カンヌライオンズでは、期間中に開かれているセミナーも見逃せない。世界のトップクリエーターや、グローバル企業のリーダーがコミュニケーションの未来について語るセミナーは、入賞作品の発表と同様に、あるいはそれ以上に、広告界、産業界の関心を集めている。毎年のようにカンヌを訪れ、セミナーにも参加している松浦良高氏に、最近のカンヌライオンズの潮流などについて聞いた。
テクノロジー活用のケーススタディーが増え、ブランド論が深化
──松浦さんが初めてカンヌライオンズを訪れたのはいつですか。
2004年です。「メディア部門」が新設されるなど、ちょうどカテゴリー数が増え始めた頃です。メディアが多様化する中で、「タッチポイント」という考え方が注目され始めた時代でもありました。以来、今年も含めて合計8回参加しています。
──当初からセミナーを目的に参加されていたのでしょうか。
最初はエントリー作品を見る合間に、いくつかの面白そうなセミナーに参加する程度でした。そもそもあまりセミナー自体も興味深い内容が少なかったです。ところが、年々セミナーの内容が充実してきて、ここ数年は、連日朝から晩までセミナーに参加しています。セミナーは多様化し、どれも本当に聞き逃せない内容です。メーン会場は常に満員状態。入り切らずに同時中継のサテライト会場が設置されるほどです。
──セミナーが多様化しているとは、具体的にどういうことでしょう。
登壇者の顔ぶれが多様化しているのです。私がカンヌに行き始めた頃、またそれ以前は、広告会社のクリエーティブディレクターなどが中心でした。しかしここ数年は、グローバル企業の創業者、CEO、CMO(マーケティング最高責任者)、クリエーティブ部門のトップが登壇したり、ソーシャルメディア関連企業などの新しいメディアのリーダー。さらに、一昨年に正式名称が「広告祭」から「クリエイティビティ・フェスティバル」に変更された流れに乗って、ミュージシャン、哲学者、建築家、芸術家など多彩な顔ぶれが集まるようになっています。
──セミナーのここ数年の変遷について聞かせてください。
デジタルを活用したコミュニケーションが脚光を浴び始めたのは2007年頃です。この年のチタニウム部門のグランプリに輝いた「Nike+」は、アップルの「iPod」と連動したセンサーを、ナイキのランニングシューズに組み込み、音楽を聴きながら自分の運動データを管理したり、ウェブ上で世界中のランナーとつながるという提案でした。また、チタニウム部門とサイバー部門でグランプリに輝いた「UNIQLOCK」は時計機能を備えた「ブログパーツ」で、ユニクロの商品を着た女性たちがダンスを披露し、時刻に合わせて画面が変わるという提案でした。このような作品が注目されたことから、セミナーでも、テクノロジーを通してブランドがユーザーの役に立つ「ブランデッド・ユーティリティー」というテーマが注目されました。
2010年あたりになると、「テクノロジーだけでは足りない、企業の志に根づいたブランディング(Purpose Inspired Branding)が重要」という議論が深まりました。従来からこうした視点による作品を発表しているP&Gはオリンピックスポンサーとして、選手の母親に注目した「Thanks, Mum」は多くの人々の共感を呼びましたが、まさにこうした潮流のことです。
11年には、広告クリエーターのレジェンドを表彰する「ライオン・オブ・セントマーク( (Lion of St. Mark)」が新設され、その年はジョン・ヘガティー、2012年はダン・ワイデン、今年はリー・クロウが受賞。時代が大きく変革する中で、皆レジェンドから学びたいという気持ちが高まっています。そのような流れで、昨年のセミナーでは、ジョン・ヘガティーとダン・ワイデンの対談も催されました。コミュニケーションを通して社会的課題を解決する「ソーシャルグッド」という今日につながる概念も多く話題にのぼりました。
こうした流れを受けて、今年の受賞作品やセミナー内容に関しては、テクノロジーをうまく活用していかに話題を広めるかという「HOW」を追求したもの、ブランドがどうあるべきかという「WHY」や「WHAT」を追求したもの、この双方がバランスよくそろった印象がありました。
今年注目したセミナーは、グーグルXとレジェンドたち
──今年印象的だったセミナーは。
グーグルの中でも特に未来的な技術の開発に取り組んでいる部門「グーグルX」のリーダー、アストロ・テラー氏の講演は大変興味深かったです。彼らは、アポロ11号の月面着陸に匹敵するくらいのイノベーションを起こしたいとの思いから、「ムーンショット」というコンセプトを掲げています。テラー氏は、「テクノロジーだけではムーンショットにならない。ストーリーが必要だ」と語りました。
例えば、グーグルXは自動運転の車を開発していますが、「毎年120万人もの交通事故死亡者を減らしたい」「全世界で1兆円以上の損失といわれる交通渋滞を解消したい」「渋滞がなければ余暇時間が何%増える」といったストーリーに根ざして開発を進めているそうです。最先端の技術開発者がストーリーテリングを重視しているという話はとても新鮮でした。
また、テラー氏は、大気圏に特別な装置を搭載した風船を飛ばし、世界中の人がインターネットにアクセスできるようにする「LOON」という新しいプロジェクトについても、「テクノロジーとストーリーの掛け合わせによって生まれた」と語っていました。
カンヌで80以上の賞を獲得している伝説のクリエーター、DROGA5のデビッド・ドローガ氏のセミナーでのコメントも面白かった。ドローガ氏は、「昔は広告を作ってメディアに納品した時点でクリエーターの仕事は終わっていた。しかし、メディアも消費者のし好も多様化している今は、質の高いクリエーティブで広告を作ってもなかなか見てもらえない。広告が世に出た時がDAY1(初日)で、そこからどう広げるかが重要だ」と語りました。同様に多くのセミナーで、“nimble(すばやい)”というキーワードが多用されていました。「世の中の動きにすばやく対応してチャンスをつかむことが大切だ」と。
今年でいえば、お菓子のがその好例でしょう。スーパーボウルの放映中に停電が発生した際、即座にツイッター上に「暗闇でもダンクする(オレオをミルクに浸す)ことはできる」というコピーとイメージ画像を掲載し、多くのリツイートをかせぎ、話題となりました。
チタニウム部門でグランプリを獲得したユニリーバの「Real Beauty Sketches」の制作責任者もドローガ氏と似たことを語っていました。「Real Beauty Sketches」は、1億6千万という世界一の視聴数を記録したウェブ広告です。その理由として、「ユーザーをウェブ広告に誘導するため、新聞やテレビなどの既存メディアを戦略的に計算されたタイミングで投入して話題を広げること、“amplify(拡大する)”が大切だ」と言っていました。
──セミナーの内容は、その年の受賞作と重なりますか。
話題となったコミュニケーションに関わった人がセミナーを開くので、結果的にその人が受賞するケースも多いです。つまり、同じタイミングで受賞作品と制作の裏話に触れることができるので、横糸と縦糸のように、より立体的にキャンペーンを理解することができるのです。
──セミナーを聴講するのは、どのような職種の人が多いのでしょうか。
従来は広告会社のプランナーが中心でしたが、最近はクリエーティブ、メディア、そして広告主の参加も増えています。ユニリーバ、コカ・コーラ、ハイネケン、IBM、BMWなど、話題性のあるコミュニケーションを展開しているグローバル企業のCEOやCMOが語るので、傾聴したいという広告主が増えているのだと思います。今では、カンヌ参加者の25%は広告主の方々と言われているほどです。
人々の心を動かし、行動を変え、課題を解決するコミュニケーションが評価される時代に
──今年の受賞作品を通して、現代に求められているのはどのようなコミュニケーションだと思いますか。
単純にクリエーティブの質が高い、面白いというだけでは評価されなくなってきていて、クリエーティブの力を使って、人々の心を動かし、行動を変え、結果的に何かしらの課題解決につなげるということに注目が集まっている気がします。
モバイル部門のグランプリを受賞した「TXTBKS」は、中古の携帯電話を教科書として使えるようにするため、教科書のデータを入れたSIMカードを学校で配布し、フィリピンの子供たちの学習環境を改善した通信会社の企画でした。
5部門でグランプリを獲得したメルボルン鉄道のキャンペーン「DUMB WAYS TO DIE」は、交通事故の減少に貢献しました。
「ブランデッド・コンテント&エンターテインメント部門」のグランプリを獲得した、インテルと東芝の「THE BEAUTY INSIDE」は、ユーザーの目に触れないサービスを提供しているためにブランドの価値を伝えにくいというビジネス課題を解決しました。
先ほど例に挙げたユニリーバの「Real Beauty Sketches」も、自分に自信が持てない女性が多いという課題と向き合ったキャンペーンでした。
フィルム・クラフト部門のグランプリに輝いた「MEET THE SUPERHUMANS」は、パラリンピック選手の姿をリアルにとらえた映像を通じて、身体障害者は、身体能力の高い「スーパーヒューマン」であることを伝えました。人々の認識をポジティブな方向に大きく変えたという意味で、これもひとつの課題解決といえると思います。様々なレベルの課題があると思うのですが、それらに対して大きなソリューションを提供するというのが現代のクリエーティブのポテンシャルだと感じます。
──カンヌをはじめ、グローバルな舞台で飛躍するために、日本の広告主や広告制作者が課題とするべきことは。
米国や欧州諸国は、人種、言語、文化的価値観などにおいて多様性を抱えています。また、私が長く駐在した中国は、貧富の差、教育格差、地域格差などが歴然とありました。他の新興国も似た状況だと思います。日本は均質性があり、情報共有性の高いハイコンテクストの文化です。国内市場を相手にするのであれば、日本人同士で分かり合えるコミュニケーションでも成立しましたが、世界でビジネスをするなら、表現のわかりやすさ、企業の志、人間の真実(Human Truth)、本物(Authenticity)、ストーリーテリングといったグローバル要件を持たないと、容易に理解してもらえないでしょう。
また、昨年のコカ・コーラ社のセミナーでは、ソーシャルメディアを介したクチコミが国籍を超えて活発化していることを受けて、「ユーザーは、“mob(群衆)”のようなもので、コントロールできない。一方で、ユーザー同士をうまくネットワークできれば、大きなパワーになる」と語っていました。こうしたこともグローバル化時代の大事なテーマだと思います。
──来年のカンヌライオンズも目が離せませんね。
そうです。私がカンヌに通い始めた頃から、メディアの多様化、テクノロジーの進化、グローバル化が進み、特にここ5、6年はそれが加速しています。呼応するように広告コミュニケーションは複雑化し、模索の時代に突入した感があります。しかし、先述のTBWAのリー・クロウは、「テクノロジーはまだどう使うかわからない。我々はまだまだ発見の途中なのだ」と語っていました。同様にBMWのCEOも、「何が正解なのかわからない時代だ。一緒に新しいことにチャレンジし、ジャーニー(旅)を共にしてくれるクリエーターを求めている」と語っていました。世界的企業のリーダーでさえもそのように捉えているわけです。クリエーティブへの期待は、かつてないほど膨らんでいます。その最先端といえるカンヌに、今後も注目していきたいと思っています。
TBWA博報堂 ストラジックプランニングディレクター
博報堂、上海博報堂を経て、2013年6月より現職。グローバル市場でのブランド業務や7年にわたる上海での広告業務経験など、グローバルでのブランド/マーケティング業務に強い。カンヌのセミナーは04年から参画し、グローバルの広告業界の動向の分析をしている。ジョージ・ワシントン大学大学院東アジア専攻修士。著書訳書に、「新・中国若者マーケット」(弘文堂)、「現代中国の消費文化」(岩波書店)など。