ダイレクト部門のブロンズを獲得した「3D on the Rocks」。3Dデータをもとに、独自に改良したCNCルーター(コンピューター制御の切削工具)で氷を削り出し、金閣寺の形を完成。この氷でウイスキーを飲むぜいたくさを、シズル感あふれるムービーと心浮き立つようなビッグバンド・ジャズの調べで演出した。この作品は今年のカンヌライオンズでダイレクト部門のブロンズを受賞するなど話題になった。
また、一般から募った「自由の女神」「ダビデ」など全15パターンの氷(3D Rocks)を制作し、特設サイトのギャラリーで公開。応募者の中から10人を「3D Rocks」でウイスキーが飲める期間限定バーイベントに招待した。サイト訪問者は世界中から約40万人、ソーシャルで次々とシェアされた。この作品を制作したTBWA HAKUHODO エグゼクティブクリエイティブディレクターの佐藤カズー氏に聞いた。
ジャズの調べに乗って刻まれる氷の金閣寺 芸術的なオン・ザ・ロックが世界中で大反響
──受賞おめでとうございます。
もっと上の賞を取ってもいい作品だと思っていたので、正直それほど感激は・・・・・・(笑)。審査員の中にはCNCルーターを3Dプリンターと混同している人もいたそうで、「審査する側がちょっと遅れているなぁ」とも(笑)。
ちなみに、僕個人のカンヌの受賞作品の好き嫌いの基準は、そのブランドがその活動をする必然性があるのか、ということです。商品が売れたとか、動員数が増えたとか、ブランド活動に寄与するものがなければ、カンヌ受賞作であれ共感できません。毎年カンヌには必然性が感じられない受賞作が多く、それを僕は「クリエーティブゴミ」って呼んでいるのですが、今年もゴミが多かった。そういうためにカンヌを目指すのは本末転倒かなと思います。
今回の作品は、サントリーウイスキーのオーセンティックな世界観、世界最高賞に輝くウイスキーを数々生み出している同社の蒸溜(りゅう)所の仕事を想起させるクラフトマンシップ、ウイスキーが飲みたくなる衝動、そういったことを伝えるサントリーならではのキャンペーンでした。最先端の機械がデスクトップサイズになってクリエーターの道具になったことを生かし、世界初の提案ができたことにも意義を感じています。
──アイデアはどのようにして生まれたのですか?
当社にCNCルーターがあって、これを使って新しい提案ができないかと考えていました。そうした中でサントリーから「ウイスキーをテーマに新しいことをやりたい」という課題をいただきました。アイデアが浮かんだのは、タクシーで移動していた時。自分が好きな被写体をスマホで撮って、その画像をもとに世界でたった一つの氷を削り出してくれて、ウイスキーのオン・ザ・ロックを味わせてくれるバーがあったら最高じゃないかと。
──最初の発想をほぼ具現化させたわけですが、CNCルーターは本来、木やプラスチックを削る機械ですよね。
そうです。氷を削ったなんて話は聞いたことがありませんでした(笑)。試行錯誤をしてくれたのは、当社のテクノロジスト、松倉昌志とプロダクション・ユニット「TOKYO」の髙橋真さんです。氷が滑ってしまったり、割れてしまったり、ドリルが折れてしまったりと、何度も失敗し、工夫を重ねてくれました。その検証だけで数カ月を要しました。氷の削り出しに適した室温はマイナス7度。細工が複雑な形は完成までに半日を要し、十数時間氷点下に置いても、CNCルーターのオイルが凍らないかどうか、といった検証も必要でした。また、氷の品質も大切です。幸い新しいチャレンジに前向きな氷の専門店が見つかり、冷凍室を工房として貸していただいただけでなく、氷について様々なノウハウも伝授していただきました。
──訴求したかったメッセージとは。
ウイスキーの一種の「エントリー酒」としてハイボールは若い人にも支持されていますが、上質なウイスキーをロックで飲む大人のかっこよさを、今の時代に合ったストーリーで伝えたいと考えました。サントリーは水にこだわる会社で、ウイスキーも厳選した水から作られています。それを割る氷が最高品質なら、まさに「BEST OF BEST」。そこでムービーは、日本の雪解けの景色から始まり、清流から生まれた氷をチェーンソーで切り出すシーンへと移り、角形に切り出した氷が、CNCルーターのドリルに削り出されていく様を映し出しました。撮影を担当したのは、「TOKYO」のディレクター、谷川英司さん。テクノロジーへの理解があり、グローバルに通用する作品を作る方です。サントリーウイスキーに見合う映像クオリティーを求めて谷川さんにお願いしました。ドリルの動きがジャズのスイングに合わせてタクトを振っているように見え、躍動感ある映像に仕上がったと思います。
──ムービーはどのようなメディアで発表しましたか?
今年の3月31日に特設サイトで公開しました。すぐに広告業界で話題になり、その後クリエーティブ界、ライフスタイルマガジン、ゴシップ雑誌と幅広く取り上げられて一般で話題となり、さらに海外のニュース通信各社に取り上げられ、世界中のバー関係者などにも広がっていきました。広がるのはあっという間でしたね。
総勢40人で作り上げたプロジェクト 公開後に世界中から反響
──バーイベントを展開した狙いは。
「3D ROCKバー」を想定してプロトタイプを提案しました。あと数年もすれば、スマホ画像の3D化はさらに簡便化し、CNCルーターの削り出し時間も今よりずっと短縮されるでしょう。お客さんから3Dデータをもらってバーで氷を削るサービスも夢ではありません。その体験をぜひ提供したいと、一夜限りのバーイベントを企画しました。
将来、「3D ROCKバー」が日本の各地にできて、日本人のみならず外国人観光客を集め、バーの海外展開にまで広がっていったらいいなあというビジョンを込めて・・・・・・。夢は膨らみます。
──このキャンペーンには海外からも多くの反響があったそうですね。
「世界中で最も美しい氷」「ウイスキーの中で氷が溶けていく様がはかなくも美しい」といった声の他、「氷はどこで買えるのか?」という問い合わせや、海外の高級ホテルのバーやオンラインショップからのビジネスの依頼も多数ありました。
──改めて、この取り組みの感想を聞かせてください。
クライアントが喜んでくれたのが何よりです。このプロジェクトには、サントリー宣伝部の皆様をはじめ、テクノロジスト、アートディレクター、コピーライター、広報といった弊社の制作スタッフ、さらに「TOKYO」や「mount」のプロダクションスタッフ、氷のプロなど総勢40人近くのスタッフがチーム一丸となって関わっており、誰一人欠けても成り立たなかった仕事です。スタッフが一丸となって精力を傾けた企画で、さながら『プロジェクトX』のようでした(笑)。
──カンヌライオンズには毎年のように参加されていますが、今年の全体の印象はどのようなものでしたか?
ここ数年のカンヌライオンズはカテゴリーが増え、今年はプロダクトデザイン部門と、本選とは別に「ライオンズヘルス」が新設されました。部門の乱立によって審査基準がどんどんわかりづらくなっていて、受賞作品を見ても釈然としないことが多かったです。そのうちカンヌバブルが崩壊するのではと危惧しています。
昨年はソーシャルグッド系の広告が各部門の上位賞をにぎわせましたが、今年はその傾向にさらに拍車がかかり、いささか食傷気味でした。ソーシャルグッド系の作品は80年代後半から既にあるもので、近年に至るまで毎年少しづつ力作が受賞してきました。僕自身、講演会などでソーシャルグッドの視点はクリエーターが決して忘れてはいけない視点だと言ってきました。ただ、今年はあまりにもソーシャルグッドだらけで、広告本来の製品をどう売るか、どう話題を作って人々の関心をブランドに向けるか、といったコミュニケーションの本流とずれてきている感じがました。
それから、プレゼンテーションビデオの内容が果たしてキャンペーンの実態を正しく伝えているのかと、今年はとりわけ疑問に感じました。ビデオ制作テクニックのうまさで実際の施策より良く見せている作品、あるいはうまくないゆえに評価を下げてしまっている作品が少なくないなと。
何のために広告を作るのか、何のために発表し合うのか、根本的なことからカンヌの趣旨がずれてきていないか……。そんなふうに感じながら帰国しました。
TBWA HAKUHODO エグゼクティブクリエイティブディレクター
1973年横浜生まれ。97年Sony Music Entertainment入社。Leo Burnettを経て2010年TBWA HAKUHODOへ入社。メディアの枠を超えたBig Ideaで、カンヌ金賞、クリオ金賞、ロンドン金賞、ONE SHOW金賞、SPIKES金賞、ADFEST金賞、ACC金賞、ADC賞、TIAA金賞、文化庁メディア芸術祭など、150以上の国内外の賞を受賞。代表作に「SUNTORY: 3D on the Rocks」「United Arrows: 恋するレーベル、Marrionettebot」「IKEA: SUKIMA GALLERY」「adidas: SKY COMIC, Highest Goal」など。また音楽にも精通しており、ミュージシャンのCDジャケットのデザイン、Music Videoの制作、コンサートの演出なども手がけている。11年クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト。12年カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル フィルム部門審査員。趣味は広告のパトロール。
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