ネット情報で満足している若年層に “本の楽しみ方指南”が必要な時代

 『江戸の想像力』『江戸百夢 近世図像学の楽しみ』『グローバリゼーションの中の江戸』など多数の著書があり、法政大学社会学部教授、同学国際日本学インスティチュート(大学院)教授として活躍。現在、朝日新聞の書評委員も務める田中優子氏に、書評委員としての活動をはじめ、出版界の現状、若者と本の関係などについてうかがった。

書評を通じて 本の魅力を再発見

田中優子氏 田中優子氏

──書評する本を選ぶ基準は。

 朝日新聞に書評委員を依頼された際、「日本の中世や江戸文化に通じた委員としてお願いします」と言われたので、その分野の書評を自分に与えられた役目として意識しています。それだけでなく、文化史や歴史全般に関心があるので、古代ものでも明治ものでも面白いと思った本は紹介しています。

──書評する本を選ぶプロセスについて。

 私は他紙でも書評委員を務めたことがありますが、書評委員が集まって本を選ぶのは、朝日新聞だけではないでしょうか。このプロセスのいい点は二つあります。一つは、本を実際に見てから書評するかどうか決められることです。現物を見て本当に読みたい本を選べるのはありがたいですね。

 もう一つは、書評委員同士で意見を交換できること。委員会では、自分が読みたい本を申し出て、話し合いの末にそれぞれ複数の本の割り当てが決まります。これを読み、次の委員会で書評するかどうかを申告します。書評しないことにした本を「放出本」と言うのですが、「なぜ放出するのか」意見を聞くのがとても面白い。それを聞いた別の委員が「自分ならどう読むか」と興味を持って、その本を評するケースもあります。私も放出本を引き受けて書評を書いたことが何度もあります。

──書評の特長や魅力について。

 書評は本の宣伝ではありません。私が思う書評の一番の良さは、書評者の目を通して自分が気づかなかった本の魅力を発見できることです。本の概要を解説する単なるガイドではないんですね。いい本ほど複数の側面を持っていて、何人もの書評を読むことによっていろいろなことがわかってくる。書評は本の読み方を豊かにしてくれます。

──昨今の本の「売り場」をどのように見ていますか。

 売れ筋を中心に扱う書店が多く、欲しい本がなかなか見つかりません。その一方で、ネットを通じて膨大な書籍情報を得られるようになっています。アマゾンなどを通じて全国から欲しい本を取り寄せることもできます。私は昔、本の情報は図書館で集めていました。それから比べるとずいぶん便利になりました。

 電子書籍も年々充実しています。個人的には、紙の本と電子書籍のどちらも選べるなら電子書籍を買います。長距離通勤者ですし、電車内で複数の本を読むこともあるので、とても便利です。平凡社の東洋文庫など、従来は大きな書棚が必要だったシリーズが小さな端末で見られるようになって喜んでいる人もいると思います。書籍情報や「売り場」のデジタル化が読書人口の拡大につながる可能性は大いにあると思います。

──デジタル時代に入り、本の入手方法は多様化しています。しかし、出版不況と言われる現状はなかなか変わりません。

現代はネットで得られる情報が充実しているので、欲しい知識を気軽に摂取して物事をわかったような気になれる。そのせいでしょうか、ネットリテラシーの高い若い人たちほど本に対する欲求が薄まっているように思います。出版界や教育の現場は、意識的に本の楽しみ方を指南していく必要があるのではないでしょうか。

 大学で教えていると、読書量の多い人と全く読まない人との格差が広がっている感じもします。読まない人には、本の面白さを伝えるため、安価な文庫本を教材にして一緒に読み進めたり、本を読まなければ書けないリポート課題を出すなど、読書が自然と習慣になるように導くことも教育者の務めだと考えています。

編集者は発掘者であってほしい

田中優子氏 田中優子氏

──作家としての立場から、出版社や編集現場の変化を感じることはありますか。

 私は20代後半から30代前半にかけて、『平凡パンチ』や『流行通信』でエッセーを連載していました。そのテーマは多岐にわたっていたので、「米国について本を書いてほしい」「大学に関する本を」などと複数の編集者から提案されました。その中で、「江戸時代をテーマに本を書いてほしい」という編集者がいました。売れそうな題材ではなかったと思いますが、私の専門領域を面白いと見込んでくださり、その結果、『江戸の想像力』の刊行に至りました。

 脚光を浴びていなくても、売れ筋でなくても、新しさのあるコンテンツや作家を発掘して世に出す。そういう気概のある編集者が今は減っているように思います。

──新聞の出版広告は見ますか。

 よく見ますよ。ふだん注目しないような本のタイトルが自然と目に入ってくる中で、面白そうなものを発見して購入することもあります。雑誌の広告も含めて出版広告を通じて世の中の動きや人々の関心がわかるので、いつも興味深く眺めています。

──雑誌は読みますか。

 編集委員を務めている『週刊金曜日』は当然ながら隅から隅まで読んでいます。その他、フォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』や英国の環境雑誌『Resurgence』を定期購読しています。雑誌は、継続的に読むことで真価が見えてくるメディアだと思います。そして、何らかの価値観や美意識が貫かれているものにファンがつく。この3冊はまさにそういう雑誌です。雑誌市場は低迷が続いていますが、メッセージの一貫性、独自性、継続性を大事にしてほしいと思います。

──今後の作家活動について。

 『布のちから 江戸から現在へ』(朝日新聞出版)の関連本を構想中です。主人公として考えているのは、私の祖母です。彼女が残した写真をもとに、何を着てどんな暮らしをしていたのか、日清戦争、日露戦争、第2次世界大戦、そして戦後と、激動の時代をどう過ごしてきたのかを、祖母と同世代である平塚らいてうの生き方などと照らし合わせながら描いていく内容です。

田中優子(たなか・ゆうこ)

法政大学教授/作家

1952年横浜生まれ。法政大学大学院人文科学研究科博士課程。文学修士。法政大学社会学部教授、同大国際日本学インスティテュート(大学院)教授。91年~2003年法政大学第一教養部・教授。93年度オックスフォード大学在外研究員。03年から現職。05年度紫綬褒章受章。朝日新聞書評委員、行政改革審議会委員などを歴任。『江戸の想像力』で86年度芸術選奨文部大臣新人賞。『江戸百夢』で2000年度芸術選奨文部科学大臣賞、01年度サントリー学芸賞。『江戸っ子はなぜ宵越しの金を持たないか』など。