「コミュニケーションデザイン」とは、改めて何か。 今なぜ「コミュニケーションデザイン」というアプローチが求められているのか。 そして新聞社は今後どんな役割を果たせるのか。 電通・古川裕也氏、博報堂DYメディアパートナーズ・三神正樹氏と、朝日新聞東京本社の中村史郎が話し合った。
三神正樹氏(左)、古川裕也氏(中央)、中村史郎
メディア環境の変化を認識し クライアントにソリューション提示を
中村 まず、コミュニケーションデザインというアプローチをどのように捉えているか、お聞かせください。
三神 広告やマーケティング手法としての話もありますが、もう少し大きく、生活者や社会の変化という視点で捉えてみたいと思います。デジタルデバイス、4K・8Kテレビといった外形的・機能的価値の変化を「メディアの変化」とすると、それに加えて「メディア環境の変化」に注目しています。コミュニケーション環境が大きく変わりつつある中、多様化するメディアと生活者や社会・コミュニティーとの関係がどのように変化しているか、全体として捉え直すことが必要です。
かつて企業やメディアに強い情報発信のパワーがあり、コミュニケーションについてはそれで大部分を説明できましたが、現在は生活者側もある程度そのパワーを持ち得るようになりました。博報堂DYグループではこの現象を「生活者主導社会の到来」、あるいは「to C(Consumer・生活者)からwith Cへ」といった言葉で表現しています。そうした環境の下で、企業やメディアが生活者や社会とどのように新しい関係を結んでいくか、様々な観点から考えることを、コミュニケーションデザインと定義しています。
古川 コミュニケーションデザインという言葉が使われ始めたのは、ウェブを中心とする4マス以外のメディアが力を持ち始めた頃で、地球上すべてメディアになる可能性があり、広告表現の手段が劇的に拡大したという点を示唆していました。もともとはあくまで、広告のための新しい方法論だったと思います。今の我々の仕事は、クライアント課題であれ、ソーシャルな課題であれ、広告以外も含めたあらゆる方法で解決するアイデアを提示することになってきています。ブランドも、いかに社会の課題を解決する能力があるかを証明する必要があります。ただ、その新しいゲームを指す単語がひとつに確定していないという状態ですね。日本は「課題先進国」と言われます。これは、日本のすべてのビジネスにとってチャンスだと思います。
中村 新聞は元来生活者に近く、社会性の強いメディアで、世論と様々な課題を共有したり発信したりするのに一番適していると考えています。三神さんのご指摘通りメディア環境が変化する中、メディアにおける新聞媒体の相対的な位置付けや読者とのつながり方も変化しています。朝日新聞社では、編集・広告両面でそうした流れに対応するべく模索を続けています。コミュニケーションをデザインするという視点で新聞社の広告ビジネスを捉えるとすれば、広告スペースの提供に留まらず、新聞社が所持する様々なグループメディアのコンテンツを幅広く用意する。そしてクライアントが持っている課題を解決するための適した方法を一緒に考え、プロデュースしていく取り組みが挙げられます。これを朝日新聞社では「広告の立体化」と呼んで、全社的に推進しています。 ちなみに、クライアントの要請という点では、最近の傾向をどう見ますか。
古川 クライアントのオリエンテーションが、茫漠としてきています。これは、目の前のことだけでなく、ブランドの本質的なところから一緒に考えられるという意味で、実は有難いことなのです。課題の発見・確定自体が課題になっているのです。昔は方法論まで規定されることが多かったのが、最近は「プレゼンスをあげたい」「生活者との関係を変えたい」とか。その場合、その企業の本質の本質の本質は何か。カスタマーとシェアすべきフィロソフィー・価値は何か。それを、近未来化するとどうすべきかをまず考えます。
それは今日のお題と相似形ですね。よく、今後新聞はどうなる、広告はどうなると言いますが、その議論からは何も生まれない。自分たちが培ってきた一番本質的な能力を使って、今までとは違うどういうことができるか、という風に考えた方が有効だと思います。
三神 成長市場で戦っている企業と成熟市場で戦っている企業では、行動パターンがおのずと違います。前者のマーケティングコミュニケーションは、シンプルでわかりやすい。一方後者は、マーケティングのちょっとしたタクティカルな作戦では課題解決にならないので、古川さんが指摘されるように漠然とした悩みを抱えやすい。そこでもう一段高い視点から考える必要が出てくるというのは、大きなトレンドだと思います。経営の視点でマーケティングを考えることが、成熟市場に身を置く多くの国内企業共通のテーマといえます。
中村 確かにクライアントから投げかけられる課題は、もはや新聞社の広告局だけで受け止められる内容ではなくなってきています。クライアントが求めていることを丸ごとお聞きし、広告の発想に留まらず、企業体として新聞社が持つどのチャネルを使えばフィットしたコミュニケーション方法を提示できるかが、カギを握っていると実感しています。また、マスによる読者へのリーチに加えて、それに対するレスポンスとしてイベントやソーシャルメディアなどを通じたリアルな反応を求められるケースが増えていると思います。
古川 従来の広告の枠組みだけでは、もはやステークホルダーの課題すべてに応えられなくなっているんですね。紙面をどう売るかということだけでなく、メディア的にもアイデア的にも、もっと総合格闘技的に考えるべきだと思います。
中村 まさに総合格闘技をやるための職責として、広告局内にプロデューサー職を設けました。クライアントの要請をワンストップですべて受け止めてから朝日グループ全体を見渡し、プロジェクトとしてコーディネートしていくという試みです。
例えば、「宇宙」をテーマに読者の興味を喚起し、共感を得ていこうという最近の事例があります。若田光一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション船長就任のニュース、朝日新聞社主催のイベント「宇宙博2014」、映画「宇宙兄弟#0」劇場公開という要素を様々に組み合わせて発信する設計を行い、クライアントの賛同を得ました。また、新聞社はとても古いメディアですが、それだけに蓄積が非常に多い。独自のプロデュース機能を持ち得るのは新聞社ならではだと、自負しています。
発信するコンテンツをコミュニティーにつなげ、 生活者の「自分ごと化」に意識を
中村 これまでの話を実践していく上で、いかに消費者あるいは生活者を動かすコミュニケーションを設計していくかがカギを握ると思います。成功のコツは何と考えますか。
三神 成功の方程式というような絶対的なものは見あたりませんが、実務的な観点から言うと、様々な領域を自由に横断する仕事の仕方が不可欠だと思います。いわば、右脳と左脳と脳幹の機能を持ち合わせることで、合理性と創造性、情緒と論理といったことを自由に横断してアイデアを出す。そして何より、アイデアを行動に移すことができる形にすること、つまりアクショナブルなソリューションを示すことが大切です。メディアとエージェンシーの関係も同様で、どこか一点だけで機能すると考えるよりは、いろんなポイントで融通無碍(むげ)に共闘できればよいのではないでしょうか。
古川 消費者個人との良好な関係を、長く築くことに尽きます。これまでは情報の送り手と受け手の線引きが明瞭で、画然と分かれていた。それがソーシャルメディア登場以来、カスタマーすべてが発信者であり最終決定者であり、従来型の情報発信では十分でなくなりました。最近はコンテンツをコミュニティーにつなげているケースが成功しており、今やブランディングの重要な方程式になっています。メッセージやフィロソフィーを伝えて共感を獲得するのはコンテンツの仕事ですが、そこからブランドの「アクションを伴うファン」を獲得し、コミュニティー化して永続的な関係をつくるという風に、発信と関係構築との両方を果たすことが、ますます重要になってきています。
三神 消費者個人を行動させるには、訴えたい価値を消費者個人にとって「自分ごと化」することです。2013年カンヌライオンズのメディア部門の審査員を務めた際、最終的にグランプリを獲得したオランダの葬儀保険会社DELAが行ったキャンペーンは、その好事例です。インサイトは「人は、大切な人が亡くなった後に感謝の言葉を贈るけれど、その人が生きている間にこそ思いを伝えよう」というもので、生活者にアクションを起こさせるために様々な工夫が盛り込まれていました。新聞広告が、読者の行動を喚起する仕組みとして設計されていて、新聞が持つリーチというよりは、「自分ごと化」させるための重要な機能を果たした点で、評価されています。
ジャーナリズムを支える企業体としての新聞社 強みは「考えさせる」機能
古川 インドの全国紙The Times of Indiaは、議員を公募したり、階級社会に踏み込んだり社会的テーマに自社の意見を掲げ、広告キャンペーンを通じた世論喚起をずっとやっていて、カンヌの常連です。“I am Mumbai”のキャンペーンでは、貧困層の声を採り上げ、新聞を全国的議論、世論形成の場にしています。それもリアルな。日本の新聞も、大人が頭を使いあって理性的に議論する場になってほしいと思います。オピニオンファシリテーターとしての役割に期待します。ジャーナリズム価値と広告メディア価値とは本来連結しているはずで、そのことこそが、新聞を新しい形で強くすると思います。
中村 朝日新聞社は調査報道に注力し、ニュースを発掘して世論を喚起する、あるいはニュース現場から記者がツイッターで発信するなどして、ジャーナリズムそのもののブランディングにも取り組んでいます。
三神 新聞メディアの一番重要な特性は、「考えさせる」機能です。ジャーナリズムのみならず、広告の観点からも非常に重要で、一度頭の中で反芻(はん すう)して考えたことのほうが記憶に残りやすいからです。考えさせることをうまくデザインし、総合格闘技として新聞社と一緒にプロデュースしていくことができればと思います。
中村 ジャーナリズムとして強くなり、広告メディアとしての信頼も勝ち得る。朝日新聞への提言を含め、貴重なご意見をありがとうございました。
博報堂DYメディアパートナーズ執行役員
プラニング・i-メディアビジネス担当 メディア環境研究所長
1982年博報堂入社。事業・プロモーション領域の部署を経て、96年「博報堂電脳体」の設立に関わる。以降、統合マーケティングやデータドリブンマーケティングなどを実践し、デジタル分野をけん引。マーケティング効果における顧客企業への説明責任、広告コミュニケーションの最適化などに取り組む。2010年博報堂執行役員。11年博報堂DYメディアパートナーズのi-メディア領域担当の執行役員を兼務。13年「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」でメディアライオンの審査員を務める。14年よりメディア環境研究所長を兼務。
電通 CDCセンター長 エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
クリエイター・オブ・ザ・イヤー、カンヌ・ライオン28回、D&AD、One Show、アドフェスト・グランプリ、広告電通賞、ACC グランプリ、ギャラクシー賞グランプリ、メディア芸術祭など、国内外で400以上を受賞。カンヌ審査員(フィルム部門、チタニウム&インテグレーテッド部門)3回、D&AD、クリオなど、国内外の審査員・講演多数。JR九州「祝! 九州新幹線全線開業」、リクルート「すべての人生がすばらしい」、KIRIN Sayonara国立プロジェクト「応援する者」などを手掛ける。
朝日新聞東京本社 広告局長
1986年入社。1990年東京本社政治部員、98年中国総局員などを経て、05年外報部次長、08年購買セクションマネジャー、10年広告局業務推進部長、11年国際報道部長、12年編成局長補佐。13年6月より現職。