」と表示されたり、スマホに値引きの情報が届いたりすることを「お得だ」と思う人もいれば、ピンと来ない人もいるでしょう。一見効果的に見えることが、本当に心地良いことなのか。生活がより文化的になっていくのか。そういった議論を行って、生活者を置き去りにしない活動や施策にしていくこと。それが、コマース領域でクリエイティブが果たす役割だと思っています。これはDX領域全体においても同様のことです。

──DXは、効率化、最適化という点で有効な手段とされていますが、生活者の視点で考えるとそうとは言い切れない。そういう考えなのですね。

 「for one」を感じるかどうかを大切にしています。
 「あなたの好きなものは、これですよね」というようなターゲティングメッセージが届いたとき、「for one」を感じるかというと実はそうでもない。むしろ使い方次第では、新聞広告の方がfor oneを感じてもらえるかもしれない。企業と誰か(個人)の強い結びつきを表現した新聞広告に、当事者ではない周りの人たちが「この関係性、なんかいいよね」と沸き、SNSでも話題となることがあります。不特定多数に届く媒体をあえてfor oneに向けて発信することで、それを見ている周りが沸くという構造は、新聞に限らず、現在のブランドコミュニケーションにおいて有効なやり方だと思います。

便利やお得で終わらない「ストーリー“セリング”」

──購買体験のDXは、どうあるべきだと考えていますか。

 「便利」や「お得」で終わらない体験が必要だと思っています。その1つとして、ストーリー“セリング”というやり方があります。コピーライターの先輩が編み出したキーワードで、「ストーリーテリング」と「セル」を合わせた造語です。
 評判の良いD2Cブランドは、このストーリーセリングがうまくいっています。小売を経由せず、自分たちのメッセージをオウンドメディアでダイレクトに届ける。顧客はブランドの志や、開発に至るまでのこだわり、完成した喜びなどのストーリーへの共感で買ってくれています。また別の話では、サイネージも値引き情報の提示だけでなく、泣けたり、笑えたりするものがあってもいいと思いませんか。そういったものをつくるのもストーリーだと思います。もちろんD2Cブランドもサイネージも、購買データを活用した最適化、効率化のための仕組みは必要です。しかしそれだけで終わらず、コマース領域からブランドを語り、ファンを生み出していく。そんな購買体験が、選ばれ続けるためには重要になると考えています。

──開発秘話以外には、どういったストーリーがあるのでしょうか。

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 商品の存在意義やデジタルテクノロジーを使った売り方そのものにも、ストーリーがありますよね。なぜ店舗を経由せず、SNSなどで直接生活者に訴える方法を選んだのか。その背景から、購入後生活者の手に渡るまでの経緯自体が、ストーリーセリングだと考えています。テクノロジーの使い方が人の本質に迫っているものであれば、生活者が楽しめる、心地よい、気持ちのいいものになるはずです。そういった人を人らしく前進させるDXが「愛されるDX」だと思います。

──博報堂が標榜する「生活者発想」が軸になるのですね。

 生活者に必要な仕組みや体験を考えることは、常に僕らの起点です。今後さらに、いつでもどこでも買える場所になっていくと、コマース領域においても生活者視点や創造性の必要性はより増していくと思います。
 それはつまり、「コマース・クリエイティブ」の重要性が高まり、可能性が広がっていくということ。多様な売り方買い方がいつでもどこでも可能な今だからこそ、誰にとってもうれしい体験を生み出していきたいですね。

福井健史(ふくい・たけし)

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクター


2008年博報堂入社。メディアや手法にとらわれないブランドコミュニケーション・クリエイティブ開発に従事。近年は、コマース領域を起点にした企画開発を提唱、「コマース・クリエイティブ」プロジェクトを推進している。
受賞歴に、ACC金賞、ADFEST金賞、SPIKES ASIA金賞、グッドデザイン賞など。2021年度「新聞広告賞」(日本新聞協会主催)にて大賞を受賞した。