インターネットの未来を探究 検索結果にさわれるマシンが世界を変える

 キリン、象、お化け……話しかけた物が、3Dプリンターで出力される未来の検索マシン、「さわれる検索」。視覚障害を持つ子どもたちに未知のものにふれる体験を提供し、PR部門とデザイン部門でシルバーをダブル受賞した。

検索は見る・聞くだけじゃない 「さわれる」が未来の姿

――PR部門とデザイン部門でシルバーのダブル受賞、おめでとうございます。

内田伸哉氏 内田伸哉氏

 日本のヤフーのプロジェクトが世界中から注目され、反響をいただいてとてもうれしいです。この受賞で、日本のヤフーがワールドワイドに発信する力を持っていることをアピールできたのではないでしょうか。カンヌの会場でもクリエーターや広告会社の方々から、たくさん声をかけていただきました。

――「さわれる検索」を開発したきっかけや訴求したかったメッセージを教えてください。

 「さわれる検索」のコンセプトは、「インターネット広告の未来」です。

 私のいるマーケティングソリューションカンパニーは、「アート&サイエンス」を旗印にしています。しかし弊社は、サイエンスやテクノロジーには強みがあるものの、アート面には弱いのが課題でした。そこで昨年5月頃に、会社の上層部から「インターネット広告の未来」について考えるプロジェクトをやろうという話が持ち上がりました。「アート」の目線で「インターネット広告の未来」を考えることにしたのです。

 まず考えたのは「未来とは何か」。これまでインターネットが提供してきたのは、五感のうち「見る・聞く」の2つです。様々な議論を通して、未来では、そこに3つ目の感覚である「さわる」が加わるのではないかという結論に至りました。これは「インターネット広告の未来」から考えても合理的です。「さわれる検索」が実現できれば、広告主の商品や広告を、インターネットを介して立体的なモノとして届けられるようになります。キャンペーンでも、プレゼントの景品などを当選者の家庭用3Dプリンターで提供できる時代になるかもしれません。

 「さわれる検索」で私たちが提供したのは、「3Dプリンター+パソコン(インターネット端末)+ネットワーク+データベース」を組み合わせた体験です。私たちは、3Dプリンターもパソコンも作っていませんが、この体験を作ったことに価値があると思います。世の中にどんな体験を提供するか。そこに私たちヤフーの存在意義があるのではないかと考えました。

データ形式、サイズ、数 3Dデータの充実が課題

――制作するにあたり、工夫した点や苦労したところは。

 検索に応えられるように3Dデータを充実させることが重要でした。まず、弊社でデータを100個用意し、その後、インターネットを介して一般からも募集しました。これには、私たちが提供している「Links for Good」という仕組みを使いました。昨年6月から開始したこの仕組みは、ヤフージャパンのページビュー(PV)の1%にあたる5億PV相当の広告枠を非営利団体に無償で提供しています。ここに3Dデータの提供を呼びかける広告を出したところ、57件のデータが集まりました。また、東武タワースカイツリーや日産自動車、旭化成ホームズなどの企業からも3Dデータを提供してもらいました。最終的には、3Dデータ共有サイトThingiverseと連携し、今では10万件近くのデータを検索できます。

 難しかったのは、データ形式やサイズの統一です。精密すぎると出力に10時間ぐらいかかります。最終的には、40~50分ぐらいで出力でき、子どもの手のひらに乗る7~8cmになるようにデータを修正しました。

 完成して、さてこの機械をどこに設置するかを検討しました。視覚障害をもつ子どもが通う学校に設置したのは、多くの台数を作れないので「世界で一台しか置けないならどこがベストか」と考えてのことです。筑波大学附属視覚特別支援学校が設置を快諾してくれました。すると、休み時間に行列ができ、子どもたちが次々と検索してくれました。出力には40~50分かかるので、できたものを次の休み時間に取りに来てもらっています。

 人気だったのは、「小さすぎるもの、巨大なもの、危険なもの、そもそもさわれないもの」です。例えば、蚊やスカイツリー、さそり、竜巻などです。データベースにない場合は、その情報を解析して、先ほどお話ししたように「Links for Good」の仕組みを使い、自動的にインターネットで広告を出し、企業や一般の方からデータを提供してもらうようにしました。

 筑波大学附属視覚特別支援学校では現在、文部科学省の委託事業として「さわれる検索」を使った特別な授業プログラムを開発しています。東京タワーやスカイツリーを100分の1スケールで出力して縮尺の概念を教えたり、素材を変えて出力して触感を教えるといった内容を検討しているようです。こうした取り組みを私たちが引き続きサポートしています。

※画像は拡大します。
検索に夢中の子どもたち 検索に夢中の子どもたち
ミニカーを製作中 ミニカーを製作中
さそりってこんな形なんだ さそりってこんな形なんだ

アイデアが勝負の世界 まずは喫茶店で「一人ブレスト」

――今年のカンヌライオンズを見た印象は。

 今年は楽しい作品が多かったように思います。「Volvo Trucks」はいうまでもなく、同性愛者の祭典に協賛した銀行が、街中のATMにカラフルなラッピングを施した「GAYTM(ゲイティーエム)」(アウトドア部門グランプリ)や、元気なおばあちゃんがバッティングするムラタ漢方の「梅花五福丸」(ライオンズヘルスでゴールド)は特によかったですね。
なかでも「梅花五福丸」は地方CMならではの純粋な面白さがあり、だからこそ世界に通用したのだと思います。今後、大企業や東京のCMも「地方化」していくかもしれないなと思いました。まだまだ日本の受賞作は少ないので、もっと増えてほしいと思います。

内田伸哉氏

――内田さんがアイデアを生み出す源泉は。

 何よりもアイデアを考えるのが好きだということです。アイデアは、通勤電車やちょっとレトロな喫茶店での「一人ブレスト」で生まれます。その時はスマートフォンのメモ帳や、ノートにありとあらゆるアイデアを書き出します。残念ながら、会社のデスクでは絶対に生まれません(笑)。

 そのアイデアを4、5人のブレストに出してブラッシュアップします。いきなりチームでブレストをしても、なかなか成果が出ないことが多いです。まずは1人でアイデアを出し、それを持ち寄った方がいい。「さわれる検索」も100~200から残ったアイデアなのです。

 IT企業は形のないサービスを提供している会社です。アイデアこそ勝負ですし、むしろ、アイデア以外何もないと言ってもいいかもしれません。この秋には、「インターネット広告の未来」を示す全く新しいサービスの第2弾をリリースする予定です。期待してください。

内田伸哉(うちだ・しんや)

ヤフー マーケティングソリューションカンパニー YMO室 クリエイティブマネージャー 兼 ブランドマネジメント室 室長

神奈川県出身。慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了。電通にてプロデューサー、コピーライターを経て2012年2月にヤフーに入社。コーポレートコミュニケーションから新規広告枠の開発まで、対外的に発信する表現のプロデュース、ディレクションを行う。カンヌライオンズ、ONE SHOW、文化庁メディア芸術祭、朝日広告賞ほか受賞多数。