来たる“ゴールデン・スポーツイヤーズ” 産官学民の連携でレガシーを残す

 日本では、東京オリンピック・パラリンピックをはさむ2019年から2021年にかけて、スポーツイベントが目白押しだ。早稲田大学の間野義之教授はこれを「ゴールデン・スポーツイヤーズ」と呼び、「地域も含めたさまざまな課題を集中して解決するチャンス」と語る。企業はこの好機を、どうマーケティングに生かせるのだろうか?

真のグローバル化を目指す

── 2020年に向けたスポーツ振興を、どう捉えていますか?

間野義之氏 間野義之氏

 2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに加え、2021年には30歳以上なら誰でも参加できる生涯スポーツの祭典、ワールドマスターズゲームズが関西で開催されます。これらが一つの国で連続して開催されるのは、日本が初めてです。

 この3年間を、私は「ゴールデン・スポーツイヤーズ」と名付けました。3年を通して、どうレガシー(遺産)を残すかという発想が必要です。レガシーという概念は、1956年の豪・メルボルン五輪大会で初めて登場し、成功を収めました。以降は成功例ばかりでもないので、日本はぜひ慎重に準備したいところです。

 ゴールデン・スポーツイヤーズは、少子高齢化社会において山積みかつ先送りになっている課題に解決の締切を設け、一気に着手する絶好のチャンスです。都市単位で開催する東京大会は、地域の視点だとどうしても他人事(ひとごと)の感がありますが、ラグビーは全国12カ所、関西ワールドマスターズゲームズは山陰や四国を含む8府県で行われるので、地域の自治体も主体性を持てるはずです。現在招致中の2023年FIFAサッカー女子ワールドカップ™、2026年の札幌市での冬季五輪が決定すれば、盛り上がりはさらに続くでしょう。

── レガシーを残すという観点から、先生は産官学民によるオープンな協議会「レガシー共創協議会」を設立されています。

 2014年4月に立ち上げた本協議会は、社会的な課題を解決する事業の創出を目的に、民間企業や府省、自治体やスポーツ団体など現在225団体が参加しています。どんなによい取り組みも、サステナブルな活動にするためにはビジネス視点が必要だという考えをベースに、初年度の半年で延べ3,000人がワークショップに参加して、40の事業案が上がりました。たとえば、ホスピタリティーについて一定の基準を設けて、訪日外国人も分かりやすく認証化する「おもてなし認証」など、複数が具体的に動き出しています。

 今後も日本が国際的なプレゼンスを保つには、尊敬される国になることが大事です。訪日外国人のさらなる増加が予想される中、日本人も気付いていない日本のよさを再認識して提示できれば、この3年間を真にグローバル化する機会としても生かせると思います。そのためにも、他人事ではなく「自分ごと」へ、さらに「我々ごと」にしていくムーブメントを起こせればと考えています。

アスリートの力に注目

── 具体的に、企業はどのようにスポーツをマーケティングに取り入れていけるでしょうか?

 たとえばグローバル企業である建設機械メーカーのコマツは、女子柔道部を有しています。現地法人のある地域での合宿などを通して、国を越えた一体感を醸成しています。

 ラグビーをはじめ、企業がチームをスポンサードする例は昔からありますが、最近では社員として採用する形で個人を支援する例も出始めています。JOCが2010年から展開する「アスナビ」では、水泳や陸上など個人の選手と企業とのマッチングを行っています。これまでに約80人、パラスポーツの選手では約10人の就職が決定しています。

 採用の約半数は中小企業だそうです。中小企業だからこそ、一人アスリートが仲間に加わるだけで社内の雰囲気や話題が変わり、周りをエンカレッジするアスリートの力に改めて注目が集まっています。もちろん彼らは広告宣伝の面でも存在感がありますし、スポーツ外交という言葉があるように、渉外活動にもプラスになるでしょう。

 JOC発案の「アスナビ」を、今シンガポールが取り入れています。個人選手の活動やセカンドキャリアは世界共通の課題なので、こうした仕組みが世界に広がるといいですね。

── パラスポーツを切り口とする企業の関わりについて、展望など聞かせてください。

 ひとつは、先ほどお話しした「アスナビ」でのパラスポーツ選手の雇用ですね。ひとつの競技を極めているという点で、社会人の人材としても期待されています。

 高齢化がさらに進む日本で、パラリンピックやパラスポーツ選手に注目し応援することは、結果的にバリアフリーの社会をつくることにつながると考えています。障がいを持つ方に役立つ技術や、皆で支える姿勢というのは、高齢化社会に十分転用ができますから。パラスポーツに注目が集まる五輪の時期は、こうした課題解決を加速するチャンスでもありますし、企業が関与する余地も大きいでしょう。

 また、IOCに参加する204の国と地域のうち、ミャンマーやカンボジアなど実は74カ国・地域でメダルの獲得経験がないのです。たとえば企業有志でこうした地域にスポーツ支援施設や指導者、義足などの技術を提供すれば、それは各国との大きなつながりを生むはずです。しかも、仮にメコン川流域ならば、経済や外交面でもプラスです。

 日本や東京が豊かになるだけでは、20世紀の開発型の五輪に留まると私は思います。「おもてなし」から発展して、他国のことも考えられる日本特有の文化が発揮されると理想的ですね。

間野義之(まの・よしゆき)

早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授 博士(スポーツ科学)

1963年、神奈川県横浜市生まれ。横浜国立大学教育学部卒。横浜国立大学大学院教育学研究科修士課程修了。1991年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。同年、三菱総合研究所に入社後、2002年早稲田大学人間科学部助教授。2009年より現職。日本体育・スポーツ政策学会理事。一般財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与。著書に『オリンピック・レガシー 2020年東京をこう変える』(ポプラ社、2013年)、『奇跡の3年 2019・2020・2021 ゴールデン・スポーツイヤーズが地方を変える』(徳間書店、2015年)など。