文京・千駄木の静かな街並みに溶け込み、地域の人々が集まる千駄木往来堂書店。店長の笈入(おいり)建志さんは、町の書店の役割を深く見つめる。
―― 最近の読書環境の変化についてどのように思いますか?
便利な買い方が浸透し、買う本が決まっている人はネット書店や大型書店、電子書籍で買うようになりました。その中で私たち町の書店がすべきは、「買う本が決まっていない人」が来られる場を作ることです。従来、書店は売れ筋ランキングや新刊を中心に並べてきました。しかしこれからは、読む人の気持ちに寄り添い、小さい書店ほど得意ジャンルを作り、主観や個性が反映された棚作りをすべきです。
―― 往来堂書店ではどのような空間演出や棚作りをしていますか?
気になるテーマや本を見つけたら、それを基点に、新刊・既刊を織り交ぜたひとまとまりの棚を作ります。これを「文脈棚」と呼んでいます。例えば先日、ライターの北尾トロさんが『猟師になりたい!』という本を出版しました。この本から出発して、「もっと前に猟師になった人の文庫本があったな」「農業にチャレンジした若い人のコミックエッセイも置こう」「地方消滅など、社会学的な本もいいか」と連想し、書棚に並べます。実は、これは昔ながらのやり方なのですが、この20年ほど、売るためのシステムを優先しすぎて、無味乾燥な棚作りに偏ってしまったように感じます。
「ひと」としての書店員が店を面白くするためにやるべきことは、地元のお客さんときちんと向き合う日々の積み重ねです。お客さんの人格やイメージを仮説で作ってみたら、今まで棚になかった本を仕入れるきっかけになるかもしれないと思います。「東京に出てきたけどうまくいかなくて、だんだん田舎に帰りたくなってきた若者」とか。
書店の役割は、「人の人生を知らせる」ことです。そこに知らせるべき人の営みがあるなら、置くものは本に限りません。地元のレストランの名物パンや、本にまつわる植物、食器なども置いています。
―― どんなお客さまをターゲットとしていますか?
町の書店ですから、地元の方ときっちり向き合うことが大切。「文脈棚」の中では、東京、江戸、食、お酒、翻訳文学のジャンルが比較的よく売れます。おすすめの本を聞かれることも増えました。会話や棚を通して「今の自分の気持ちに合う本がわかる」ことが小さな書店の魅力です。
―― 「売れる本」を作る上で、何が課題だと思いますか?
出版社には、自由に本を作ってほしいと思います。「書かずにいられない」から書くのが、作家。その中から店に合う本を見つけ出すのが書店の仕事です。書店はもっと、自分の店に置くべき本をわかっていなければなりません。
千駄木往来堂書店 店長
1994年東京旭屋書店入社。2000年より現職。往来堂書店の店長募集に「自分のセレクトした本の並ぶ店を見てもらいたい」と応募。