新しさを求めるモノづくりから、志を継承するモノづくりへ

 プロダクトデザインはどうあるべきか。企業経営者はプロダクトデザインとどのように向き合ったらよいのか。日産自動車を経てドイツのアウディで約10年間、主力車種のデザインを担当。現在はフリーランスのデザイナーとして活躍する和田智さんに聞いた。

これからの時代に必要なのは「モノづくりの志を示すシナリオ」

──今の日本のプロダクトデザインについて思うことは。

和田 智氏 和田 智氏

 私は、プロダクトデザインは人や社会を映し出す鏡だと思っています。しかし鏡に映る今の日本の街の景色について、正直、美しいと言えません。では、日本にはすばらしいデザインがないのか。実際はたくさんあります。でも、鏡に映し出されない。目先の利益にとらわれたモノづくりがあまりにも多く、そのかげに隠れているからです。経済成長が必要な時代は確かにありました。ですが、これだけモノがあふれ、一方でエネルギー問題が深刻化する中で、日本は次のステージに移る必要がある。にもかかわらず、企業の体質が相変わらず大量生産・大量消費、経済効率最優先の発想から抜け出せないでいる。

 これからの時代に必要なのは、製品が人や社会にどう貢献するのか、環境とどう調和していくのか、といった文化的な視点です。そうした視点を持つと、製品単体のデザインだけ考えればいいというわけにはいかない。明快なシナリオを示す必要がある。企業がどういう志を持ってモノづくりをしているのか、というシナリオです。

──志をもったモノづくりやシナリオの提示という意味であてはまる日本の企業はありますか。

 つまりブランディングに成功している企業ということですから、日本で見つけるのは、なかなか難しい……。あえて言えば、クラフトの世界でしょうか。優れた職人技術を有する老舗が、優秀なクリエーターの知恵を借りてブランディングに取り組んでいる例はいくつか見られます。職人技術の再評価は、地方創生という意味でも価値のあることだと思います。

 私はかつて日産でクルマのデザインを担当していました。その現場にも、クルマのモデルを作るモデラーをはじめ、すばらしい腕を持った職人がたくさんいます。でもデジタル化の中で「手仕事」は明らかに減っています。モノに触れ、モノを使うのは人間であり、プロダクトプランニングにおいても手仕事をはずしてはならない、というのが私の持論です。

 人の手で作り上げたモノにはぬくもりが宿り、魂が宿る。それに、手仕事は日本人が歴史的に得意としてきたことです。企業は手仕事を守り、職人は守られていることに甘えずに高みを目指す。今こそそういう発想がなければと思います。

──和田さんはイッセイミヤケの腕時計をデザインされました。イッセイミヤケは日本の職人技を巧みにデザインに取り入れ、成功しているブランドではないでしょうか。

※画像は拡大表示します。 「ISSEY MIYAKE W」 日本の美を題材にデザインされたISSEY MIYAKE Watchの大ヒットモデル。(写真提供:セイコー・ネクステージ) 「ISSEY MIYAKE W」 日本の美を題材にデザインされたISSEY MIYAKE Watchの大ヒットモデル。(写真提供:セイコー・ネクステージ)

 私が三宅一生さんのお仕事を拝見して強く感じるのは、三宅さんご自身、友好関係の深かったイサム・ノグチからのバトンの継承です。彫刻家として知られるイサム・ノグチは、商業デザイナーとしての顔も持ち、和紙と竹ヒゴを用いた照明器具「AKARIシリーズ」などをデザインしました。

 「AKARIシリーズ」の光源は電球からLEDに変わりました。LED はすばらしい技術ですが、人が心動かされるのは、和紙を通した優しく柔らかな光です。そうした人の心に触れるデザインをいかに実現するか。

 表現物は違えど、三宅さんはイサム・ノグチの志を受け継ぎ、ビジネス的にも成功しています。この美しい継承行為そのものがデザインと言えるのではないでしょうか。私は、これをクルマの世界で実現したいと思っています。

過去の「ヘリテージ」を大事にするドイツ社会

──和田さんは、日本とドイツでカーデザインに携わっていました。デザインに対する見方は両国でどう違いますか。

アウディ初のシングルフレームグリルをまとった「AUDI A6」。第1回ワールド・カー・オブ・ザイヤー受賞(2005年)(写真提供:アウディジャパン) アウディ初のシングルフレームグリルをまとった「AUDI A6」。第1回ワールド・カー・オブ・ザイヤー受賞(2005年)(写真提供:アウディジャパン)

 大人と子どもの境界線が、ドイツでは明白にあり、日本では崩壊している。この違いがデザインの違いとして表れていると思います。大人と子どもの境界線というのは、子どもの大人に対するリスペクトの線、あこがれの線です。日本にも昔はそれがあって、私自身、「クルマを運転するお父さんってかっこいい」と、父を誇らしく眺めた思い出があります。子どもは、威厳ある父親から多くを学ぶ。それが反抗心だとしても父親の壁を乗り越えることに意味がある。日本ではもう古くさい考えでしょうか(笑)。

 ドイツでは、父親の威厳が保たれています。大人の世界と子どもの世界がはっきり分かれ、それが社会的秩序になっています。多くの商品は大人があこがれるようなデザインを追求し、大人に向けて訴求しています。

 さらに言うと、ドイツは社会の中に強いモラルがあります。教育も、都市計画も、会社運営も、歴史を振り返り、美点を継承し、間違いを改める文化がある。学習し、成長できる社会だということです。

「世界で一番美しいクーペ」と評された「AUDI A5」。ドイツ連邦デザイン大賞受賞(オスカー賞 2010年)(写真提供:アウディジャパン) 「世界で一番美しいクーペ」と評された「AUDI A5」。ドイツ連邦デザイン大賞受賞(オスカー賞 2010年)(写真提供:アウディジャパン)

 翻って日本は、「新しさ」を追求することに終始してきました。クルマのデザインにおいてもずっとそれが続いています。でも、「前のモデルのほうがかっこよかった」とささやかれる新車も少なくありません。

 個人的な見解ですが、トヨタ自動車は、長くメルセデス・ベンツのヘリテージ(残した資産)を学習し、真摯(しんし)にモノづくりに反映しました。アップルのスティーブ・ジョブズは、ソニーの哲学に敬意を払い、未来を創る原動力にしました。こうした姿勢にはとても共感します。

──ドイツのクルマづくりで印象づけられたことはありますか。

 私が10年間働いたアウディの経営者は、クルマを愛し、自分たちが心から乗りたいクルマを正直に作っています。ユーザーにこびないその姿勢は、ビジネスとは別次元の文化的なものです。

 以前アウディ社長であったマーティン・ウインターコーン氏(現フォルクスワーゲン社長)は、ブランディング進展のために、アウディ初となる本格的スポーツカー「Audi R8」の製造を決断しました。商業的な成功を疑問視する声がある中、「本物のスポーツカーをつくりたい」という夢を実現化するためです。その結果、R8は大成功を納め、アウディブランドを世界トップレベルに引き上げました。志から生まれたプロダクトに人はあこがれ、感動する。アウディが成功している理由もそこではないでしょうか。

意識の高い経営者はデザイナーをパートナーにできる

──プロダクトデザインに対する日本企業の課題は何でしょうか。

 企業間の競合関係を前提としていることです。その発想はもう古い。トヨタと日産が手を組む、あるいはソニーとアップルが手を組む、というくらいの発想の転換が必要ではないでしょうか。そうなれば、より自由で魅力的なデザインの製品も夢ではないでしょう。

 また、メーカーそして政府は、消費サイクルを変える努力をするべきだと思います。例えば、4年周期で買い替えを促していたものを7年周期に変える。その分、開発期間を長く取り、より魂を込めていいモノを作る。特にエネルギーに深く関わる自動車メーカーが消費サイクルを見直すことには大きな意義がある。構造を一気に変えることはできなくても、段階的にプロセスを踏んでビジネスの方向転換を図っていくべきだと思います。自動車業界が走り出せば、家電業界も続くでしょう。アジアも続くでしょう。先頭を切った企業は、ブランディングのトップランナーになり得ると思います。

──企業経営者はプロダクトデザインとどのように向き合ったらよいのでしょうか。

 経営者にとって大事なのは、商品を出す、出さないを判断するセンスです。日本の企業はこれがあいまいで、十分にデザインを突き詰めたと言いがたい商品も、「タイムリミットが来たからこれで行こう」と判断するケースが多い。センスのある経営者なら、「この商品は出しちゃいけない」と決断できる。ドイツにはそうした経営者が多くいます。

──経営者にもデザインセンスが求められますか?それともデザイナーに任せる器量が必要ですか?

優しい自然の風を創造した「GreenFan Japan」。バルミューダは世界的なデザイン賞を総なめにしている(写真提供:バルミューダ) 優しい自然の風を創造した「GreenFan Japan」。バルミューダは世界的なデザイン賞を総なめにしている(写真提供:バルミューダ)

 経営者とデザイナーが対等のパートナーとなり、経営者はデザイナーに「デザインとは」を学び、デザイナーは経営者に「経営とは」を学ぶ。こうした関係が最も重要だと思います。ブランディングは1年や2年で築けるものではありません。もちろん多額の費用もかかる。そこを認識した上で、予算や人事の枠組みを考える必要があります。

 ちなみに、私が帰国してフリーランスになってこの5年の間にご一緒させていただいた企業は、すべて社長から直接依頼がありました。デザイナーに直接コンタクトを取るということ自体、デザインに対する意識が高いことの表れではないでしょうか。

 例えば、バルミューダの寺尾玄社長。寺尾社長にお会いしたとき、「こういう志のある人もいるのか。日本も捨てたもんじゃない」と思いました。私は外部デザインディレクターとして同社の商品に関与していますが、デザインを通じて同社をかつてのソニー以上のブランドにするお手伝いをしたいと真剣に思っています。

──和田さんにとってデザインとは。

 学習し、より高みを目指すプロセスのすべてが、私にとってはデザインです。過去の美しい営みや志に学び、未来を見据えて再構築し、より良い社会に貢献することです。人や社会が成長するプロセスそのものがデザインです。

 今は、ネット通販の恩恵で、人さし指だけで、あっという間にモノを買うことができます。つまり、手に取って感じず、見ないでモノを買う人たちが増えている。そういうモノとの関わり方が、人にとって果たして本当に幸せでしょうか。便利と引き換えに我々は人間としての大切な感覚を失いつつあるのです。

 私が子どもの頃は、新発売の商品を見に、ワクワクしながらお店に行く喜びがありました。ソニーが新しいラジカセを発表すれば、速攻でお店に見に行った。「これがソニーの新しいラジカセかあ。やっぱり他のメーカーとはひと味違う」などと。

 人とモノの関係は、人と人そして社会の関係を象徴していると思います。リアルな共感が失われてはならないし、そうしたアナログ的な価値を生み出せるデザイナーでありたいと思います。

和田 智(わだ・さとし)

カー&プロダクトデザイナー/SWdesign代表取締役

1961年東京生まれ。武蔵野美術大学卒。84年日産自動車入社。シニアデザイナーとして、初代セフィーロなどの量販車のデザインを担当。89~91年英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート留学。98年アウディAG/アウディ・デザインへ移籍。シニアデザイナー兼クリエーティブマネジャーとして、A6、Q7などの主力車種を担当。アウディのシンボルとも言えるシングルフレームグリルをデザインし、その後「世界でもっとも美しいクーペ」と評されるA5を担当、アウディブランド世界躍進に大きな貢献を果たす。2009年デザインスタジオ「SWdesign 」を設立。カーデザインを中心に、ドイツでの経験を生かし「新しい時代のミニマルなものや暮らし」を提案している。12年ISSEY MIYAKE WATCH「W」を発表。14年JINS「JINS MEME」発表。BALMUDA外部デザインダイレクター。
ホームページ: http://www.swdesign-office.com/