若き才能を育てる「ヤングライオンズ・コンペティション」。PR(パブリックリレーション)部門で、日本チームが最高賞のゴールドを初受賞した。その栄誉に輝いたアサツー ディ・ケイの梅田哲矢氏と岡田雄一郎氏に喜びの声を聞いた。
世界中の誰もがわかることを誰とも異なるアイデアで表現する
――「ヤングライオンズ・コンペティション」について聞かせてください。
広告業界の28歳以下の若手が2名でチームを組んで参加します。現地カンヌで与えられた課題に対して24時間以内でアイデアを提案し、賞を競うというものです。現在設けられているのは7部門で、今年新設されたPR部門は、日本を含め14カ国が参加しました。
アジアからは私たちだけでした。PRについては欧米の方がビジネスとして根付いているという状況が反映したのかもしれません。PR専業でない、広告会社に勤める私たちにとっては不利な部分が多いと思いがちですが、実は逆で、フェイスブックやツイッターなどユーザー主体の情報流通インフラが整備されたことで、PRにおいてもクリエーティビティの比重が高くなってきており、むしろ有利だと考えていました。そういう意味でもPR部門にはぜひ挑戦したいと思っていました。
――課題提示から審査まではどのような流れで進むのでしょうか。
UNODC(United Nations Office on Drugs and Crime/国連薬物犯罪事務所)がクライアントとなり、実際に取り組んでいる人身売買問題の啓発と、人身売買を阻止するための活動「Blue Heart Campaign」推進のための、効果的でクリエーティブなアイデアをプレゼンせよ、という課題でした。
課題は、集合した初日の午後にその場で発表されました。配られたペーパー3枚には、問題の背景やこれまでの取り組み、課題などが書かれており、各チームごとにそれを踏まえたアイデアを考え、最終的には、翌日20時までに10枚のプレゼンテーションシートにまとめます。翌日の朝からコンペティションルームでシートの作成作業に入るので、それまでに核となるアイデアを考え、ホテルなどで何度も検証・ブラッシュアップし、なんとか翌朝までにアイデアを固めました。その後は、コンペティションルームに入り、プレゼンシートは20時までに提出、さらにその翌日の朝にプレゼンテーションに臨みました。質疑応答が各5分ずつ行われ、そこから審査に入る、という流れでした。
――ゴールドを受賞した作品は、どのように生まれたのでしょうか。
テーマが社会問題になるとは、ある程度予測していたのですが、人身売買は非常に深刻な問題です。でも、だからこそ、どんな形でやってもある程度PRになりやすい。すでに有名な事例がいくつもあるので、斬新なアイデアが出にくく、課題が発表されたときは「難しいな」というのが正直な感想でした。
初めからゴールドを狙っていたので、まず勝つための必須条件を考えました。それは、「世界の誰が見てもわかる共通する題材」、例えば衣食住や生死といった根源的なテーマを「他チームとは異なるアイデアで表現する」ことです。人身売買自体はショッキングなことですが、PRの対象である先進国の人々には実感がわきにくいのも事実です。どういうシーンやシチュエーションなら、誰もがうなづき、「自分ごと化」してもらえるのかが重要だと思いました。
――どのような作品だったのでしょう。
そこで着眼したのが「わが子」でした。自分が人身売買されることよりも、自分の赤ちゃんが売買されると考えたら、耐えられない気持ちになり、この問題について真剣に考えてもらえるだろう、と。また、普通は「買う側の先進国の人」「買われる側の途上国の子ども」が表現として使われがちなのですが、「先進国の赤ちゃん」というのは新しい視点です。出産自体は普遍的な行為なので「世界的に共通する題材」で、先進国の赤ちゃんは「ユニークな表現法」。そこからアイデアを練っていきました。
「自分よりも大切なもの」をインサイトに、赤ちゃんの取り違えがないように腕につけるネームタグを「$90」というプライスタグに変えるという設定を考えました。そして、そのタグを裏返すと「もちろん、あなたの赤ちゃんはプライスレス。でも世界では90ドルで子どもが売買されている。その状況を変えたいと思ったら、バーコードを読み取って90ドルを寄付してください」と呼びかけます。これを「世界人身売買の日」に世界20カ国の産院で行い、その様子を動画にして公開するという内容でした。
課題のゴールは「世論形成」で、その大前提として議論を巻き起こさなければならない。私たちのアイデアは、衝撃を与えるには十分な内容なので、賛否も含めて議論に火がつくだろうと考えました。病院の赤ちゃんにプライスタグをつけている様子を動画で公開し、それを見た人がソーシャルメディアに動画と自分の意見をアップすることで会話、議論が生まれる。ネット上で話題になることでメディアが取り上げ、さらに拡散されていく。今の時代、フェイスブックやツイッターはすでにインフラ化しているので、局地的なイベントでも一瞬で世界に広がります。UNODCの指示でも「ソーシャルメディアの活用」は求められていたので、このあたりもうまく捉えられたのではと思っています。
「プロ」にはない視点がPR進出のチャンスを生む
――アイデアに至るまでに苦労はありましたか。
他の国からの参加者はほとんどがPR会社で、いわば「PRのプロ」でしたが、私たちは広告会社です。今回のアイデアも、ネームタグを新しいメディアにするという「メディア開発的発想」で広告に近い要素があるなと思います。それをPRのプロがどう評価するのか、もう少しPR的発想に近づけた方がいいのだろうかと試行錯誤しました。
実は、赤ちゃんのアイデアはかなり早い段階で出ていたのですが、明け方まで何度となく議論し、別のアイデアを検討したりもしました。それでも、やはりメッセージの強さにこだわろう。確かにメディア開発的なアイデアですが、よく考えたら「議論を巻き起こす」という点においては、ど真ん中のPR手法だろうと判断し、当初のアイデアで行くことに決めたのです。
――受賞理由は何だと思いますか。
表彰式で、「赤ちゃんという、誰にとっても大切な存在をうまく利用して、きわめてシンプルに、パワフルなメッセージをもって提案された」というコメントが審査員から発表されました。自分たちとしても、アイデアの強さはもちろん、ネームタグをプライスタグに変えたというシンプルさ、さらに、誰もが共通でわかる強い普遍性が評価されたと見ています。
――改めて、受賞した感想を聞かせてください。
PRライオンズの表彰式と同じ会場で、その発表に先駆けてメダルを授与されました。登壇できるのはゴールド受賞者だけで、数千人という観客の中、すごくテンションが上がりました(笑)。私たち以外はPR会社の参加者ばかりだったので、「してやったり」という気持ちもあります。いい意味でのニュートラルさやテクニックよりクリエーティビティを重視した視点が、逆に新鮮だったのかもしれません。
PRは、おそらく現場の作業では、まだまだストラテジーの組み立て方やロビー活動のノウハウといったテクニックが主流で、クリエーティビティという面では、広告会社の方が有利とさえ感じます。PRという本来広告の上位概念に位置するダイナミッ
アサツー ディ・ケイ 統合ソリューションセンター コミュニケーション・アーキテクト本部第1コミュニケーション・アーキテクト局 プランナー
2010年入社。ウェブ、ムービー、アプリ、ガジェットなど、フォーマットにこだわらずにアウトプットしている。主な仕事に、住友スリーエム「1人全役ドラマ」、リクルートライフスタイル「渋谷ファッション手当」、WWF「ZANPANDA」、「サオリング」など。
アサツー ディ・ケイ 海外事業統括センター グローバルネットワーク本部グローバルアカウント開発局グローバルアカウント開発チーム アカウント・エグゼクティブ
2009年入社。主に日本企業の海外でのブランディング活動を手がける。営業兼プランナーとしてアジア・パシフィック市場を中心に開拓し、自動車、二輪、住宅設備、家電、通信業界のクライアントを主に担当。現在は週の半分、クライアントに駐在し、ADKとまたいで活動している。