今年のカンヌライオンズで、メディア部門の審査員を務めた博報堂DYメディアパートナーズの吉田 弘氏に、審査のプロセスや受賞作品について聞いた。
メディアビジネスを大きく変えるイノベーティブなアイデアかどうか
──メディア部門の審査員の顔ぶれと審査基準について聞かせてください。
メディア部門の審査員は審査委員長を含め計40 名です。クリエーティブ職の審査員が多くを占める他部門と異なり、メディアエージェンシーの経営者や役員クラスで構成されているのがこの部門の特徴です。
メディア部門の審査基準は、「インサイト(アイデア)」が35%、「クリエーティブエグゼキューション(表現手法)」が30%、「リザルト(成果)」が35%。これは例年変わりません。 さらに審査委員長からリザルトの評価について2つの指摘がありました。ひとつは、サイトの閲覧数など量的なリザルトだけでなく、ブランドの深い浸透など質的なリザルトにも目を配ること。もうひとつは、メディア環境は国や地域によって多様なので、それを踏まえた施策かどうかを見極めること。この指摘は、上位の絞り込みに際して大きな意味を持ちました。
──審査はどのように進められましたか。
応募総数は3,127点。一次審査では、5人ごとの8グループに分かれ、応募作品の概要や成果を2分程度にまとめたプレゼンテーションビデオを見ながら審査を進めました。3日間でショートリスト(入選作品)の候補となる「ロングリスト」を450点あまり選出しました。
二次審査は審査委員長を含め13人の審査員で行い、私もその一員として臨みました。まずロングリストを300点あまりに絞り込みましたが、この際、いわゆる「賞狙い」と思われる作品は外されました。審査員は、北中米、欧州、日本と、各エリアから参加していたので、本当に商業的な成功を収めた広告活動かどうか、エリアごとにある程度確認し合いました。また、いくら面白くても品位に欠けるものは「カンヌライオンズにふさわしくない」という理由で外されました。
次に、「フィルム」「アウトドア」などのサブカテゴリーごとに採点し、点数を考慮しながらグランプリ、ゴールド、シルバー、ブロンズの各賞を与えるべきかどうか、議論を深めました。とくに、メディアビジネスを大きく変えるイノベーティブなアイデアかどうかが議論の中心になりました。また、リザルトについて厳しく見る傾向が強かったと思います。
──グランプリは、コカ・コーラの「Happy ID」が受賞しました。
コカ・コーラがグローバルに展開している「Open Happiness」キャンペーンの現地制作編で舞台はペルーです。ペルーは経済成長を続けているにもかかわらず、国際調査によると、人々の「幸福指数」が低い。そこで、笑顔になった人にだけシャッターがおりる無料の証明写真機を同国にあるIDカードの発行所近くに設置。開始から一カ月のうちに発行されたIDカードの9割が笑顔になったというキャンペーンです。量的なリザルトばかりでなく、ブランドの価値を高めつつ人々を幸せにしたという質的なリザルトも高く評価されました。
コカ・コーラと最後まで票を争ったのは、ユニリーバの「kan Khajura Tesan」です。インドでは、テレビはおろか電気さえも十分に行き渡っていない一方で、住民の9割近くが携帯電話を持っている地域があります。そこで、携帯電話をラジオ代わりに音楽やお笑いやユニリーバの広告など様々な音声を24時間配信したところ、半年で約800万人のリスナーを獲得したキャンペーンです。ある番号にかけて「ワン切り」すると配信側から15分の番組が聞けて、広告も流れる仕組みです。
この2つの作品は、コンテンツのクリエーティビティーやソーシャル上でのリザルトを誇るのではなく、地域のメディアビジネスを大きく変え、成果も残しました。メディアを「使う」という発想ではなく、「創る」という発想を持っていた点でメディア部門の受賞作にふさわしかったと思います。
日本勢はプレゼンテーションビデオの作り方に課題
──その他、印象に残った作品についても聞かせてください。
ブリティッシュ・エアウェイズの「MAGIC OF FLYING」はとても印象的でした。ロンドンの中心街にあるビルの屋上に広告が設置されていて、上空に同社の飛行機が差しかかると、その広告が、その飛行機を指さす子どもの姿と、航空機の便名と行き先を表示する映像に切り替わるという仕掛けです。
ニベアの「The Protection Ad」も力作でした。位置情報探知機を内蔵したリストバンドをニベアの雑誌広告から切り取り、夏のビーチで遊ぶ子どもたちの腕につけて、親のスマホの専用アプリと連動させることで、子どもたちの迷子を防ぐという企画です。
どちらもデジタルテクノロジーを巧みに活用していましたが、メディアビジネスにおけるイノベーションという点からコカ・コーラとユニリーバが受賞することになりました。
──日本の応募作品への評価は。
雑誌のレコード盤を切り抜いて電子端末の専用アプリにあてると音楽が聞ける大塚製薬の「POCARI MUSIC PLAYER」と、スマホで青森県田舎館村の田んぼアートを撮影することで地元産の米が買える青森県田舎館村の「Rice Code」がブロンズを受賞しました。
日本の応募作品は、点数は多かったものの、ショートリストに残ったのはわずかでした。その理由は、プレゼンテーションビデオの作り方にも課題があるのではないかと思いました。欧米の大手エージェンシーなどが制作したビデオはかなりの予算と労力をかけたと思われる力作が数多く見られました。今年は他の部門で日本勢が健闘しただけに、メディア部門は少し寂しい結果となりました。
──メディアビジネスを取り巻く環境に関連して、何か感じたことはありますか。
近年はユーチューブの閲覧数やフェイスブックの「いいね!」の数を稼ぐことがリザルトの大前提になっています。ただ、どんなに成功したキャンペーンでも百万単位、頑張っても1千万単位の数を稼ぐ程度でした。テレビの視聴人数と比べると決して大きな数字とは感じません。しかし審査に参加してみて、グローバルの展開では、億単位の閲覧数や「いいね!」を稼いでいるキャンペーンが少なくないことに目を見張りました。ソーシャルは今やマスメディアに引けを取らないパワーを持つこともあるなと。
──改めて、カンヌライオンズに参加された感想をお願いします。
今回初めて参加しましたが、クリエーティブのトレンドやテクノロジーの最先端に触れられたことが大きな収穫でした。中でも、先述したブリティッシュ・エアウェイズの作品や、複数部門で賞を獲得したホンダの「Sound of Honda」など、最新のテクノロジーを秀逸な表現に転換させた作品群に刺激を受けました。テクノロジーとクリエーティブを結ぶ人材がいなければ実現できないことです。私が担っている職務の今後の活動においても参考になりました。
博報堂DYメディアパートナーズ メディアビジネス開発センター センター長
1988年博報堂入社。大型博覧会、各種商業施設、エンタテインメント施設の企画やプロデュース業務に従事。2004年博報堂DYメディアパートナーズメディア環境研究所の設立とともに同研究所主席研究員。国内外の先端的なデジタル技術を導入した広告コミュニケーショントライアルを多数実施。10年メディア環境研究所所長に就任。14年から現職。