2012年11月にリニューアルした「東洋経済オンライン」は、わずか4カ月で月間5,300万PV(ページビュー)を獲得し、日本有数のニュースメディアとなった。この改革の立役者で、『5年後、メディアは稼げるか』の著書もある編集長の佐々木紀彦氏に、2014年のメディア界を見通してもらった。
わずか数年で急成長した海外のデジタルメディア
――昨年のメディア界の動きの中で印象に残ったことを聞かせてください。
2013年は、新しいビジネスモデルを持つ海外のデジタルメディアが急成長した年でした。デジタルメディアといえば、もうからない、人員を増やせないというイメージでしたが、その常識を覆す企業が登場し、世界ではむしろ急成長したのが印象的です。
なかでも注目しているのは、「Buzz Feed(バズフィード)」(月間ユニークユーザー8,600万)、「Up Worthy(アップワーシー)」(同8,800万)、「Business Insider(ビジネスインサイダー)」(同3,500万)というデジタルメディアです。いずれもソーシャルでの拡散が目的で短い記事が多く、PVの半分以上がソーシャルメディア経由です。「Up Worthy」に至っては、従業員はわずか20人、立ち上げて一年で現在のユニークユーザー数に到達し、「史上最速で伸びているウェブサイト」といわれています。
こうした媒体は、バナー広告の収入に依存せず、ネイティブ広告や動画広告、ビッグデータの活用など、新たなビジネスモデルに支えられています。事実、「Buzz Feed」にはバナー広告が一切ありません。その代わり、通常の記事にネイティブ広告が挟み込まれています。「ネイティブ広告」とは、タイアップ広告(記事広告)の進化系のようなもので、広告主の商品名を一切出さない「協賛付き記事」といえるでしょう。現在、「Buzz Feed」には、AT&Tやフォードなど約40社の大手広告主が月間1千万円ほどでネイティブ広告を出稿しています。
――日本にはこうしたビジネスモデルを持つメディアはないようですが。
それはIT系技術のわかる編集者が日本には少ないことが要因ではないでしょうか。「Buzz Feed」を作ったジョナ・ペレッティ氏は、デジタルメディアの成功要因の一つとして、「社内にエンジニアを抱え、テクノロジー開発やデータ分析を内製化すること」を上げています。彼自身もマサチューセッツ工科大学院出身です。日本には、コンテンツを作ることができて、テクノロジーにも詳しく、しかもビジネスに精通している「起業家ジャーナリスト」はほとんどいません。だからこそ、日本ではこの分野は未開拓のブルーオーシャンなのです。出版社や新聞社など大手メディア企業で働いている人で、少しでも興味があるなら、ビジネスとテクノロジーを学ぶべきでしょうね。
PV至上主義から脱却するカギは、新たな広告手法によるマネタイズ
――2014年に予想されるメディアのトレンドを聞かせてください。
今年の大きなテーマは「PV至上主義からの脱却」です。世界ではすでにこの流れが起きていて、ウェブサイトの質を図る指標は、いまやPVから滞在時間やユニークユーザー数へと変化しています。
その鍵を握るのが、ネイティブ広告や動画広告です。従来のタイアップ広告は、クリックレートや購買など短期的な成果が求められる刈り取り型だったため、メディアはPV稼ぎに力を入れざるをえませんでした。しかし、ネイティブ広告の主な目的は、認知拡大やブランドメッセージの浸透などブランディングが主な目的です。一方、動画広告は、どれだけの人にリーチできるかが重要。いずれも短期的な成果を求められるわけではなく、単価も高いので、PVだけにとらわれる必要はなくなります。そうすれば、エンタメ系・ゴシップ系の記事への依存度は少しずつ減っていき、ジャーナリスティックな調査報道にも注力できるでしょう。そのとき、デジタルメディアは成熟するはずです。
――新聞社をはじめ伝統的なメディアはどうあるべきでしょうか。
これからのメディアや記者、編集者に最も求められるのは、アウトプット方法を使い分ける能力です。これまでは文字と写真、そして紙が中心でしたが、今は選択肢が増え、コンテンツに応じて方法を選べます。例えば、先日話題になったAmazonの無人配達ロボットのニュースは、動画の方が伝わりやすい。あるいは、重要な記者会見の場合、まずデジタルメディアで短い速報を出し、その後、紙メディアに2,000字程度の要約を掲載、後日改めて、デジタルメディアに記者会見の動画と全文書き起こしを掲載する。このように、読者のニーズに合う最適なアウトプットを、すばやく選択することが求められるのです。
――デジタルメディアの今後の課題は。
テクノロジーを駆使して、利益率の高いビジネスモデルを効率的に構築することです。バナー広告など従来型広告の比率が高いと、利益率は下がります。ネイティブ広告だけでも人件費がかかるため利益率を上げることは難しい。しかし、ニューヨーク・タイムズやニコニコ動画、クックパッドなど有料課金収入のあるメディアは利益率がぐんと高くなります。例えばクックパッドの営業利益率は6割にも上ります。場合によっては、コンテンツだけで課金するという発想を一度捨て、有料課金とはまったく違う新しい課金システムを考える覚悟も必要でしょう。
私たち「東洋経済オンライン」も、ネイティブ広告である「ブランドコンテンツ」や、今年4月に始める動画コーナー「STARTUP CHANNEL」などを通して様々なアウトプットでニュースを束ねるプラットホームへ進化したいと考えています。
東洋経済新報社 デジタルメディア局東洋経済オンライン事業部編集長
1979年福岡県出身。慶應義塾大学総合政策学部卒。東洋経済新報社で自動車、IT業界を担当。2007年9月よりスタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。09年7月より『週刊東洋経済』編集部に復帰、『30歳の逆襲』『非ネイティブの英語術』『10年後に食える仕事、食えない仕事』『女性はなぜ出世しないのか』などの特集を手がける。12年10月より現職。著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』。