無料通話・メールアプリ「LINE」の利用者が、今年1月に世界で1億人を突破した。日本でも若年層を中心に利用者が急増している。このサービスを開発したNHN Japanの取締役ウェブサービス本部代表の出澤剛氏に支持されている理由や現状について聞いた。
震災を機に身近な人との通信手段の必要性を痛感「スタンプ」による新たなコミュニケーションも好評
――「LINE」を開発した経緯を聞かせてください。
2010年から11年にかけて、スマートフォン(スマホ)を利用した全く新しいインターネットサービスを開発しようと社内にプロジェクトチームを発足。調査とブレストを重ねていた中、東日本大震災が起こりました。あの混乱の中ではツイッターやフェイスブックをはじめとするソーシャルメディアの力が注目されました。緊急の情報を広く伝え、共有する上で非常にパワーを発揮したからです。
一方で、家族や知人などと連絡が取りたいといったプライベートなコミュニケーションに関しては、私たち自身も「これがあってよかった」と思えるサービスがなかった。未曽有の災害を経験したことがきっかけで、身近な人とのコミュニケーションサービスの必要性を痛感したのです。方向性が決まると急ピッチで開発が進み、2011年6月23日に「LINE」を無料メッセンジャーサービスとしてリリースしました。さらに同年秋に無料通話とスタンプの機能を追加しました。
――コンセプトは。
大きく3つありました。一つは「スマホに特化したサービス」です。今でこそインターネットサービスの世界では「スマホファースト(スマホ優先)」が当たり前のように言われていますが、当時はそこまで割り切ったサービスは少なかった。PC版もフィーチャーフォン(従来の携帯電話)版も、そしてスマホ版もとなると、どうしても総花的になりがちなのです。しかし、当社ではスマホの大々的な普及は不可避な流れだと感じていて、スマホユーザーの使い勝手の良さだけに振り切ったサービスを提供しようと考えました。
二つ目は「クローズド(閉じられた)コミュニケーション」です。ツイッター、フェイスブック、ミクシィなど、ここ数年で隆盛を極めたソーシャルメディアは、対外的な周知や拡散、議論などを促進するという点では非常に有効なのですが、実は日常生活の中でプレゼンしたりディベートしたりする場面はそう多くはありません。むしろ、朝起きたら「おはよう」、帰りが遅くなるから奥さんに「ごめんね」といったやりとりのほうが圧倒的に多いのです。コインの表と裏の関係で、ツイッターやフェイスブックのようなオープンコミュニケーションが優勢である一方で、本当の親密なコミュニケーションはニーズとしてあるだろうと考え、LINEはそちら側に特化しました。
三つ目は「エモーション」です。クローズドのコミュニケーションになると、そこでは情報伝達というよりは感情の伝達が主流になる。「インフォメーションよりエモーション」だろうと考えました。そこで生まれたのが「スタンプ」です。キャラクターがいろいろな感情やメッセージを表現する、いわば進化した大判の絵文字で、このスタンプのやり取りだけでもコミュニケーションできるのが、ユーザーには非常にうけています。
――スタンプは、LINEを語る上で欠かせないツールですね。
コミュニケーションだけでなく、スタンプはユーザーがアクションを起こす際の起点にもなっています。企業がスポンサーとなってオリジナルスタンプを無料配布するケースも多いです。昨年11月、ロッテ「コアラのマーチ」のスタンプを4週間限定で無料配布したところ、コンビニでの商品の回転が前年比で10%程度増えた週があったそうです。前年度になかった施策はスタンプ配布だけとのことで、スタンプが広告効果を発揮し、ユーザーの商品購入を促した事例と捉えています。
また、ゲームコンテンツを配信する「LINE GAME」も人気ですが、ダウンロードするとオリジナルのスタンプがもらえるゲームも多く、スタンプをきっかけにダウンロードするユーザーも多いのです。
スタンプは、ダウンロードして、その後友達とのやり取りの中で使います。送られた友達もそのスタンプが気に入ればダウンロードする。押しつけがましさがなく、自然な形で企業のブランディングができ、さらにスタンプを愛用してくれるという点で、これまでの広告とは少し違うエンゲージメントを作ることができているのではと考えています。
クーポン配信で店舗誘導や新たな顧客層の開拓に寄与 企業の公式アカウントが急増中
――多くの企業やブランドが始めている「公式アカウント」について、概要、注目の事例を聞かせてください。
現在、企業の公式アカウントは約30件が登録され、毎週2件の割合で増えています。ユーザーがお気に入りの企業を「友達」に追加するだけで、キャンペーン情報やクーポンが配信される仕組みです。自分の個人情報などを入力する手間がなく、メッセージはほかの友達と同じインターフェースで送られてきて、クーポンの多くはレジでスマホの画面を見せるだけで使えます。この手軽さが非常にうけていて、数十万、数百万単位のユーザーと「友達」になっている公式アカウントも少なくありません。
現在約260万以上のユーザーが登録しているドラッグストアチェーンのマツモトキヨシでは、まだ会員が25万人だった昨年7月に割引クーポンをLINEで配信したところ、5日間で1万数千人が店舗で利用されました。利用率は約5~6%です。同社のこれまでの携帯電話を利用した販促施策では最も多くの顧客を来店に結びつけました。また、同社の来店者は主に30~40代ですが、LINE経由での来店者は10~20代が5割以上を占め、30代も含めると8割に達したそうです。店舗誘導に大きな効果があっただけでなく、普段利用しない層の開拓にも寄与したといえるでしょう。
また、外部調査によると、LINEのユーザーの居住地は全国の人口分布とほぼ同じで、クーポンも全国で利用されています。都市圏では強いが地方ではなかなか響かないという、これまでのインターネットツールの傾向とは異なっています。
公式アカウントの利用料は月額350万円ですが、前述のマツモトキヨシの事例からもわかるように集客力は非常に高く、費用対効果の点はいい評価をいただいています。その一方で、「もう少し手軽にアカウントを持ちたい」という企業のニーズも多く、そうした声を受けて、昨年12月から「LINE@(ラインアット)」という新サービスを開始しました。こちらは月額利用料が5,250円で、「友達」の上限は1万人という制限があります。公式アカウントが注目度の高い「一等地」の画面に表示されるのに対し、LINE@はユーザーが検索する仕組み。例えば、「焼き肉」や「ネイル」と入力して検索すると、各ワードの店やサービスが閲覧できます。リアル店舗(実際の店舗)を持っている企業のほか、地方公共団体や学校にも利用してもらっています。プロモーションはしていないのですが、サービス開始早々1,000件を超え、直近では1日に100件以上の申請があります。ちなみに、地方公共団体と学校は無償で利用できるので、観光情報や非常時の災害情報などにも活用していただきたいと考えています。
多様化するソーシャルメディア 「競合」ではなく「使い分け」に
――マネタイズ(課金化)の戦略は。
現在はまだユーザー拡大の段階です。ユーザーから求められているサービスをきちんと提供していくことを第一と考えていて、現段階でLINEからの収益は明確に意識していません。スタンプやゲームコンテンツの販売、公式アカウントやLINE@といったサービスも、あくまでも「ユーザーにとってメリットがあるか」という視点で企画、設計しています。マネタイズの手法はいろいろあると思いますが、あくまでもユーザーのニーズと使い勝手を優先しながら検証していきます。
――ソーシャルメディアを取り巻く状況と、その中でのLINEの位置づけとは。
ツイッターやフェイスブックのようなオープンコミュニケーションと、クローズドのLINEは異なるサービスで、「ソーシャルメディア」として、ひとまとめにできません。ユーザーにとっても、企業がマーケティングに活用するにしても、「競合」ではなく「使い分け」を意識すべきではないでしょうか。それはソーシャルメディアだけに限らず、既存のマスメディアとの関係性においても同様です。マスメディアでリーチや認知を獲得し、ソーシャルメディアでエンゲージメントを深める。そして「購買に動いてもらうための最後の一押し」にLINEのメッセージを使う。そんなふうにメディアの特性によって使い分けていただけたらと思っています。
そして、ユーザーにとってLINEは「居心地のいい最良のコミュニケーション空間」であり続けたい。新しいサービスが次々と登場し、激しく変化する市場の動きを捉えながら、それを上回るスピードでユーザーにとってメリットのあるサービスを提供していくことが、これからもLINEの軸になっていくことは間違いありません。
NHN Japan 取締役ウェブサービス本部代表
1973年生まれ。96年早稲田大学政治経済学部卒。朝日生命保険会社に入社。2002年に株式会社オン・ザ・エッヂに入社。その後同社の執行役員副社長モバイル事業部長、株式会社ライブドアの代表取締役社長を経て、12年にNHN Japan株式会社の取締役就任。