コミュニケーションデザインのフレーム 「R3」のさらなる進化と新聞

 ソーシャルメディアの普及が進み、テクノロジーも急速に進化を遂げる中、今求められるコミュニケーションデザインのあり方とは何か。『R3コミュニケーション 消費者との「協働」による新しいコミュニケーションの可能性』の共著者である恩藏直人氏、井上一郎氏が話し合った。

ソーシャルメディア上の「意図せざる推奨者」に注目

恩藏直人氏(左)と井上一郎氏 恩藏直人氏(左)と井上一郎氏

恩藏 最初に、私たちの共著で提唱した「R3コミュニケーション」について簡単に解説しておきましょう。「R3コミュニケーション」とは、企業と一般消費者の「二者間関係」で行われてきたコミュニケーションを「三者間関係」として捉えようという考え方で、最大のポイントは、ブランドに好意的な支援者を「サポーター」とし、一般消費者から切り離したことです。そして、企業やブランドと一般消費者の間で行われる認知や関心の向上を目的としたコミュニケーションを「レレバンス(Relevance)」、企業やブランドとサポーターの関係構築を重視したコミュニケーションを「リレーションシップ(Relationship)」、サポーターから他の消費者に評判を伝える消費者同士のコミュニケーションを「レピュテーション(Reputation)」と定義しました。そして、この三つの「R」を軸に三者間コミュニケーションの効果を検証するフレームを作りました。(図)

井上 従来はいかにロイヤルカスタマーを増やすかという点が重要なテーマでしたが、実際にはなかなか難しい。そこで「R3コミュニケーション」では、すでに存在する「意図せざる推奨者」に注目しました。トライアルユーザーぐらいでも、十分サポーターになり得るという指摘です。例えば、ソーシャルメディア上で自分が入ったお店や施設をGPS機能で周知する「チェックイン」機能を、推奨目的ではなく店名や食べた料理を忘れないために使う人が増えています。その情報をフォロワーが見て、「今度行ってみよう」と思う可能性は多分にあります。

(図)R3コミュニケーションが目指すこと (図)R3コミュニケーションが目指すこと

恩藏 「R3コミュニケーション」を初めて提唱してから3年が経ち、ソーシャルメディアの普及はさらに進みました。新たな動きとして井上さんは何に注目していますか。

井上 まずはロイヤルカスタマーにも必然的にソーシャルメディア利用者が増えたことで、自発的な推奨が一段と可視化されやすくなりました。ロイヤルカスタマーがアドボケーツ(自発的アンバサダー)になる環境が整ってきたといえます。一方でPC、スマホなどのコミュニケーションツールとしての進化も見逃せません。

恩藏 3DやGPS、アプリといったテクノロジーの急速な進歩がユニークなコミュニケーションを生み出していて、先進的な企業は、かなり実践していると思います。私は今年、D2Cが優れたデジタルマーケティングに賞を贈る「コードアワード2014」の審査員長を務めました。受賞作を見ていると、ソーシャルを活用して単に情報発信しているだけではなく、もっと立体的な工夫をしています。話題になった映画『貞子3D2』のキャンペーンを例に挙げると、映画のストーリーとスマホを連動させ、映画を見た日の夜中に貞子から電話がかかってくる仕掛けを作るなど、館外でも継続的に観客を楽しませて、関係性作りに成功しました。こうして見てくると、様々なコミュニケーションツールが高度化している以上、「R3コミュニケーション」理論も深化する必要性があるかもしれません。

井上 サポーターの重要性がしっかり認識されてきたからこそ、企業もこうした仕掛け作りに注力できる環境が整ってきたのではないでしょうか。その際サポーターに提供するブランド体験としては、楽しめたり役に立ったりするコンテンツが一般的ですが、それらはブランドが提供する価値の延長線上にあることが肝要です。

恩藏 私は、「R3コミュニケーション」の次のステップとして、レレバンス、リレーションシップ、レピュテーションのいずれを起点として攻めるのか、あるいは三者間をどのようにつなぎ合わせていくのか、「型」として整理できないかと考えています。新聞広告を利用する場合、マスメディアで切り込んでレレバンスを稼いでからリレーションシップとレピュテーションを高めるといったコミュニケーション戦略が主流でしたが、ソーシャルメディアの普及がここまで進んでくると、締めくくりに新聞広告というのも有効な手段になってくると思います。

井上 ソーシャル上で話題になることを想定した表現を、まず新聞広告で打ち出す手法もあります。意外性のある漫画コンテンツの活用やアイドルの等身大の新聞広告など、ソーシャル上の反響を狙った施策も出てきています。あるいは、新聞メディアですから硬派で大きなテーマを取り上げ、議論を巻き起こすような展開があってもよいのではないでしょうか。いずれにしても、ゴールを明確に設定し、コミュニケーションのシナリオ作りを進める。「コミュニケーションデザイン」の視点で言えば、この点が重要です。

発展を続けるマーケティング研究 コミュニケーションデザインの手法に応用を

恩藏直人氏 恩藏直人氏

恩藏 マーケティング研究の潮流を形成してきた米国の有力団体であるMSI(Marketing Science Institute)が今年5月、マーケティング上の優先研究課題を発表しました(表)。その中で「顧客と顧客経験の理解・把握」「データを駆使できる環境下でのマーケティング分析手法の開発」という2大テーマがクローズアップされました。こうした課題も、今後コミュニケーションデザインの議論と結びつくかも知れませんね。

井上 確かに、これらの課題について考えてみると、ウェブメディアの世界では行動ターゲティング全盛の時代にあって、企業は消費者の行く先々でコミュニケーションすることが可能となっています。だからこそ、消費者発想のコミュニケーションデザインが重要になってきます。

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(表)MSIが2014年5月に発表した優先研究課題より作成(表)MSIが2014年5月に発表した優先研究課題より作成

恩藏 これに関連して、最新の消費者行動研究として紹介したいのが、「解釈レベル理論」です。人は、ある対象から心理的・時間的距離が遠いときには本質的なことに関心が向き、距離が近いと瑣末(さまつ)なことに目が行く傾向にあります。そうした解釈レベルの違いが日々の消費行動や消費意識に影響を及ぼすという理論です。例えば、デジタルカメラを買いたいと漠然と思っているときには画像の美しさを重視していても、いざ買う直前になると操作性や価格に目が行く。つまりここで指摘したいのは、解釈レベル理論を踏まえて、より確度の高いコミュニケーションをデザインできるかもしれないということです。

井上 例えば、時間・距離があって理性的な判断ができる段階では新聞広告で、購買直前はデジタルで、といったメディア展開が考えられるかもしれません。新聞、雑誌、ウェブなど様々なメディアを保有する新聞社にとっては、解釈レベル理論やR3のフレームなどを活用すれば、自社が保有する個々のメディアについて、表現の方向性も併せてトータルに提案することが可能になります。

恩藏 もう一つ、近年注目されている消費者行動理論として「制御焦点理論」が挙げられます。消費者は予防的なスタンス(プリベンション)を取る場合と促進的なスタンス(プロモーション)を取る場合と、大きく二つの心理状態あるいは性格があると考えられます。例えば、歯磨き粉を見て、「歯を美しくするもの」(プロモーション)と思う人と、「虫歯を予防するもの」(プリベンション)と思う人がいる。どちらにアプローチするかによって、コミュニケーションの設計が変わってくるわけです。

新聞との親和性が高いマーケティング3.0時代

井上一郎氏 井上一郎氏

恩藏 コミュニケーションの中で訴求していく価値という点で言うと、「マーケティング3.0」のステージに入った昨今、従来から必要とされてきた機能的価値や情緒的価値に加えて、企業と消費者が協働してより良い社会を目指すという社会的価値が注目されるようになっています。信頼性や社会性といった特性を持つ新聞は、企業や製品の社会的価値を伝える媒体として親和性が高いと言えます。

井上 まさに、その通りだと思います。企業の間で「マーケティング3.0」への関心は高いです。CSR活動を戦略的投資と捉える企業も増えており、マーケティング3.0時代のコミュニケーションを実現したいという相談はよくあります。新聞社にとってチャンスだと思います。

恩藏 媒体各社は企業研究をしっかり行って、適切な提案をする必要がありますね。

井上 一つ提示したいのは、社会をより良い場所にしていこうという「ソーシャルグッド」の活動と絡めたブランド広告の可能性です。その際、なぜその「ソーシャルグッド」の活動を進めているのかという「想い(おもい Social Thought)」をきちんと伝えると、より効果が高まります。CSR活動を行っている企業は多いですが、想いと活動をセットで報告することに意味があり、その際企業広告として展開する、つまり「『マーケティング3.0』を広告にする」には、新聞広告は一番適したメディアではないかと思います。

恩藏 コミュニケーションデザインの議論は一層深さを増していくと思います。マーケティング研究と併せて、引き続き注目していきたいですね。

恩藏直人(おんぞう・なおと)

早稲田大学 商学学術院教授

1982年早稲田大学商学部卒業後、早稲田大学教授を経て2008年より2012年まで早稲田大学商学学術院長・商学部長。2013年より理事。学外では、日本消費者行動研究学会会長、公認会計士試験委員、商品開発・管理学会会長などを歴任。著作として、『エネルギー問題のマーケティング的解決』(共同執筆)、『コモディティ化市場のマーケティング論理』、『コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則』(監訳)、『R3コミュニケーション』(共同執筆)ほか多数。

井上一郎(いのうえ・いちろう)

アサツー ディ・ケイ ストラテジック・プランニング本部
商材開発室長/360 ソリューション ディレクター ADK SOCiAL DESiGNiNG リーダー

明治学院大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。1989年旭通信社(現ADK)入社。新聞局配属。2002年宣伝会議に転じ、月刊「販促会議」編集長。2004年クロスメディア(XM)局発足に伴い復職。2006年第2XM局長などを経て、2013年より現職。ほかに立教大学、明治学院大学、江戸川大学(着任順)非常勤講師、日本広告学会理事、WOMJ理事など。受賞歴にSPIKES ASIA 2011 メディア部門銅賞受賞ほか、著書に『トリプルメディアマーケティング(第12章執筆)』『R3コミュニケーション』(共同執筆)など。