人々の価値観や消費行動は時代とともに変わる。三菱総合研究所は、大量に生産し消費していた時代の生活者のライフスタイルを「オールドノーマル」、リーマンショックや東日本大震災を経て変化した生活者のライフスタイルを「ニューノーマル」と呼び、2011年8月から「生活者市場予測システム」=「mif」(Market Intelligence & Forecast)の提供を開始した。
20歳から69歳の全国3万人の生活者に対し、約2,000に及ぶ設問からなる調査を定期的に行い、「ニューノーマル」の価値観や消費行動をデータベース化・分析するサービスで、11年から毎年実査を行っている。さらに12年からは、50歳から80歳代までの1万5,000サンプル、約2,000設問からなるシニア生活者定点調査「mifプラチナ」を毎年行っている。同社事業予測情報センター・主席研究員の高橋寿夫氏が、このデータをもとに3世代消費市場の可能性について語った。
消費拡大の可能性が高い「近居」の3世代家族
──最初に、団塊世代を中心とするシニア層の経済動向について聞かせてください。
日銀の資金循環統計や、総務省統計局の家計調査などから推計すると、約1,500兆円の個人金融資産残高の約6割を60歳以上の高齢者が持っています。貯蓄額は、全世帯平均1,664万円に対し、高齢者世帯平均は2,257万円(総務省「家計調査・2人以上世帯」)。さらに、2010年から20年までの消費市場の変化を世代別に見ると、若年層(世帯主が39歳以下)の消費が平均1.4%減る一方、シニア層(同60歳以上)は平均1.9%増加すると予想されます(三菱総合研究所推計)。
──貯蓄額も消費もシニア層がけん引しているわけですね。
そうです。ここからは、「mif」と「mifプラチナ」(ともに2012年6月調査)のデータをもとにお話していきます。まず注目したいのが、団塊世代の貯蓄目的の30%が、旅行や自動車などのレジャー・趣味であることです。消費に回る可能性の高い、この市場をねらって、多くの企業が、団塊世代の一斉退職が予想された「2007年問題」以前から試行錯誤をしてきました。それでもこの市場が大きく動いた印象がないのは、「継続雇用制度」に起因すると考えられます。つまり、60歳を過ぎても働いている人が多かったということです。本格的に動き始めるのは、彼らが65歳に差しかかる、これからだと見ています。
団塊世代の男性の就業率は、2012年は54%ですが、15年は36%に減る予想です。この36%のうち、「働いても自分や家族の時間を優先したい」という人は34%にのぼります。時間的ゆとりができる人、自分の時間を大事にしたい人が団塊世代の8割近くに及ぶわけです。さらに、「仕事をしている」と「リタイアメント後」の満足度の割合を変化で見ると、「生活」は前者の56%から後者の64%に増加しています。「余暇・趣味、レジャーの過ごし方」は57%から68%。逆に「自分の能力の発揮」に満足している人は38%から24%となっています。ここで注目したいのは、「自分の能力の発揮」の満足度が退職後に下がっていることです。逆にいえば、「能力の発揮」の満足度を高めるような商品やサービスが、定年を迎えたシニア世代の消費拡大の一つのカギといえると思います。
──家族形態やライフスタイル別で注目できることはありますか。
祖父母世代と一緒に住む「同居」でなく、いわゆる「近居」の3世代家族のライフスタイルです。60代夫婦世帯の91%は子どもがいますが、そのうち23%が、徒歩・自動車で行ける距離に子どもが住んでいる世帯です。(図3)
「孫消費」に関する調査では、「衣類や小物類を買っている」は、「近居でない」場合は33%ですが、「近居」では43%。「進学などの大きな出費の際、支援している」は、「近居でない」は17%、「近居」は21%です。「3世代間の消費」は「近居」の家族でより顕著といえます。(図4)
また、「親消費」に対する子どもの関与についての調査では、「自動車の購入」「海外旅行の行き先」「家の建て替え」「白物家電の購入」などにおいて、「子どもの意見を主に参考にする」「子どもが最終決定者」という回答が、「近居でない」よりも「近居」のほうが軒並み上回ることが分かりました。(図5)
若年層世帯(39歳以下)は、就職氷河期と低成長時代を知っているので、派手な消費をしない傾向にあります。支出の内訳を見ると、多いのは家賃や教育費です。それに比べてシニア世帯(60歳代)は、食費・飲食費、教養娯楽費、交際費などが多く、貯蓄も潤沢で、貯蓄の一部を孫の教育費や子ども世帯の住宅購入援助などに回すことも考えられます。もちろん、「近居」でない家庭でもそうした消費行動の可能性はあるでしょう。親の消費に子どもが助言し、子どもや孫の消費を祖父母世代が支える「つながり消費」は今後ますます注目されると思います。
「つながり消費」のポイントは「居場所づくり」「趣味の復活や共有」
──「つながり消費」の可能性として「近居」のほかにはどういったことが考えられますか。
人々のライフスタイルは多様化しており、購買能力や購買意欲は千差万別です。そこで三菱総研では、「夫婦や家族との関係性」「ライフコースやライフステージの影響」を考慮し、「量」ではなく「質」の消費を読み解く「シニアクラスター」を作成しました。作成方法は、「mifプラチナ」の60歳以上回答(男性6,217サンプル、女性3,118サンプル)から因子分析とクラスター分析をかけ、以下のように7つの共通因子を抽出、8つのクラスターを導出しました。
各クラスターのプロファイルから見えてきたのは、子どもとのつながりが強い層があるということです。それは「マルチ」と「連結家族」です。
「マルチ」と「連結家族」の層は、経済的・時間的ゆとりがあり、アクティブで、家族と一緒に何かを楽しむ意欲が強く、「孫消費」「子ども消費」「親消費」のけん引役を果たしていくと考えられます。
──「つながり消費」を促すポイントとは。
シニア層の「今後やりたいこと」は、温泉、食べ歩き、スポーツなど、「すでに行っていることを、時間ができたらもっとやりたい」というニーズが多く、新しいことには手を伸ばさない傾向が見られます。そういう意味では、「今までの行動の延長線上の興味や楽しみ」「趣味の復活、家族との趣味の共有」といったことが消費を促すポイントになってくると思います。(図10、図11)
また、「mifプラチナデータ」から読み解くシニア消費拡大に必要となる要素としては、「つなぐ」(Connect)、「対話」(Communicate)、共創(Co-create)の3つのCだと考えられ、これらは3世代消費を促すポイントでもあると思います。つまり、異なる世代が語らい、共に何かを分かち合い、楽しめる場や機会を創るということです。(図12)
例えば、ランシステムという会社が全国に展開する「コミュニケーションクリエイト 健遊空間 太田の森」は、囲碁、将棋、カラオケ、遊具スペースなど様々な娯楽空間を一つの施設に集約し、小さな子どもからシニアまで幅広い世代が楽しめる場を提供しています。団塊世代の男性は、人生の大半の時間を仕事に費やしてきたので、定年になって急に増えた余暇時間を過ごす「居場所」を求めています。そのニーズを3世代消費に結びつけたビジネスモデルといえます。
──「つながり消費」に新聞メディアが果たせる役割について。
新聞は、シニア世代に商品情報を提供する「伝搬役」として、大きな役割を果たしていると思います。というのも、冒険心にあふれ、新しいものを進んで取り入れる「イノベーター」や、流行に敏感で情報収集を自ら行い、判断する「アーリーアダプター」は年代が上に行くほど減ってきます。
その一方、「マルチ」「連結家族」「都会単身」のカテゴリーに分類される人々は、「安全安心な食品」「気に入った衣類」「環境に配慮した商品」などについては、「多少高くても購入する」と回答する人がとても多い。そうした最先端情報をいかに早く確実に届けるかということが、シニアマーケティングにおいてとても重要です。世代間の交流があったり、友人の多い人は、周囲の人が「伝搬役」となり、ファッション、ハイブリッドカー、LED電球など最先端商品の情報を手に入れます。新聞は、それと似た役割を担っていると思います。
・mif PLATINUM「本格リタイアを迎える団塊世代とシニア市場」
・mifプラチナデータから読み解くシニア消費
三菱総合研究所 事業予測情報センター 主席研究員
1989年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年三菱総合研究所入社。主に事業性評価や新規事業戦略立案に従事。2011年10月より現職。新事業である「生活者市場予測システム(mif)PLATINUM」を担当。