2013年11月25日、日本が誇る文化や産業を世界に売り込むための官民ファンド、クールジャパン機構が発足した。国が500億円、民間企業15社が計75億円を出資。同機構の設立セレモニーには、茂木敏充経済産業大臣、甘利明経済再生担当大臣のほか、ファンドに出資する大手企業のトップも出席した。ファッション業界で長く活躍し、イッセイミヤケの社長や、松屋常務執行役員MD戦略室長を経て、同機構の代表取締役社長に就任した太田伸之氏に機構の役割や展望について聞いた。
強気の商談、スピード、地方パワー、ぶれないブランディングがカギ
──太田さんは、政府のクールジャパンの取り組みにこれまでどのように関わってきたのでしょう。
最初に関わったのは小泉政権の時です。世界の産業構造が変化する中、ソフト産業の海外進出を促すための諮問委員会が発足し、映画、テレビ番組、音楽、アニメやマンガ、ゲームなど、主にコンテンツ関連の議論が先に進みました。その後、食、地域産品、そしてファッションが加えられ、ファッション業界にいた私に声がかかったわけです。政権交代などもあって一時は議論の席から離れましたが、現政府からクールジャパン機構の代表にと依頼があり、お引き受けしました。
もともと私は、松屋でも、イッセイミヤケでも、「改革屋」として働いた人間で、そういう経験を買われた部分もあると思います。実際、日本の文化輸出の進め方には改革すべき点が多いと感じています。
──改革すべき点について、教えてください。
一つ目の課題は、海外企業との商談において、言われるままに値を下げてしまう弱腰の姿勢を改めることです。日本には、様々な分野に世界がまねできないようなすばらしい商品があります。それらの値段をむやみに下げてしまっては、ジャパンブランドの価値が保てません。商談相手にプレッシャーをかけられても「NO」と突っぱねる強さを日本企業に持ってもらうように働きかける必要があります。
二つ目の課題はスピードです。世界的に見ると、日本の文化輸出は明らかに出遅れています。海外のホテルでテレビをつけても、NHKの国際放送が見られればいいほうで、日本の番組が一つも見られない地域もあります。クールジャパン機構は20年間を活動期間としていますが、20年と言わず、スピード感をもって文化発信に努めていきます。少なくとも外国人観光客を呼び込む好機となる2020年東京オリンピックまでに、日本文化を安定的に供給する仕組みを整えたいと考えています。
三つ目の課題は「地方発世界へ」という流れを生むことです。ファッション業界でいえば、日本の繊維産業の技術力の高さは世界的に知られ、名だたる海外ブランドの素材を受注・製造している地方の中小企業もあります。その一方で、大手アパレルメーカーの多くが労働力の安い中国や東南アジアに生産拠点を移してしまい、そのあおりを受けた工場が次々閉鎖に追い込まれています。品質が悪くて選ばれないなら仕方がありませんが、他国がまねできない優れた技術によって良品を作っている会社さえも生き残れない状況です。
しかし、海外のバイヤーに対してむやみに値下げしない努力や、品質を落とさず生産コストを下げる工夫をして国内製造でまかなう努力をすれば、解決できる問題もあるはずです。イッセイミヤケのように、日本の技術を生かした服やバッグを提案して世界で支持されているブランドもあります。ファッションに限らず、様々な業界で似た状況があるので、何とか「地方発世界へ」という流れを生みたい。そのために、各地域の良品を発掘する目利きの役割を果たすことも、私たちの大事なミッションだと考えています。
──改革を進めていくうえで、重視していることは。
日本のブランディングです。ブランド価値を守るためには、品質や安全性はもとより、納期を守る、適正価格を守る、B級商品や「難あり商品」を薄利多売しない、といったことも重要です。
私がいた松屋には「デザインコレクション」というセレクトショップがあります。深澤直人さん、原研哉さん、佐藤卓さんなど日本を代表するデザイナーを擁する日本デザインコミッティーのメンバーの審美眼により選び抜かれた商品を販売しています。置いてあるブランドも個性も様々ですが、「一流デザイナーの目に留まった確かなモノが並んでいる」というブランドイメージを確立しています。そうした「顔」を作ることが大事で、国によって受け入れられる商品やコンテンツが違っても、下手になびかず、日本の美意識や価値観に根ざしたブランドイメージを発信していきたいと思っています。
クールジャパン機構の開所式でも「顔づくり」にこだわりました。オープニングでは、日本の伝統的な職人技を活用して個性的なファッションを創出し、世界で評価されている皆川明さんに、自身のブランド「ミナ・ペルホネン」のミニショーをお願いしました。また、テープカットに使用したリボンは、世界のトップデザイナーが採用している日本のリボンメーカー「木馬」様に提供していただきました。クールジャパンを標榜(ひょうぼう)しながら、よくある紅白テープではクールじゃありませんからね。
2013年11月25日に行われた開所式で「木馬」のリボンをテープカットに使った
産業、金融機関、自治体、クールジャパン機構が タッグを組んで文化の発掘・発信を
──クールジャパン機構として、どのような活動を進めていくのでしょうか。
第一に、文化の発信拠点となるプラットホームを作ります。具体的には、物販店、放送チャンネル、ネット配信基盤などです。拠点としては、消費人口の多い東南アジアを重視しています。物販は、海外に不動産を持つ企業やディベロッパーとも連携し、商店が集合する「ジャパンモール」や「ジャパンビル」ができないだろうかと可能性を探っているところです。
私たちが強く働きかけていきたいのは、商品を一つの文化として売る工夫です。たとえば、日本茶を単品で売るのではなく、器、鉄瓶、和菓子、和紙なども一緒に売って、お茶を楽しむ生活文化そのものをアピールしていく。放送も、アニメ、ドキュメンタリー、ドラマ、ニュース、バラエティー、スポーツなど、あらゆるコンテンツを束にして発信していく。複数国に電波が届き、拡散力のあるCS放送は特に利用価値が高いと思っています。
第二に、プラットホームに商品を運ぶレールを敷きます。すなわちサプライチェーンです。鮮度のいい食品や放送番組を安定的に供給できる流通ルートを、関係企業と連携しながら確保していきます。
第三に、レールを走るいい車両を見つけていきます。そこは目利きの腕の見せどころで、世界に通用する日本の生活文化を作っている企業、とりわけ地方の中小企業を発掘していきたい。ちなみに、クールジャパン機構の発足時点で100件程度の企業から支援要請が届いています。これからどんどん集まってくると思うので、潜在力のある企業を見いだしていきたいですね。
──地方発のクールジャパンを推進する上で重要なことは。
私たちもお手伝いしますが、より自発的な取り組みに期待したいですね。山口県に「獺祭(だっさい)」という日本酒がありますが、戦後にできた新しい蔵元の酒ということで、発売当初は国内でうまく流通ルートに乗らず、そのハンディキャップを逆手に取っていきなり海外に打って出て、人気ブランドに成長しました。こうした成功事例に倣うべき点は多いと思います。
地方銀行や信用金庫にもぜひお願いしたい。優れた技術や商品を持っている取引先に融資し、世界進出を後押ししてほしいのです。そもそも地銀や信金は、地元産業が元気でないと成り立ちませんから、試す価値はあるはずです。自治体と組んで観光資源を発掘・発信する努力も大事だと思います。
──今後の抱負は。
税金も投入している官民ファンドですから、国民の理解を得るための情報開示を怠りなくやっていくつもりです。プラットホームを具現化する過程では、「税金でハコモノを作ろうとしている」という批判も出てくるでしょう。誤解を招かないためにも情報開示は不可欠と考えています。
また、商品出荷の際に発生する煩雑な手続きの改善など、生活文化輸出をスムーズにはかるための規制緩和を政府に働きかける必要性も感じています。課題を一つずつクリアしながら、「オールジャパン体制」を築いていきたいですね。
クールジャパン機構(正式名称:海外需要開拓支援機構) 代表取締役社長
1977年明治大卒。フリーランスジャーナリストとして米国NYに渡る。繊研新聞社特約ニューヨーク通信員。NAMSB(全米紳士服バイヤー協会)日本担当ディレクター、BARNEYS NEWYORK コーディネイターなど歴任。1985年東京ファッションデザイナー協議会(CFD)設立のために帰国。東京コレクションを運営。95年松屋営業本部顧問。01年の松屋銀座本店大リニューアルを指導。2000年イッセイミヤケ代表取締役社長。06年日本ファッションウイーク推進機構理事。若手デザイナー支援事業など主管。11年松屋常務執行役員MD戦略室長。銀座ファッションウイーク、GINZA RUNWAY(歩行者天国ショー)を企画。13年10月松屋常務執行役員を退任。同年11月海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)社長就任。92年第36回日本ファッションエディターズクラブ(FEC)賞受賞。著書「ファッションビジネスの魔力」(毎日新聞社/09年)。