初代グランプリは「Mother Book」 ライオンズヘルスの未来を指し示す

 今年、カンヌライオンズに「ライオンズヘルス(Lions Health)」が新設され、会期に先駆けて6月9日~13日に審査が行われた。この部門の審査員を務め、自身も医薬・健康食品分野など数々の広告を担当してきた電通の加茂麻由子氏に、部門設立の背景や審査のポイントなどを聞いた。

拡大するヘルスケア領域 メディアではなく「業種」で審査する初の試み

加茂麻由子氏 加茂麻由子氏

――新設された「ライオンズヘルス」の審査員を務めました。

 ライオンズヘルスは、「ファーマ部門」と「ヘルス&ウェルネス部門」の二つから成り、今年は世界49カ国から1,423作品がエントリーされました。

 「ファーマ部門」は、ワクチンやバイオテクノロジーなど、医療のプロフェッショナル向けの広告が主な対象です。一方、私が審査員を務めた「ヘルス&ウェルネス部門」は、薬局で買えるOTC(市販薬)や健康食品、健康に関する教育・啓発活動など一般消費者向けのコミュニケーションが対象でした。906作品は、この「ヘルス&ウェルネス部門」へのエントリーです。

 ライオンズヘルス設立の背景には、医療の進歩、先進国の高齢化などによるヘルスケア領域の拡大があります。事実、医療系のプロモーションに強いエージェンシーが増えていますし、審査員も、「ヘルス」「ウェルネス」といった名称が入った会社の肩書を持つ人が多かったですね。病気への対策だけでなく、予防や啓発のために人々の生活習慣を変えねばならない時、広告は情報を伝える大事な役割を果たせるのではないでしょうか。

 ライオンズヘルスは業種を独立させて審査する初めての試みです。国ごとに薬を取り巻く法律が異なり、広告表現にも制限があるため、独自の評価軸をもって審査すべきということから、切り離して設立されました。このフェスティバルの動向次第では、今後カンヌライオンズでも、制約の多い業種などは業種ごとに審査するという流れも出てくるかもしれませんね。

――どのような審査基準で選考しましたか。

 ヘルスケアといってもそこには便秘、花粉症から衛生環境の充実、精神疾患、がんや難病、献血キャンペーンと、様々なテーマの作品であふれていました。さらに、メディアも規模も様々。大型キャンペーンもあれば、アプリやリーフレット単体もある。そこで、まず審査の基準をはっきりすることが重要でした。審査基準となったのは、「ライフチェンジング」、すなわち人々の人生、生活、心を変えるインパクトのあるアイデアかどうか。それが審査の大きな柱となりました。

 通常、カンヌライオンズでは1年以内に発表された作品をエントリー対象としますが、ライオンズヘルスは初年度なので過去2年の作品までエントリー可能でした。そんな背景があり、昨年すでに他の部門で受賞した作品をどう評価するかという議論もありました。ただ、「昨年賞を取ったからという理由で、良い作品を排除する必要はない」ということになり、昨年受賞したブラジルの「My Blood is Red and Black」や、ムラタ漢方の「梅花五福丸」も選ばれました。

目にした瞬間、誰もが心を奪われた「Mother Book」

――受賞作品は、どこが評価されたのでしょうか。

 グランプリの「Mother Book」は目にした瞬間からみんな心を奪われ、14人の審査員にとても愛された作品でした。1次審査も、2次審査もトップスコアだったんです。シンプルですが美しいクラフトワークで、手にした時のワクワク感がたまりません。ページをめくるたびに少しずつ膨らんでいく妊婦さんのおなかには、小さな命の物語がありました。また、各ページにメッセージを書き込めるということが、「Mother Book」本来の役目を超えて、子どもへの未来のギフトになる。そんな広がりもとても評価されました。

 この作品とグランプリを争ったのは、コロンビアの非営利団体が手がけた「Cancer Tweets」です。現代のメディアであるツイッターを使った手法でがんの早期発見の大切さを啓発し、良い意味で「Mother Book」と対照的でした。

 私たちが選ぶ最初のグランプリは、これからのライオンズヘルスにとっても、ヘルスケア分野の関係者にとっても、ひとつのメッセージになると審査員の誰もが思っていました。ですから、グランプリを決めるときは長時間議論しましたが、最終的には満場一致で「Mother Book」が選ばれました。私たちがグランプリに託したメッセージは、“かけがえのない命への賞賛(celebration)”です。これはある意味、「ヘルス&ウェルネス」の原点でもあると思うんです。

 ゴールドを受賞した「梅花五福丸」は、もはや審査基準うんぬんではなく、何度も見たくなるパワーがあったことに尽きます。審査員の間でも大ウケで、「あれ、もう一回見よう」と何回も見たんですよ(笑)。でも実は、「あの元気なおばあちゃんのCMを見ると元気が出る」ということはヘルスケアにとっての本質かもしれませんね。

 ブロンズを取った作品の中にも、いくつか印象的だったものがあります。
南アフリカの 「HOPE SOAP」は、せっけんを使いなさいと言わずに、子どもたちが手を洗いたくなる仕掛けを作ったところが魅力的でした。ブラジルの臓器提供啓発キャンペーン「BENTLEY BURIAL」は私の好きな作品です。今年のカンヌライオンズでもプロモーション部門ほか5部門でゴールドやシルバーを受賞しています。「まだ使える高価なものを埋めることで、臓器の大切さを訴える」というシンプルなアイデアですが、その大どんでん返しの仕掛けがとっても胸のすくキャンペーンだと思います。

――ライオンズヘルスの作品全体として、どのような印象を持ちましたか。

加茂麻由子氏

 エントリー作品全体を通して思ったのは、世界中で「みんな必死に生きている」ということです。衛生環境、医療レベルはそれぞれ違えど、みんな健康にまつわる何かに悩んでいる。困っている人がいるのを助けたい。より健やかに生きたい。そんな思いがあふれているように思いました。

 それから、今年のカンヌライオンズで受賞している作品で、「なぜ、ライオンズヘルスにエントリーしなかったんだろう」というものもありました。ですので、まだまだどんなフェスティバルなのか様子見が多かったのも事実かもしれません。

 また、ライオンズヘルス全体を通して感じたのは、今後に向けていくつかの課題があるということです。例えば、メディアや規模が様々だったため、PR、プロモーション、ウェブやモバイル、統合キャンペーンなどは、クリエーティブとしてどうかということだけでなく、クライテリア(審査基準)はクリエーティブアイデア=30%、ストラテジー&メディアの使い方=20%、エグゼキューション(制作)=20%、リザルト(成果)=30%というように、CMやプリントとは別の視点も加味して審査していかなければならないということもありました。

 この分野の特徴だと思うのですが、非営利団体の作品が多かったのは今後課題となっていくかもしれません。実は、カンヌライオンズには「グランプリは営利団体のクライアントでなければならない」という規定があります。非営利団体には「グランプリ フォーグッド」という特別賞が与えられます。もし「Mother Book」ではなく「Cancer Tweets」がヘルス&ウェルネス部門の最優秀作品となっていたとしたら、今年は「グランプリなし」となり、「グランプリ フォーグッド」のみの表彰になっていたでしょう。

 法律で表現を制限されるヘルスケア分野を、全ての分野と同じ評価軸ではなく、独自に評価していこうということでスタートしたライオンズヘルスですが、やはりある意味で、カンヌライオンズレベルの評価軸で審査していたと思います。それが、どのように変わっていくのか、今後の動向が楽しみではあります。

加茂麻由子(かも・まゆこ)

電通 第4CRプランニング局 局次長 シニア・クリエーティブ・ディレクター

電通入社以来、クリエーティブ局にてグラフィック、CMを中心に、新商品開発やウェブのコンテンツ開発まで広告表現を越えてブランド作業、キャンペーン作業に携わる。