多面的に研究が進む消費者行動 国際的な交流を通じてさらに質を高めたい

 日本における消費者行動研究の推進と関連学問分野との連携強化、研究者間の交流・情報交換の促進、教育の発展などを目指して1992年に設立された日本消費者行動研究学会。昨年創設20周年を迎えた同会が春と秋に開催した記念コンファレンスのプログラム内容や、研究の潮流などについて、同学会の会長で、慶應義塾大学商学部教授の髙橋郁夫氏に聞いた。

国際交流の活発化と若手研究者の育成を目指して

髙橋郁夫氏 髙橋郁夫氏

──日本消費者行動研究学会の概要について。

 名称の通り、消費者の行動を研究対象とする学会で、マーケティングをはじめ、心理学、社会心理学、社会学、地理学、経済学など、様々な分野の研究者および実務家が所属しています。

 私の専門分野であるマーケティングの視点で消費者行動研究のこれまでを振り返ると、研究が加速したのは1960年代以降で、米国を中心にコンシューマリズム(消費者保護運動)の思想が生まれたことがきっかけでした。生産者優位から消費者優位の傾向が進み、消費者の心理やニーズの探求なくして企業活動は立ち行かない時代となり、まず米国で69年に消費者研究学会(Association for Consumer Research)が発足。そして92年に日本消費者行動研究学会(Japan Association for Consumer Studies)が設立されました。商品情報や価格情報がインターネットやSNSで容易に手に入るようになった現在、消費者のパワーはますます増大し、マーケティングのみならず、様々な分野で会員の研究成果が期待されています。

──20周年を迎えた昨年のコンファレンスのテーマや内容は。

 春のコンファレンスでは、学会の創立に関わられた先生を中心に、「消費者行動研究の現状と課題」について回顧と展望を行いました。この時、展望の中から「国際化」という課題が鮮明化したことを受け、秋のコンファレンスでは、「グローバル化時代の消費者行動研究」というテーマを設定しました。特別企画としては、ジェフ・インマン氏(ピッツバーグ大学教授・米国消費者研究学会会長)、ローランド・ラスト氏(メリーランド大学教授・ジャーナル・オブ・マーケティング前編集長)、ミッシェル・ラロッシュ氏(コンコーディア大学教授・マーケティング・サイエンス・アカデミー副会長)の特別講演や、3人をパネリストに迎えた「インターナショナル・ジャーナル・セッション」を実施し、活発な議論が展開されました。また、それら3名もの海外の研究者を招いて、当学会員による英語セッションも今回が初めてでした。

──「国際化」をテーマにしたのは、今後さらに海外との交流が必要になるとの考えからですか。

 そう思います。春のコンファレンスで中西正雄氏(関西学院大学名誉教授)が60年代の消費者行動研究の回顧を、阿部周造氏(早稲田大学教授)が70年代の消費者行動研究の回顧をされましたが、物理的に海外とのコンタクトが容易でなかった当時のほうが、今の研究者よりも個人レベルでよほどグローバルな活動をされていたような気がします。今、隣の韓国では、KSMS(Korean Scholers of Marketing Science)などの学会が、国の支援のもとに欧米の研究者を呼び、ワールドワイドなコンファレンスを開いています。日本の研究者も自らイニシアチブを握って海外の研究者との交流を深め、研究の質を高める努力をしていかなければならないと思っています。

──最近の日本のマーケティング研究のトレンドはどのようなものでしょうか。

 例えば、ここ10年くらいで注目されてきたのが、ケビン・レーン・ケラー教授やデイビッド・アーカー教授などの研究に象徴されるブランディングの研究や、マーケティング戦略への投資に対してどの程度リターンがあったのかを客観的に測定する「マーケティングROI」の研究です。つまり、企業の最大の関心事であるマーケティングの「効果」についての研究が拡大しています。

 ちなみに私が学生の頃の日本のマーケティング研究は、流通研究や企業の戦略研究が中心でした。その後、次第に市場をふまえた研究が増え、さらには市場そのもの、すなわち消費者行動研究に取り組む研究者が飛躍的に増えました。他方、そうした傾向は研究テーマの多様化を生み出しただけでなく、過度な細分化を生み出しつつあります。また、ミクロ現象を扱う研究が増え、消費、流通、企業行動をマクロ的、あるいは制度的に捉え、社会全体や消費者の利益につながるような大きなテーマに取り組む研究者が残念ながら減っていることも指摘しておきたいと思います。

ミクロとマクロの両面から消費者行動研究を深め、社会に貢献する

──髙橋先生が最近注目されているマーケティング研究は何でしょうか。また、日本市場向けの日本型マーケティングが海外の研究者の興味を引いているということはありますか。

 昨秋のコンファレンスに招請したジェフ・インマン教授が研究されているテーマでもあるのですが、「ショッパー・マーケティング」は今後ますます注目されるのではないかと思っています。スーパーなどの店内で消費者にプロモーションして購買を促進する戦略のことです。例えば、欧州の「メトロ」というスーパーでは、顧客に電子ポイントカードを発行し、お店の電子カートにこれをかざすとカートが購買履歴を読み取り、顧客がよく買う商品のコーナーにカートが近づくとクーポンが表示されるシステムをかなり前から研究しています。その話を私にしてくれた欧州の研究者は、テレビCMが効かなくなった代わりに「ショッパー・マーケティング」が重視されていくだろうと話していました。このような川下へのパワーシフトに着目した研究は今後さらに増えるものと考えられます。

 日本型マーケティングは海外の研究者の興味を引いているとも思います。日本の消費者は商品に対する期待水準が高く、例えば台湾のパソコンメーカーが日本に輸出する場合はマニュアルの紙を上質にして売っています。また、ある海外家電メーカーが作る日本向け商品は、製造工程、機能、品質管理などあらゆる面でチェックが厳しく、他の国々に輸出するものに比べて数段高いクオリティーを保っていると聞きます。そのメーカーでは、日本向けの施策がアジアの富裕層などにも受け入れられるのではないかという構想のもとでマーケティングを実践しています。学者の科学的な検証というよりは、実務家レベルでそうした研究が進んでいる印象があります。

──ご自身の研究テーマについて、聞かせてください。

 一つは、ミクロ的視点の研究です。数年前より「サービスの失敗とリカバリー」の実証研究に取り組んできました。例えば、日本の製品は品質が高く、ちょっと改良しただけではなかなか気づかれません。しかし、ちょっとでもミスがあると一気に消費者の信頼を失ってしまいます。そうしたことを含め、サービスの失敗に対するリカバリーが消費者評価に及ぼす影響などについて検証しました。また、最近では、ネットショッピングに関する実証研究にも取りかかっています。

 もう一つは、マクロ的視点の研究です。ここ5、6年にわたり、ミシシッピ大学のチャールズ・インジーン教授(ジャーナル・オブ・リテイリング元編集長)と日本の商業統計を用いた共同研究を行っています。テーマは「都市レベルで見た小売市場の潜在力」についてです。バブル経済崩壊後、世帯当たりの消費支出構造は変化しています。具体的には、衣食の支出が減っている一方で、通信費や光熱費、それに保健医療費が増えています。そうした変化を地域別に細かく分析することで、商業構造との関係がわかります。

 このように、ミクロ的な視点、すなわち個別企業の戦略に資する消費者行動研究とともに、地域格差や買い物難民など、マクロ的な視点で問題を提起し、企業だけでなく、政府、行政、地域、ひいては社会全体に有益な知識を提供することも研究者の重要な役割だと考えています。

──学会の今後の方向性について。

 高齢化社会の到来、人口減少、市場のグローバル化などが進む日本の社会において、消費者行動研究は今後も注目されていくでしょう。学会としてさらに発展するためには、若手研究者の継続的な入会、インターディシプリナリー(学際的)な研究集団としての特性、産官学共同研究、国際的な交流などがより重要になってくると思います。

海外からの3名の招聘者と学会役員らと共に(昨秋のコンファレンス)

海外からの3名の招聘者と学会役員らと共に(昨秋のコンファレンス)

髙橋郁夫(たかはし・いくお)

日本消費者行動研究学会 会長/慶應義塾大学商学部 教授

1981年 慶應義塾大学商学部卒業。83年同大学院商学研究科修士課程修了。86年同博士課程修了。杏林大学および東京経済大学を経て94年慶應義塾大学商学部助教授。98年より現職(マーケティング論、消費者行動論、流通論専攻)。2012年10月より慶應義塾志木高等学校長を兼務。ノースウェスタン大学、ワシントン大学、カリフォルニア州立サンノゼ大学(米国)、コンコーディア大学、モントリオール大学(カナダ)、ウィーン経済大学(オーストリア)、北京外国大学(中国)など。著書に、『消費者購買行動-小売マーケティングへの写像』(千倉書房、1999年、増補版:2004年、三訂版:2008年)などがある。

■日本消費者行動研究学会  http://www.jacs.gr.jp/