世界に驚嘆とインスピレーションを与える日本市場

 日本は海外からどう見えているのだろうか。日本で広告展開するグローバル企業のプランニング業務を担い、自身も日本在住17年を数えるTBWA HAKUHODOのゲーリー・クルーグマン氏に、昨今のグローバル企業の動向を聞いた。

ブランド体験をそのまま持ち込み、日本マーケットで大ブレーク

ゲーリー・クルーグマン氏 ゲーリー・クルーグマン氏

――外資系企業の日本市場への参入について、最近の傾向を教えてください。

 ここ数年見られる傾向の1つとして、外資系企業が日本での売り上げを伸ばすために製品のパッケージを改良してきた点が挙げられます。多くの場合、製品が持つコンセプトをほとんど変えず日本の消費者マインドをうまく捉えるようなブランド経験を持ち込むことが目的です。コストコ、イケア、フォーエバー21といった小売業、ランドレスやジョンマスターオーガニックといったプレミアム付きの日用品メーカー、さらに飲食店業でこうした傾向が見られます。これらのブランドは、販売スタイルや店舗空間作りで感性に訴えながら、閉鎖的で内向きと見られている日本マーケットに独自の世界観をうまく導入しています。

――他の国と比べて日本市場や消費者の特徴は。

 マーケットも消費者もとても進んでいて、質の話になるとメーカー製品であれサービスであれ、日本の消費者は世界で最も要求が厳しい。日本の消費者が考える「価値」とは品質の高さで、低価格ということではありません。品質のよさは消費者の要求を満たす必要最低条件で、品質がよければなおよし、ということではありません。品質向上への努力はすべての業界で進められ、100円ショップでさえ非常によい品をそろえています。

 努力してきちんとやれば、日本の消費者は必ず応えてくれます。価格がどうであれ、ほしいモノを購入するためには列を作って並ぶほどです。これまでラグジュアリーブランドがよく売れて来ましたが、加えて最近では洗剤、シャンプーといった日用品、さらにはパンケーキでさえプレミアムな製品が人気を博しています。

――グローバル市場の中で日本をどのように位置づける企業が多いですか。

 多くのグローバルブランドにとって、日本マーケットはコアマーケットあるいは収益源として位置づけられているだけでなく、インスピレーションを与えてくれるマーケットでもあります。クライアントを銀座のデパートや100円ショップ、TSUTAYA代官山T-site、秋葉原などに視察のため連れて行くことがよくあるのですが、そこで高品質の日本製品や日本発のイノベーションを体感してもらったり、人気のある日本式サービスを経験してもらいます。

 テクノロジーやガジェットの発展がこれまで日本の強みでしたが、グローバルに活動するマーケッターは手に届くお値打ちな価格帯の商品でも品質が高くディテールにもこだわっている点に、最近特に注目しています。100円ショップが必ずしも低所得層のためにだけあるのではなく、富裕層も高品質なモノを安く買っています。

消費者インサイトは万国共通、ただし付加価値は日本向けにアレンジを

――日本でビジネスを進めるにあたり、グローバル企業はどんなことを意識すべきですか。

 日本では、企業は日本の消費者の満足度を高めるために、製品の細部にまで注力しなくてはなりません。「海外製品だから」というだけでは、日本人の質に対する期待に向き合わなくてよい理由にはなりません。日本の消費者はアフターサービスやパーソナルケアなど日本企業が提供しているのと同等のサービスを期待しています。スターバックスやクリスピー・クリーム・ドーナツでも米国と日本で比較すると、同じ製品を同じコンセプトで販売していますが、日本では特に店舗の清潔さや接客、パッケージの品質に重点を置いています。こうしたディテールを軽視しては、日本ではブランディング活動全体を傷つけてしまいます。ただ、努力が報われるマーケットであることは間違いありません。

ゲーリー・クルーグマン氏 ゲーリー・クルーグマン氏

――日本市場で広告展開を図る上で他の国と異なる特徴的な点は。

 日本人は自分たちのことを、「他国の人々とは違う。ずいぶん理解しづらいはずだ」と強調しますが、そのように強調すること自体が日本人特有で、衝撃的です(笑)。私が日本に住むようになったこの17年で、海外へ行く日本人が増え、情報テクノロジーが発達し、日本と世界を隔ててきた壁がかなり低くなったように感じます。ただ、言葉は両者にとって依然として障壁です。

 海外ブランドが日本で広告キャンペーンを展開するとき、まずこうした違いに向き合わなくてはなりませんが、ときとして反発があり、作業を後退させるような雰囲気を作り出してしまうことがあります。そこでひとつのアプローチとして試みているのが、グローバル戦略に従い共通項から始めるというやり方です。このアプローチを通じ、グローバル戦略には適合しているが実行段階では現地の状況に合わせて調整する必要があることに気づくかも知れません。実際のところ、キャンペーンの実行段階で「日本だから、ここではそれはうまくいかない」といったリアクションがあり、事態が複雑化するケースはよくあります。

 例えば、掃除機や洗剤を売り出す場合、「家をきれいにしたい」という消費者インサイトは万国共通です。ただ、日本家屋の大きさや日本人の家庭生活におけるリズム感といった物理的文化的な文脈が存在し、こうした要素がグローバル戦略をローカルで実施する際に必要な情報となってくるのです。

 とはいえ、最大の障壁はやはり言葉です。日本語はあいまいで結構悩まされます。効果的なコミュニケーションには単なる翻訳ではなく、日本文化や日本的なコミュニケーションに沿いながらアイデアを解釈し再構築(trans-create)できるコピーライターやこの分野に熟達した広告会社が必要でしょう。

――日本のメディア事情で他国と異なる点は。

 他国と同様、デジタルメディアが急速に発展し、広告業界でもメディア別では売上総額2位を占めるなど成長しています。しかし、いわゆる伝統的メディアも健闘しています。例えば、多くの先進国では新聞は急速に部数を減らしていますが、日本では信頼性の高いメディアとして依然存在感があります。40代以上は新聞を定期購読し、全国何千万世帯に配達されています。日本の雑誌は他国同様苦戦していますが、ターゲットオーディエンスにピンポイントで到達できるようきちんと分類されたメディアとして特徴づけられています。

 また、テレビが強いマーケットだという点も挙げられます。日本ではケーブルテレビがそれほど普及していませんが、首都圏では地上波デジタルの主要7局が中心です。さらに、電車といった交通広告メディアもポピュラーな媒体で、電車による通勤・通学者が世界で最も多い国が日本であることも、その理由なのかも知れません。

――逆に日本企業の海外展開も進んでいます。海外で効果的なコミュニケーションを進める上で留意するべき点は。

 日本企業は10年ほど前から、英語のタグラインを作るなどグローバル向けのブランディングを行っています。しかし海外の視点に立つと、少し後付けのような印象を受けます。日本国内ではブランド力があるから通用しますが、海外では必ずしもそうはいきません。ブランドをグローバルな視点から見つめる必要があり、単に英語のタグラインを付けるだけでは不十分です。

 多くの日本企業や商品ブランドのイメージは、他国マーケットでは不完全な形に止まっているという印象を受けます。グローバルというよりは1マーケットのレベルでしかブランディング活動が進められていないからです。この状況も次第に変わってきていますが、日本企業がより積極的に自らのブランドを海外でも定義し、ブランドコミュニケーションを図り、ブランドを育ててほしいと思います。

ゲーリー・クルーグマン

TBWA HAKUHODO ディスラプション ラボ プラニングチーム
グループプラニングディレクター

カリフォルニア大学大学院サンディエゴ校国際マネジメント研究課卒。日本滞在歴は17年、戦略プランニング、マーケットリサーチ、ブランドコンサルティング業務に従事。2010年よりTBWA HAKUHODOに。現在P&G、ハーゲンダッツ、イケア、GSK、アディダス、ペルフェティなどグローバルブランドのプランニングを統括。