「育G」ブームをリード 「孫への支出市場」の開拓をあらゆる業界に提案

 祖父母世代と親世代・孫世代の交流に着目し、新たな市場機会の創出を目指して発足した電通の「育G(イクジイ)プロジェクト」。祖父の孫に対する感情はどのようなものか、ビジネスに結びつく可能性は。ビジネス・クリエーション局専門領域コンサルティング部プランニング・スーパーバイザー/プロデューサーの森口有紀氏に、同プロジェクトのこれまでの活動内容や、それによって得られた知見などについて聞いた。

「シニア」と「育児世代」の研究から「育G」が誕生

森口有紀氏 森口有紀氏

──「育G(イクジイ)プロジェクト」発足の経緯は。

 電通のターゲットインサイトプロジェクトである「電通シニアプロジェクト」と「ジセダイ育成委員会」が2012年に一緒に活動を始めました。「電通シニアプロジェクト」は2000年に発足。高齢化社会の未来予測、高齢者のインサイト研究などを行ってきました。「ジセダイ育成委員会」は2008年に発足し、子どもや子どものいる家庭、子育て社会に関するプランニング・プロデュースチームです。両者の情報交換を通じて明らかになった、「子育て世代は、労力面でも金銭面でも親に支えてもらっている」という現状や、「金銭的にゆとりのあるシニア世代の消費をいかに促進するか」という課題を、「3世代消費」「孫消費」といった角度からビジネスにつなげていけないかと考え、生まれたのが「育G(イクジイ)プロジェクト」でした。

 「イクバア」でなく「イクジイ」と銘打ったのは、ようやく子育てから解放された祖母よりも、育児をしてこなかった祖父たちの方が「子ども」というものに接すること自体を新鮮な喜びとして前向きに捉えられると考えたからです。

──具体的な活動内容は。

 「育Gプロジェクト」は、出版ビジネス・プロデュース局、クリエーティブ・プランニング局、ビジネス・クリエーション局という3つの部署のメンバーが参加しています。まずは、「育Gの認知を高めて世の中を動かしたい」という思いがあったので、情報発信に力を入れました。活動の第一弾として、日経BP社、DeNA、NPO法人「ファザーリング・ジャパン」、NPO法人「孫育て・ニッポン」などの協力を得て、昨年3月より育Gを応援するオリジナルコンテンツ「育G新聞」の連載をスタート。そのコンテンツは、「日経ビジネス」と、DeNAが運営する中高年向けソーシャルサイト「趣味人倶楽部」に月一回掲載していただいています。

 「ファザーリング・ジャパン」とは、厚生労働省の「イクメンメンプロジェクト」など、以前から協力関係にありました。この「ファザーリング・ジャパン」が、「イクジイ」に早くから注目しており、電通育Gプロジェクトを立ち上げるきっかけにもなり、今後「育G」でもいろいろな仕掛けを協働していく予定です。

 コンテンツづくりを重ねる中で、新たな課題も見えてきました。祖父による孫育てについてのデータがないということです。そこで、祖父と孫との関わり方や消費実態などを把握するために、関東1都6県で小学生以下の孫を持つ男性800人を対象に「育G調査」を実施。昨年7月31日に調査結果を発表しました。

──調査結果とその反響は。

 祖父たちが、予想以上に孫と関わることを楽しみ、意欲的だということがわかりました。また調査結果をもとに、今どきの祖父たちを以下の6タイプに分類しました。

1.スーパー育G(2.1%)…孫育てを積極的に楽しみ、時間もお金も惜しまない。孫とは頻繁に会い、自分は「育ジイ」だと思う。

2.子守り育G(5.4%)…孫の「子守役」として、日常的、自主的に孫の身の回りの世話をする。自宅にもベビーベッド、ベビーカーなど育児用品を買った。

3.ライフラインG(8.8%)…子(孫)育ての一部を担い、パパ・ママから頼られている。孫の健康状態を把握し、学校行事にも参加。経済面でも孫世帯をサポート。

4.しつけG(16.5%)…孫に勉強や世の中のことなどを教えるのが好き。孫の「相談相手」「しかり役」「しつけ役」でありたい、あるべきだと思う。

5.おでかけG(20.5%)…孫を連れて出かけるのが好き。積極的に、孫との外食、レジャー施設、旅行などに行く。

6.遠巻きG(46.8%)…孫と会うのは楽しみだが戸惑いも。祖母やパパ・ママに「こうしてほしい」と頼まれた方が気楽。孫がもう少し大きくなればできることも増えると思う。

 調査結果に対しては、メディアからの問い合わせがたくさんありました。テレビ、新聞の取材の他、小学館の「幼稚園」増刊ムック本では、調査結果をまるごと紹介してくださいました。昨年の流行語大賞に「イクジイ」がノミネートされるという思いがけないこともありました。実は、こうした現象は「イクメン」という言葉が注目されたときとよく似ています。最初はイクメンも、「特殊な人たちなのではないか」という見方が多かったのが、行政による支援体制の整備と企業による市場開拓、生活者自身の変化との相互作用で一般化してきました。「育G」も各方面で熱い視線を浴び始めています。

「孫と一緒が楽しい」が93.1% 自分自身への支出も生む

──調査結果から見えてきた「育G消費」の可能性の中で、注目していることは。

 私たちが注目しているのは、祖父の半分近くに及ぶ「遠巻きG」の存在です。孫との交流も孫への消費も受動的な人たちですが、意欲はあり、何かきっかけがあれば、「しつけG」や「おでかけG」などに変わる可能性があります。まだ現役で働いている「遠巻きG」が、定年後に孫育てに積極的に関わる可能性もあります。今、多数派の「遠巻きG」の変化こそ、「育G消費」が単なるブームで終わらないために必要だと思います。ですから、何から始めればよいか戸惑っている「遠巻きG」を刺激するような商品やメッセージというのが、一つのポイントになるかと思います。

 また、93.1%の祖父が、孫と過ごすことを楽しんでいるという結果にも注目しています。「楽しい」というのは消費のモチベーションになるからです。すでに旅行や外食など、孫も自分も一緒に楽しめるレジャー消費が延びています。東京ディズニーリゾートの3世代消費を狙ったキャンペーンなどが象徴的です。「孫と一緒に楽しむ消費」の延長として、ファッションや健康など、「アンチエイジング消費」や、料理、スポーツ、デジタル端末など、孫とコミュニケーションを図るための「趣味消費」も活性化していくと見ています。

 「特に身近な孫は、娘の子」という結果も興味深かったです。孫育てを楽しみたい祖父と育児サポートを求める母親との間に、父娘の時代とは異なる新たな相互関係が構築されている様子がうかがえ、「子育て世代」をうまく巻き込んだ孫消費を刺激していく上でのヒントがあると思います。

──今年4月に「孫への教育資金贈与非課税制度」が導入されました。

 「育Gプロジェクト」では、3月に、小学生以下の孫のいる祖父母2,000人に、同制度に対する認知や孫への贈与意向などに関する調査を実施しました。認知度は86%と高く、約半数の祖父母に贈与意向があり、贈与希望金額は、祖父の平均年収とほぼ同規模の482万円という結果が出ました。

 同時に、祖父母の「孫消費」の実態をより具体的に把握するため、孫のための直接的な支出だけでなく、例えば「孫のために祖父母宅に買ったもの」「孫と一緒にやったこと」など、孫をきっかけとした祖父母自身のための支出も含めて調査をかけたのです。その結果、「孫消費」の年間総額は約24万6千円という数字が明らかになりました。

 また、「旅行」や「おでかけ」はもちろん大きな孫消費のチャンスですが、特にイベントがなくても、日常的に孫と一緒に過ごすシーンで祖父母が支出している金額を積み上げると、年に一度の誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントよりも大きな支出になるということもわかりました。

 昨年の調査で、祖父母世帯と子ども・孫世帯が離れて暮らすよりも、近くに住む「近居」のほうが、孫に対して時間もお金も使っていることがわかっています。最近増えていると言われる「近居」の祖父母は日常的な孫消費の機会も多く、3世代消費をリードする層になるのではないでしょうか。すでに住宅関連業界では、3世代をターゲットとした商品やサービスの開発も進んでいます。

──「3世代消費」市場に新聞広告が果たせる役割について。

 新聞の読者層と「育G」は重なるので広告効果は大きいと思います。流通企業によるランドセルの新聞広告は媒体特性を踏まえてのことでしょう。ランドセルの広告の出稿時期がどんどん早まって、夏休みに祖父母に会うお盆の時期にまで早まっていることは、孫消費市場にとっては注目すべきことだと思います。最新調査の中に、ランドセルや学習机など、孫の成長を見守るようなアイテムは、パパ・ママが祖父母におねだりしやすい、という結果もあって、ライフステージの変化に合わせた孫消費は、子育て世代への働きかけによって広がる可能性が大いにあります。

──「育Gプロジェクト」の今後の取り組みについて。

 「育G」と「イクメン」の現象が似ていると前述しましたが、これまでの活動を通して、「イクメン」との違いも見えてきました。「イクメン」の場合は、父親と我が子の関係が中心ですが、「育G」には、実の孫の孫育てを楽しむ「血縁の育G」とは別に、「地縁の育G」という視点があります。後者は、次世代の育成への関心が高く、自分の得意分野やスキルを生かして地域に貢献したいという思いも強い。「血縁の育G」になったことがきっかけで、「地縁の育G」に活動を広げるというパターンもあり、こうした人たちの動向も注視していきたいですね。

 私たちは、「育G」ビジネス、「3世代消費」は、この1、2年で確実に増えていくと思っています。旅行、外食、自動車、住宅、健康、ファッション、家電、スポーツ、情報、保険、金融など、多岐にわたる分野で孫消費に関するコミュニケーション活動、商品開発、コンテンツ開発などに携わり、元気なシニアの力を社会全体に環流するような流れが生み出せればと思っています。

森口有紀氏

電通 ビジネス・クリエーション局専門領域コンサルティング部プランニング・スーパーバイザー / プロデューサー / ジセダイ育成委員会プロデューサー

1992年電通入社。戦略プランニングセクションにて、住宅、デベロッパー、日用品、飲料メーカーなどを担当。2008年社内横断プロジェクト「電通ジセダイ育成委員会」を立ち上げ、チームリーダーとして、子ども、子育て、孫育て関連のコミュニケーション/CSR戦略立案・実施、商品/コンテンツ開発、ターゲット研究などを推進。12年から「育Gプロジェクト」始動。小6男子の母。