ソーシャルメディアの爆発的な普及と影響力は、ここ数年、社会現象として語られるようになった。しかし、広告コミュニケーションについては多くのプレーヤーがまだまだ手探りの状態だ。メディアを運営するプラットホーム企業、消費者とのコミュニケーションにソーシャルメディアを活用したいと考える企業が抱える課題は何か。電通デジタル・ビジネス局次長兼メディア企画部長の植村祐嗣氏に聞いた。
コミュニケーションの本質は不変 自社の「人格」を改めて見直すとき
――電通ではソーシャルメディアに対し、どのような体制で対応していますか。
ソーシャルメディアを運営するプラットホーム企業、アップルやマイクロソフト、グーグルといったIT企業、そして通信キャリアなど、いわゆるソーシャルメディアに関連する大手のプレーヤーには、私が所属するデジタル・ビジネス局のメディア企画部が窓口となって対応しています。しかし、クライアント企業から「ツイッターやフェイスブックを使って何かしたい」と要望がある場合、ソーシャルメディア上でクライアントがどんな評価を受けているかを調べる「ソーシャルリスニング」は専門の部署が、といった具合に、目的に応じていくつかのセクションが対応しています。この体制は、ソーシャルメディアだからというわけではなく、例えば新聞社の対応でも、新聞局、PR局、マーケティング局などがそれぞれの役割で関与してきました。そういう意味で従来の媒体社の対応と本質は変わっていません。
――「ソーシャルメディア」をどう定義していますか。
非常に難しい質問です。ツイッターやフェイスブックの普及で「ソーシャルメディア」というカテゴリが一般的になりましたが、個人のホームページやブログもソーシャルメディアと言えないわけではないですし、アマゾンや@コスメのような口コミサイトも、レシピ投稿サイトのクックパッドもソーシャルメディアだと言えます。つまり、ネット上で人と人とがコミュニケーションしていればソーシャルメディアと言える。しかしその一方で、新しいサービスが次々と登場するので、今年の定義と来年では大きく変わる可能性もあります。
とはいえ、大きく三つの系統があると見ています。一つは①「1to1のコミュニケーション」。かつてはメールやメルマガ、最近ではLINEなどがこれに当たります。二つ目は②「特定の関心事について大勢の人と語り合う場」で、広くは個人のホームページやブログから、ミクシィのようなネット上のコミュニティーがその例です。三つ目は②よりも少しオフィシャルな形でのつながりの場で、企業の広報やPR、IRなどで最近ではツイッターやフェイスブックがこれに相当します。これからも技術革新によって新しい端末が出てきて、それに合った形で進化したメディアが登場するでしょうが、いずれもこの三つの系列に分類されると思います。
――ソーシャルメディアを利用する際に企業が留意すべきことは。
ユーザーはその三つの系列のソーシャルメディアをそれぞれに使い分けていて、各メディアに向き合う気分も態度も違います。まずは企業自体が、どのようなペルソナ(人格)で消費者とコミュニケーションしたいと考えているのかを明確にする必要があるでしょう。一人ひとりとじっくり交流したいのか、サークルのような気さくな雰囲気の場を作ってファンを増やしたいのか、それともあくまでもオフィシャルな立場でコミュニケーションしたいのか。それによって選ぶべきメディアが変わってきます。さらに、「語り手」を誰にするのかも重要。社長なのか、キャラクターなのか、各部門の社員が登場するのか。いずれにしても、トーン&マナーを統一しなければ逆効果になる恐れもあります。「この発言ってどうなの」「なんかブレてるよね」というネガティブな感想も一気に拡散されてしまうのがソーシャルメディアだからです。
クライアントからよくある相談は「ソーシャルメディアを使って何か話題を作りたい」というものです。確かにソーシャルメディアの拡散力によって話題はあっという間に広まるようになりましたが、実は既存のマスメディアでも活用してきた定番の手法です。例えば、テレビ広告では、子どもたちがつい口ずさんでしまうユニークなコピーや歌が口コミで広まり、ブームになったり商品がヒットしたりしました。そうした広告表現に好意的なクライアントはソーシャルメディアでもユニークなことができるかもしれませんが、これまで二の足を踏んでいた手堅い企業が「ソーシャルで柔らかく」となるのは考えにくい。「人格」は突然変えられないからです。またソーシャルメディアはスピードが命。一つひとつのつぶやきや投稿に幹部の決裁が必要、という企業にはあまり向いていません。
自社のパーソナリティーや企業風土、消費者との関係性をいま一度確認すべきでしょう。そして、その部分の交通整理を求められているのが私たち広告会社だと捉えています。消費者とどのようなコミュニケーションをしたいのかを、いわば「カウンセリング」して、最適なソリューションを提案していくことが重要と考えています。
アクティブユーザーを増やしマネタイズのモデルを作れるかが勝敗を分ける
――ソーシャルメディア関連で電通が取り組んでいる事例があれば聞かせてください。
「Facebookナビ」というサイトを制作、運営しています。初心者にはフェイスブックの始め方、中・上級者にはアプリをおすすめする、いわばフェイスブックの「マニュアル」です。広告スペースを設けていますが、この事業でフェイスブックとの契約はありません。フェイスブックに興味を持つ人に集まってもらうことでクライアントは広告効果を獲得し、フェイスブックには ユーザーが集まる、という「Win-Win」の関係構築を目指しています。
ソーシャルメディアには欠かせないスマートフォン(スマホ)が持つ音声認識、画像認識、位置認識といった機能特性を利用したサービス「クリックアド」も提供しています。マスメディア広告やOOHメディア(交通広告、屋外広告など)と連動させ、広告面にスマホをかざすことでクーポンを発行したり、スマホのキャンペーンサイトに誘引して商品情報を提供するなど、スマホの利点を有効活用できるキャンペーン展開が可能です。これまでは音声認識、画像認識、位置情報など、それぞれの認識技術に対応するため個別のアプリケーションを立ち上げる必要がありましたが、このプラットホームでは一括で提供できる。スマホなどの新しいメディアと、既存の広告を融合させる新しいプラットホームです。
――ソーシャルメディアを取り巻く状況は、今後どのような方向に向かっていくのでしょうか。
新たなプレーヤーやサービスは今後も増えてくるでしょうし、既存のサービスも新たな機能を追加するなど、さらなる競争激化は間違いありません。新規の登録者数を伸ばすのはもちろん、いかにアクティブユーザーを維持し、増やしていくかが勝敗を分けることになると見ています。
そして、ソーシャルメディアが抱える大きな課題はマネタイズ(課金化)です。先日、米国のソーシャルメディア各社の営業利益が発表されましたが、ユーザー数に対して売り上げも利益も期待ほど得られていないというのが現状です。いかにマネタイズのモデルを作るか。インターネットメディアのように、サービスは無料にして広告枠を売る「無料広告ビジネス」、プレミアム会員制度などの「課金ビジネス」、ネット通販やオークションなどの決済の際に発生する「手数料ビジネス」、現時点では大きくこの3つのモデルに集約されていくと見ています。
――ソーシャルメディアにおいて広告ビジネスが確立されるための課題があれば聞かせてください。
ソーシャルメディアはユーザーの関与度が高い、だから広告単価を上げたいとメディア側は期待しがちですが、深く関与するからこそ記事に夢中になり、広告が見られないとも考えられます。一般サイトよりも高い広告価値をクライアントに提供するためには、どのような手法や表現が適しているのか、分析と挑戦をしていかなければならないでしょう。
さらに、これはソーシャルメディアに限ったことではないのですが、スマホへの対応は大きな課題です。スマホに最適化したサイトに対応していない企業やメディアもまだ少なくありません。どのような広告表現で、どのような技術を取り入れるのか。ここに本気で取り組まなければ、マネタイズは成功しないのではないのでしょうか。
電通 デジタル・ビジネス局次長兼メディア企画部長
1989年電通入社、テレビ局配属。2001年 BS-i(現BS-TBS)編成本部へ出向。06年電通インタラクティブ・コミュニケーション局クロス・メディア部長。08年電通インタラクティブ・メディア局インターネット・メディア部長。12年電通デジタル・ビジネス局次長兼メディア企画部長。07年より立教大学社会学部「広告論」兼任講師。編著書に「広告新時代」(09年、朝日新聞出版)