音と光でセナがよみがえる リスペクトと追悼の映像がカンヌ最高賞

 1989年の日本グランプリ予選、アイルトン・セナは鈴鹿サーキットでF1世界最速ラップを樹立した。そのラップの記録を、現代の先端技術を駆使し、エンジン音と光を用いて再現したプロジェクト「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」。当時ホンダが開発した車載センサーからリアルタイムでデータを収集する「テレメトリーシステム」に保存されていた走行データを解析し、「あの日のセナの走り」をよみがえらせた。カンヌライオンズ2014では7部門で15個の賞を受賞し、最高賞といわれるチタニウムライオンのグランプリも獲得した。

カンヌ、最後の最後でグランプリ

――「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」で数々の受賞、おめでとうございます。今の心境は。

菅野 薫氏 菅野 薫氏

 ほっとしているというのが正直なところです。なかでも、カンヌライオンズの「今年のベスト・オブ・ベスト」としてチタニウムライオンのグランプリに選ばれたのは何よりもうれしいですね。

 この作品はこれまで多くの賞をいただいてきたので、カンヌでもグランプリを取れるんではないかと周囲から言われていて、プレッシャーのようなものも感じていました。電通にとっても久しぶりのグランプリになりますので・・・・・・。カンヌが開幕してから、毎日発表される各部門の結果を見ると、幅広い部門でたくさんゴールドやシルバーは受賞するものの、どの部門でもグランプリは取れませんでした。だから、もうほとんど諦めかけていたんです(笑)。

 ところが、最後に発表されたチタニウムライオンでまさかのグランプリになりました。チタニウムライオンは、「BMW Films」(ネット動画の初期、2001~02年に制作された伝説のショートフィルム)が登場した時、「既存の部門では枠を越えていてちゃんと評価しきれない、これからの広告業界を切り開く新しい作品を評価しよう」と当時の審査委員長が創設した賞です。あらゆる部門で評価していただけるようなエッセンスが入っているけれど、どの枠にも収まりきらないこの作品がチタニウムライオンで評価されたのはとてもドラマチックだったと思っています。

――この映像はいつごろからどのような経緯で構想を練っていきましたか。

 ドライバーにリアルタイムな道路情報を提供するHonda独自のカーナビゲーションシステムである「インターナビ」を担当するようになったのは、2011年からです。最初は、自分の車をホンダの名車のエンジン音にできる「Sound of Honda」というアプリの企画を提案したんです。そのプレゼン資料に、「このアプリで作るソフトとテレメトリーデータを使えば、アイルトン・セナのあの日のエンジン音も再現できます」とちょこっと書いていました。それが最初です。そうしたら、ホンダのみなさんが興味を示してくださいました。

 この時点では僕はアイルトン・セナのエンジン音を再現するというアイデアしか持っていなくて、どう具体的に実現するかを議論していたら、ずっと一緒にやっているクリエーティブチームのメンバーから「鈴鹿サーキットでセナの音を鳴らすべきだ」という、とんでもなくて正論なアイデアが出てきて。それはどう考えても否定できないとなりました。じゃあ、どうやってこのアイデアを実現するか、サウンドディレクターの澤井妙治さん、ライゾマティクスの真鍋大度さん、映像作家の関根光才さんら同世代の仲間に声をかけ一緒に考え始めて、1年半かけて実現にこぎつけました。

 そもそも、これまでの仕事を通じて、ホンダの方々とは、単に受発注の関係ではなく、インターナビは何をすべきか、と根本的なことからディスカッションできるパートナーとして「Co-Creation」(共創関係)を築いていただいています。だからこそ実現できた企画だと思います。

イノベーションを起こしてきた「Hondaらしさ」を伝えたい

――作品で訴求したかったメッセージとは。

 最も伝えたかったのは、「Hondaらしさ」です。「インターナビ」という商品のプロモーションでしたが、あらゆる商品広告は企業広告としての側面を持っていると考えています。歴史ある企業を広告する時は、その会社がどのように社会にイノベーションを起こしてきたか、その本質的な部分を掘り下げ、その会社でしか言いようのないメッセージを伝えることが一番重要です。

 ホンダはご存じのとおり「発明家」です。世界で初めてカーナビやエアバッグを開発し、商用化した会社です。エンジニアリングで世界のあり方を変えるようなアイデアを出し続けてきたのです。

 1980年代にF1にテレメトリーシステムを開発し導入したのも同じで、世界最速ラップのテレメトリーデータは、ホンダしか持ち得ない歴史的事実です。このデータは「この瞬間、そこにセナがいた」という事実を、裏でHondaのエンジニアが支え、記録として捉えていたということを示す感動的な記録なんです。
このような形でセナに対してリスペクトと追悼の意を示すことができるホンダはかっこいいということを、素直に伝えたいと思いました。

――どのようなメディアで映像を公開したのですか。

 インターナビのウェブサイト「dots by internavi」とHonda のオフィシャルのユーチューブチャンネルにアップし、あとはホンダのオフィシャルフェイスブック、ツイッターで告知しただけです。プロモーションのプロモーションみたいなことはしませんでした。それにもかかわらず、公開した途端にものすごい勢いで国内外に拡散しはじめ、わずか数時間で米国の『WIRED』で取り上げられ、以来、数え切れないほどのメディアで取り上げていただきました。最近では、カンヌライオンズで表彰されたときも一気に50万回も再生数が増えたり、ホンダが提供しているF1中継番組で90秒CMとして数回放映もしました。

セナへのリスペクトは映像に残る

――制作するときに、工夫した点や苦労したところは。

 何よりもアイルトン・セナに誠実であることでした。全長5.8キロもある鈴鹿サーキットに膨大な量の電源コードを持ちこみ、傾斜しているコースに倒れないように大量のスピーカーを並べるだけでも気が遠くなりました。少しの風で音の伝わり方が変わってしまう中で、データや音の遅延にも細かく配慮して調整しなければなりません。しかもサーキットを使用できるのは、リハーサルと本番合わせてわずかな日数。短い時間での一発勝負でした。

 サウンドの再現というインスタレーションとしての精度を高めるために、映像には映らない部分にも、非常に細かく設計が施されています。どこで鳴っていた音を再現するかの基準は「メーンストレートど真ん中の、一番前の席」をスイートスポットに定め、当時そこで聞こえた音を再現しようと、全てのスピーカーをその席に向けました。サーキットの向こうの山から跳ね返ってくる「エンジン音の山びこ」も正確に再現すべく、山に向かって大きなコンサート用スピーカーも設置して臨みました。

 エンジン音は栃木県のホンダコレクションホールに置いてある、当時セナが乗っていた「マクラーレン ホンダ MP 4/5」から直接集音。エンジンやコックピットにマイクをたくさん取り付け、車を止めたままエンジンを回したり、実際にサーキットを走らせたりとあらゆる方法で音をサンプリングしました。

 結果的には、セナ独特のアクセルワークの、いわゆる「セナ足」まで表現でき、世界中から「Hondaはすばらしい、日本ありがとう」というメッセージがたくさん届きました。これは表面的に映像に残る部分だけなく、見えない部分までセナの走りに対して真摯(しんし)に向き合って再現しようとした姿勢が、何らかの形で映像に現れたからだと思います。そこがクリエーティブの計算できない面白さであり、難しさだと思います。

「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」プロジェクトムービー

鈴鹿サーキットにずらりと並べられたスピーカー 鈴鹿サーキットにずらりと並べられたスピーカー
撮影本番を前に空気が張りつめる 本番を前に空気が張りつめる

これからのサイバー部門はインテグレーテッドな総合格闘技になる

――ところで、今年のカンヌライオンズではサイバー部門の審査員も務めました。

菅野 薫氏

 サイバー部門は今年、「トータリーニューサイバー」としてカテゴリーを全面的に一新し、クライテリア(審査基準)も一から話し合われました。他の審査員と共通認識としていたのは、「他部門の優秀な作品はサイバー部門にも必ず出品されている」ということです。テレビCMも、イベントも、キャンペーンも、今やサイバー的要素が関わらないプロジェクトは存在しない。サイバーという能力はもはや全クリエーターが標準装備で持っていなければならないといえますし、メディアとしての規模感も完全に現代のマスメディアとも言っても過言ではないでしょう。

 今年のサイバー部門では「Sound of Honda」以外、日本の作品がブロンズ以上に入りませんでした。以前、この部門で日本が多くのゴールドやシルバーを取っていたころは、職人気質のプログラマーが腕一本で作った珠玉のサイトやバナーが高く評価されていました。しかし、今のサイバー部門はそれをあまり評価しません。ダイレクト部門でグランプリを獲得したブリティッシュ・エアウェイズの「MAGIC OF FLYING」のような、普遍的で広告のお手本のようなインサイトを下敷きにしたアイデアに、当たり前のようにテクノロジーが使われている作品がどんどん登場している。テクノロジーを見たことない感じで使えるだけでは勝てなくなりました。
今やサイバー部門は「総合格闘技」。思わず踊りたくなるプリミティブな欲求を喚起し世の中に自発的な体験を生みだし、しっかり商品の売り上げの向上に貢献し、国連と組んで人道支援の寄付の仕組みも持つ「Pharrell Williams - 24Hours of Happy」のような、企画として(厚みのある)「太いもの」だけが残るようになりました。

最終日の表彰式 チームで登壇

菅野 薫(すがの・かおる)

電通 クリエーティブ・ディレクター / クリエーティブ・テクノロジスト

2002年電通入社。商品サービス開発、データ解析技術の研究開発業務、国内外のクライアントの広告キャンペーン企画などに従事。本田技研工業「CONNECTING LIFELINES」「RoadMovies」「Sound of Honda - Ayrton Senna 1989」をはじめ、東京ガス、KADOKAWAのクライアントワーク、東京オリンピック招致プロジェクト「フェンシング×テクノロジー」、国立競技場ファイナルデーセレモニーの企画演出、森美術館10周年記念展に出品されたアートプロジェクト「やくしまるえつこ+真鍋大度+石橋 素+菅野 薫 《LOVE+1+1》」など活動は多岐にわたる。主な受賞は、Cannes Lions チタニウム部門グランプリ、同Gold×8、Silver×8、Bronze×3、D&AD Black Pencil、Yellow Pencil×4、文化庁メディア芸術祭大賞、One Show -Automobile Advertising of the Year、Spikes Asiaグランプリ、Adfest グランプリなど多数。D&AD Awards 2013 デジタルアドバタイジング部門審査員。Cannes Lions 2014サイバー部門審査員。