読者の心をつかむ書棚づくりの工夫とは? 「本屋大賞」の立ち上げや書店「B&B」の運営など、さまざまなアプローチから出版に関わる、博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEOの嶋 浩一郎さんに聞いた。
リアルな書店は欲しいものを言語化する場所
―― 書店が減り続けています。今の時代、読者はどこにいるのでしょうか?
多くの人がネット通販や電子書籍を活用していますよね。僕自身、仕事で本を探すときはアマゾンを使いますよ。欲しい本のテーマがはっきりしている時はネットの方が便利ですから。
でも、だからといってリアルな書店に行かないかといえば、そういうわけでもない。書店は「知りたいこと」と偶然出会える場なんです。ネットでは見つけられない「気づき」がある。書店の経営に関してあまり悲観的になる必要はなく、ネットとは違うプレゼンテーションができればチャンスはあると思います。
―― 読者は本との出会いに何を求めているのでしょうか?
ひとつ重要なことは、人はなかなか欲しいモノを言語化することができない、と考えた方がいいと思うのです。だから、欲しい本に関してもこの本が欲しいって言えないのです。
映画「羊たちの沈黙」に登場するハンニバル・レクター博士の洞察は、人の不器用さを見事に言い当てていますよ。「欲望というのは自存するものではなく、それを満たすモノが目の前に現れたとき発動する感情なのだ」と。
そう、人って不器用だからなかなか欲しいモノを言語化できないんですが、都合もよくて、それが目の前に現れたとたんに、「そうそう、それが欲しかった」と思うのです。いい本屋とは、買うつもりのなかった本を買ってしまう所だと思いますが、その本は買うつもりはなかったけれど欲しかった本なのです。つまり、リアルな本屋は言葉に出来なかった欲望が次々言語化する場所なのです。本のタイトルから、次々インスピレーションされるのです。
――「これが欲しかった」という気づきにつながる書店の工夫とは?
例えば、村上春樹の小説の近くにサンドイッチの本を置く。2冊のジャンルは全く違いますが、村上作品にサンドイッチがたびたび登場することを知っている村上ファンなら、サンドイッチの本を見て、なんだかその本も読みたくなってしまうかもしれません。著者別、出版社別、テーマ別ではなく、このように一見関係ない本を緩やかにリンクさせていく「文脈棚」を作るのも、書店ができる一つの工夫でしょう。違う世界に通じる「気づきの取っ手」が書棚に無数に隠れている。人によって見える取っ手と、見えない取っ手がある。そんなイメージです。
B&BはPOPを置かず、お客さんに「発見」してもらうことを重視していますが、おすすめされたら欲しくなる人もいる。そういうニーズに応えるPOPがあふれる店もあるわけです。要は、欲望に気づく方法はいろいろあって、自分に合った書店を探せばいいし、書店同士も「気づき」のコンペティションをすればいいのです。
―― 気づきが読者にもたらすものとは?
人は自分が気づかなかった欲望に気づかせてくれた主体に感謝して、強いロイヤルティーを感じるんですよ。それは書店だけでなく、コンテンツにも言えます。例えば、「夏までに痩せたい」という雑誌の特集は、もう誰もが分かっている顕在化した欲望をとらえています。一方、雑誌「美 STORY」は、年齢を重ねても美を失わない女性を「美魔女」と名付けて、そのスタイルをアピールしました。多くの女性は、「そうそう、ワタシも美魔女みたいなオシャレがしたかったの」と気づいたわけです。新しい欲望を発見させてくれるコンテンツは、ファンを増やしていく。気づきを与えることは、ブランドにとってとても重要なことです。
ビール販売、イベント開催……すべては新刊書を売るための企業努力
――B&Bのコンセプトは?
B&Bは、買い物のついでや通勤・通学の行き帰りにふらりと立ち寄れる「街の本屋」です。生活導線の中にある街の本屋のビジネスが成り立つことを証明したくて、開業した側面もあります。お店の面積も私鉄沿線の平均的な街の書店のサイズで、30坪。この広さなら5分もあればすべての棚を一通り見て回れます。本の量は試行錯誤の末、7千冊に落ち着きました。
書棚には歴史、宇宙、昆虫、料理、恋愛など、人間世界のあらゆる要素が並んでいますよね。言うなれば、5分で世界一周ができる。その体験は、ネットでは今のところ無理ですよね。
―― 書棚作りは、誰がどのように担当していますか?
共同経営者のブック・コーディネーター・内沼晋太郎や店長を含め、数人で棚をいじっています。「コーナー担当」は設けず、立場や経験値の違う人が同じ棚も勝手にいじるわけです。そうすると、どんなお客さんでも欲しい本棚ができる。一人で作ると完成度が高い本棚になってしまう。
また、本屋の本は毎日売れるわけで、本屋は常に新しい本を補充しています。ですから、本の並びは日々変わる。書店員は来る日も来る日も、今ある在庫で暫定1位の書棚を作る仕事です。「いつ来ても欲しい本が発見できる」と思ってもらうために、日々この試行錯誤を繰り返すわけです。書店には完成型はありません。
――B&Bではビールの提供やトークショーの開催を行っていますが、その意図は?
ビールを出すのは、自分がビールを飲むと本を「大人買い」したくなるから。そういう気分ありますよね?
トークショーは、作家や編集者の話を聞くとその人の本が読みたくなる自分の経験をもとに始めました。気づきの感覚を高めるスパイスとかブースターのようなものだと思ってもらえればいいかと。
新刊書がちゃんと売れる本屋を作りたかったので、ビールを売るのも、毎日作家を招いてイベントをやるのも、新刊書を売るための企業努力だととらえています。だから、書店員が自らビールサーバーを手入れするし、イベントのブッキングや運営も行っています。
―― 新しい顧客を取り込み、リピーターに育てるために工夫していることは?
トークショーのテーマをできるだけバラエティーに富むようにしています。テーマによって、昨日はIT業界、今日は料理好きなど、お客さんの顔触れも変わってくるわけです。あらゆる人に気づきをもたらす書棚を作ることで、だれもが「この店には自分の欲しい本が置いてあるな」と思ってほしい。そう思ってくれるとリピーターになる。
―― 出版界に向けて、ご提言をお願いします。
出版業界のマーケティングは、すでに顕在化した欲望に焦点をあてたものが多い気がします。「売れてます!」「○万部突破」なんていうのはその代表。先ほど話したように、人は顕在化した欲望の提示より、言語化できない欲望の顕在化に驚くわけです。新刊本を一斉配本して広告を打つサイクルはもちろん効率的ですが、既刊本にどう気づいてもらえるかという戦略も大事だと思う。その本がどう読者に発見されるのかという視点が業界に必要なのでは。
博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO
1993年博報堂入社、企業のPR活動に携わる。2002年~04年雑誌「広告」編集長、04年「本屋大賞」の立ち上げに関わり、NPO法人本屋大賞実行委員会理事。06年博報堂ケトルを創設、12年下北沢に書店「B&B」を開業。著書に、『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるか』ほか。