消費者の購買行動研究で、いわゆるビッグデータに注目が集まる中、マーケティングにおけるデータ分析の可能性も広がっている。日本マーケティング・サイエンス学会の代表理事で学習院大学経済学部の杉田善弘教授に、昨年12月に開かれた研究大会から見える、最近の研究のトレンドについて話を聞いた。
米国よりも早く発足 統計分析で個人の消費行動に迫る
――日本マーケティング・サイエンス学会について。
統計的な分析や数学モデルを使って、客観的かつ科学的に消費者行動などのマーケティング現象を研究することに主眼を置いている学会です。発足は1966年。実は米国のマーケティング・サイエンス学会(ISMS = The INFORMS Society for Marketing Science)よりも早く設立されています。会員数は約400人。企業の実務家の会員も多く、学問と実地との交流も活発なのが特徴です。
――12月に研究大会を開きました。研究の傾向や注目された点があれば聞かせてください。
発表やセッションを聴くときは、どういうトピックをどのように分析し、そこからどうアウトプットを導き出すか、に注目しています。今回、東日本大震災に関連したトピックが複数ありました。震災から1年以上が過ぎ、震災後のデータが蓄積されたことで消費行動や意識の変化が分析できるようになったためでしょう。意識が変わったように感じてはいるものの、実は行動はあまり変化していないことが明らかになったようです。意識と行動のギャップにチャンスがあると思い、非常に興味深く感じました。
データ分析については、ここ数年、ベイズ統計学を使ったモデル分析が盛んです。ベイズ統計学は、事前知識や過去の経験、主観などをうまく絡め、データ不足を補い、個人の行動を分析できるのが特長です。インターネットなどの技術革新で、様々な種類の膨大なデータを扱えるようになりました。いわゆるビッグデータです。しかし、消費者一人ひとりの単位で見てみると、例えば自動車を買い替えるにしても数年に一度ですし、インスタントコーヒーも1カ月に一度ぐらいしか買わないものです。個人のデータの種類や量は、実はそれほど多くはないのです。消費者はそれぞれ異なり、研究用語でいえば「消費者の異質性」を考慮して分析する必要があるのに個人のデータは足りない。ベイズ統計学を使った手法が主流になったことで、消費者の異質性を考慮したデータ分析が比較的容易になってきたことを、今回の学会を見ていて確認しました。ベイズ統計学に続く、「次の新しいテクニック」への期待感も起こりつつあるようです。
分析結果は、ベイズ統計学の手法を使って消費者の異質性を考慮したものを出す、というところまではすでに当たり前になっていて、その結果をうまく解釈しよう、面白く見せようという試みもいくつかありました。例えば、店舗のPOSデータを分析した結果をグーグルの地図ソフトと連動させて視覚的に見せるといった発表があり、興味深く聞きました。言い換えれば、ベイズ統計学を使うだけでは研究としては新鮮味がなくなっており、その先のセグメンテーションや、消費者に個別にサービスを提供するワンツーワンマーケティングなどへの応用にどうつなげていくかは、多くの研究者が感じている課題ではないかと見ています。
――学会としての今後の展望、課題は。
膨大な様々な種類のデータが取得できるようになって、マーケティングサイエンスとしては研究の可能性が増えていると捉えています。そこで重要になってくるのが「データをどう料理するか」です。多くの企業が、ビッグデータを蓄積できるようになったけれど、それをどう分析したらいいのかがわからず困惑している。そもそも分析できる人材が圧倒的に少ないのが現状なのです。
もう一つ、日本の多くの企業が直面する課題が「海外進出」です。これまでのように、「日本人が日本人にモノを売るためのマーケティング」では、マーケティング自体がガラパゴス化し、日本人にしか通用しなくなるのではという恐れがあります。そういったことも、実はデータを分析することで防げるのではないかと考えます。少なくとも自社の商品が外国人に受け入れられるか、受け入れられないかがわかり、問題提起されれば、海外展開の突破口が見えてくるかもしれません。
ビッグデータや海外進出といった最近の潮流において、いずれもデータ分析はこれまで以上に重要になっていくでしょう。そのための研究者や実務者の数を増やしていくことは、学会にとって重大な課題と見ています。また、数字を使った科学的な分析は、ともすれば若い研究者がハードルの高さを感じてしまうかもしれません。人材育成のためにも、質の高さを維持すると同時に、わかりやすさや面白さを両立させ、データ分析の裾野を広げていくことも学会の命題だと考えています。
過去が現在につながり、現在が未来を作る 飽くなき興味で新しいモデル作りを追究する
――自身で取り組んでいる研究について教えてください。
1980年代に米国の大学の博士課程にいたころから「消費者のブランド選択」を研究し、現在もこのテーマに取り組んでいます。最近は「選好の内的分析」について、いくつか論文を書いています。
製品のポジショニングマップを作る際に、消費者アンケートでブランドイメージを調査し、その結果と売り上げデータ(=消費者の好み)がどう結びついているのかを分析する手法が「選好の外的分析」です。これに対して「内的分析」は、消費者が選んだ商品の売り上げデータだけからポジショニングマップを作ってしまう手法。「この商品を選んだのだから、この人はこのブランドをこういうイメージで見ているに違いない」と予測して、マップと消費者のニーズの両方を同時に求めるというやり方です。
この内的分析に過去の購買経験の影響を持ち込んだモデルを作っています。なぜかというと、「過去の経験を踏まえて現在があり、現在の経験が未来を作る」と考えられるからです。過去にどのブランドを購入したかによって、モノやブランドを見る目は変わってくる。今、何が好みなのかは過去の経験に影響されるだろう――。「選好の内的分析」だけでなく、そういう予測を立てて分析し、モデルを作ることに長年興味を持ち続けています。
さらに、改めて取り組んでいるのが「参照価格」の分析です。いわゆる「値ごろ感」。現在の価格が参照価格よりも安いと「お買い得」と感じ、消費者はポジティブに反応し、逆に高いとネガティブに反応します。ポジティブな反応よりもネガティブな反応のほうがより強く出ます。商品の値段を安くすれば消費者はどんどん買ってくれますが、値ごろ感を感じる価格がその経験によって下がってくるので、元の価格に戻そうとすると消費者の反応はより厳しくなる、ということを初期の分析でデータから証明しました。
しかし最近、私自身の研究も含めて消費者の多様性やセグメンテーションを加味してデータ分析してみたところ、値段を上げてもあまりネガティブな反応をしない層が存在することがわかってきました。それは「ブランドロイヤルな消費者」です。そのブランドが好きだから、いいニュースには「お得だ」とポジティブな反応を示し、値上げなどの悪いニュースには「仕方がない」とさほど強く反応しないのです。改めて、ブランドロイヤルティーを醸成していくことの重要性をデータが示唆したのです。
この「参照価格」の分析も、消費者の過去の経験が今の値ごろ感を決め、今の経験が未来の消費行動を左右するという点において、私の関心は一貫しています。現在、若い研究者と共同で分析をしていますが、後進を育成しつつ、私自身のマーケティングサイエンスへの興味もさらに探求していく考えです。
学習院大学 経済学部 教授
1952年生まれ。1986年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院博士課程終了(PH.D.取得)。インディアナ州立パデュー大学クラナート経営大学院助教授を経て、現職。