B to B企業にとって、社会とのつながりを保つためのコミュニケーションはどのようなものなのか。一般消費者とのコミュニケーションの難しさにどう取り組めばいいのか。企業イメージをどのように高めればよいのか。コーポレートコミュニケーションに詳しい駒橋恵子氏に聞いた。
事業内容の「見える化」が重要
──駒橋先生の研究領域について紹介してください。
専門領域は広報論です。研究者になる前は、経済雑誌や金融専門誌で編集者をしていました。企業によってコミュニケーションに対する考え方や手法が全く違うことや、企業のニュースがメディアで発信されたときの影響力を実感したのをきっかけに研究を深めました。
「広報」といってもメディアリレーションの研究だけでなく、インナーコミュニケーション、IR、海外への情報発信、CSR活動など、コーポレートコミュニケーション全般について研究しています。
──B to B企業のコミュニケーションの現状をどのように捉えていますか。
以前は、「特定の業者との関係で事業が成り立つので広告は無駄」「つながりのある大学教授に師事した学生を採用すればいい」と、B to B企業は一般的に、広報や広告を重視していませんでした。しかし、CSR(企業の社会的責任)に対する意識の高まりや、事業の認知向上、投資家向けの信頼形成、有能な人材採用といった目的のため、情報発信に力を入れる企業が増えていると感じています。
例えば、東芝エレベータは、東京スカイツリーに自社製品が採用されていることを広告などを使ってアピールしました。旭化成は、かつて「イヒ!君」というキャラクターを通じてブランドへの親しみを醸成し、今は同社のより具体的な取り組みを印象的なクリエーティブによって伝えています。
──B to B企業には、一般消費者の目に触れない技術やサービスを提供しているところも多いと思います。コミュニケーションの難しさにどう取り組めば良いと考えますか。
B to B企業の手本の一つとして、村田製作所のコミュニケーション戦略があげられると思います。同社は「ムラタセイサク君」「ムラタセイコちゃん」というキャラクターを創り出しました。ロボットの「ムラタセイサク君」が自転車をこいでいるテレビCMは大評判となり、企業イメージランキングでみるみる順位を上げました。社内でもこのキャラクターが人気となり、国内のみならず海外の従業員同士のコミュニケーションにも一役買ったそうです。このように事業内容の「見える化」が重要で、しかも、村田製作所のように技術を象徴するキャラクターを生み出せれば成功でしょう。
──IR(投資家向け情報提供)という意味でもB to B企業のコミュニケーションが重要視されていますね。
IRという考え方はもともと欧米で発展したもので、日本でも浸透してきました。特に、M&Aなどで株主が流動化する中で、手堅く株を保有してくれる外国人投資家や個人投資家をつかんでいきたいという企業が増えています。いずれの投資家からも共通して求められるのは、わかりやすい情報開示です。透明性の高いIR活動によってレピュテーション(企業の評判)の向上につなげていくことが大切だということが、日本企業でも広く共有されてきました。
製品や企業理念を臆せずアピール 社内での情報共有が組織を強化
──近年では、海外企業との競争も激しくなっています。そうした中で選ばれるブランドとなるために、B to Bのコミュニケーションが果たす役割は大きいのではないでしょうか。
その通りですね。グローバルな市場競争は厳しくなる一方で、取引先との関係が何年も続いた、ひと昔前の構造は崩れています。製造業だけでなく、百貨店などの流通業も、長くつきあっていた問屋だけ向いていればいい時代は去りました。価格競争に負けずに選ばれる企業になるために、顧客や株主などステークホルダーのレピュテーション(評価)を高めるコミュニケーションはますます重要になっていきます。
──レピュテーションを高めるために必要なことは。
まず当たり前ですが、優れた製品やサービスを持っていることが大前提です。これがないまま広告を出しても成果は得られません。さらに、製品・サービスに先進性があること。加えて企業理念を明確化すること。どんな思いでその製品を作っているのか、どんなビジョンを持っているのかという理念は、企業イメージを形づくります。B to Cのビジネス領域を持つ企業は、売上比率がたとえ大きくなくてもこれを積極的にアピールし、一般消費者との間に親しみを醸成すること。先ほど触れた東芝や旭化成などは、その取り組みに長けていると思います。
──広報活動として効果的なコミュニケーションとは。
まず、広報活動の重要性を知ってほしいですね。「新事業を始めた」「海外に進出した」といったニュースリリースを頻繁にメディアに発信することで、社会に認知が広がります。消費財を扱うB to C企業は、ことあるごとにメディアパブリシティーを発信していて熱心です。B to B企業はその数が圧倒的に少なく、内容もそっけないものが多い。専門的すぎて興味を引かないだろうと思っても、外部から見れば新鮮で興味深い情報になることもあります。社内の話題をうまく拾ってもっと積極的に発信するべきだと思います。
もう一つはインターネットの活用です。ウェブサイトなら、複雑な事業内容も丁寧に解説できます。動画をアップする、見出しをわかりやすくするなど、工夫の余地があるでしょう。もちろん、ネット広告で誘導することになりますが、誘導した先が魅力に乏しいコンテンツではもったいないですね。最近はソーシャルメディアも広がっていますから、うまく活用すれば、企業のファンづくりにもつながるでしょう。
──改めて、コーポレートコミュニケーションの意義とは。
企業のコミュニケーションは、グループ内の風通しも良くしてくれます。事業が多岐にわたっている企業では、意外に他部門の事業について明るくないことが多いです。広報・広告活動に加え、社内報やイントラネットなども工夫してお互いの強みを知ることで、グループへの誇りやビジョンを共有できる。コミュニケーションの追求が、組織全体を強くするのです。
透明性の高い経営を心がけ、揺るぎない良好な企業イメージを築く。そのためには、コーポレートコミュニケーションを強化するんだというトップの意識が何より大切なのではないかと思います。
東京経済大学コミュニケーション学部教授 社会情報学博士
上智大学文学部新聞学科卒。慶応義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、修士(経営学MBA)。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(社会情報学)。東京経済大学コミュニケーション学部助教授,准教授を経て2013年より教授。日本広報学会常任理事、PRプランナー認定制度試験委員。著書に『報道の経済的影響』(御茶の水書房)、共著に『信頼できる会社、信頼できない会社』(NTT出版)、『広報・PR概論』(同友館)など。