本によって、作り手も読み手も力を引き出され、育てられる

 直木賞受賞作『カディスの赤い星』などスペインを舞台とした小説をはじめ、『百舌の叫ぶ夜』などハードボイルド小説、『平蔵の首』など時代小説、『アリゾナ無宿』など西部劇、『小説家・逢坂剛』などのエッセーと、さまざまな分野で活躍する逢坂剛氏。出版市場の現状について、縦横無尽に語ってくれた。

子供にも大人にも「読書感想会」の機会を

逢坂剛氏 逢坂 剛氏

──出版不況といわれて久しいですが、本の魅力をより多くの人々が共有するために、どのようなことが必要だと考えますか?

 私が子供の頃は、娯楽といえば、映画かラジオか読書くらいしかありませんでした。ですから本を読むのはごく日常で、子供向けの本に飽き足らなくなると、貸本屋で大人向けの本を借りて読むようになりました。昔の大人向けの本は、たいていふりがながふってあったので、自然と難しい漢字が読めるようになっていきました。最近の子供たちは、そういう経験をあまりしていないように思います。

 今は本以外の娯楽がたくさんあります。学校で「朝の読書運動」をやっているのは、強制的に読書習慣をつけさせないとまずいということなのでしょう。ただ、決まって「読書感想文」を書かせますよね。それが原因で読書嫌いになっている子が結構多いと思うんです。それよりも、クラスの中で「読書感想交換会」みたいなことをやったほうがいいのではないでしょうか。数人のグループに分かれて、各自が感想を述べ合うのです。他人の感想を聞いて意外な発見もあるでしょうし、本への興味がより深まる気がします。大人を対象とした読書感想交換会なども、出版社や書店がどんどん企画するといいと思います。

──編集者にはどのようなことを期待しますか?

 担当作家の作品の個性を把握し、すぐに仕事に結びつかなくても、月に1度くらいお茶を飲んだり食事をしたり、まめにコンタクトを取っている編集者は優秀だと思います。雑談の中で、「次は逢坂さんのこういう小説を読んでみたい」などと、それとなく打診してくる編集者はなお優秀です。ちょっとした会話から、自分が書こうと思っていた話の構想が固まってくることも実際にあって、作家の潜在能力を引き出してくれるような、アイデアを具現化する触媒となってくれるような編集者はありがたいですね。

 また、作品をシリーズ化するのは、編集者の力だと思います。私が書いた『禿鷹(はげたか)の夜』をはじめとする「禿鷹シリーズ」は、文藝春秋の編集者が、「主人公の悪徳警官がとても魅力的なので、間違っても死なせるような展開にしないでください」と言うので、本当は死なせようと思っていたところを生かしました(笑)。さらにシリーズ化を勧められ、5作を世に送り出しました。自分では思ってもみなかったパワーを編集者に引き出してもらったと思っています。

工夫する書店が増えている

逢坂 剛氏

──書店の現状をどのようにご覧になっていますか?

 私の事務所は神保町にあって、近所の古書店めぐりが日課になっています。新刊書店は、古書店のように店主の個性がはっきりとうかがえるわけではありませんが、平台にお勧め本を集めてみたり、本の照明の当て方を工夫したり、カフェを併設したり、それぞれに努力しているようです。書店員が本の感想を書き込んだPOPを掲げる手法はすっかり定着しましたが、結構効果があるように思います。

──「本屋大賞」や「このミステリーがすごい!」など、読者投票による文芸賞が出版部数を押し上げる効果については。

 発表後に本が売れるのは結構なことですが、順位をつけなくても、とも感じます。読書体験の違う人が投じた票に優劣はないと思うのです。「ベスト10」ではなく、作品を並列して「今年はこの10冊」という風に発表するのはどうでしょう。私も「お勧め本のベスト10を教えてください」といった依頼をよく受けるのですが、順位をつけずに紹介するようにしています。

──電子書籍市場をどのように見ていますか?

 電子書籍については、絶版本、国立公文書館や国会図書館などにある資料、古い新聞の縮刷版、アニメやビジュアル系雑誌、読み捨てしやすいノウハウ本やビジネス本などの閲覧においては、利用価値が高いと思います。ただ、小説やエッセーなどには向かないというのが私の持論です。また、電子書籍化が、作家が食べていけないような収益構造につながってはならないと思います。日本の出版界は、アメリカ式のビジネスに流されることなく、独自の道を探ってほしいですね。

──出版界の発展のために、今後どのような取り組みが大切だと考えますか?

 日本の小説、中でも現代小説を外国語に翻訳する翻訳者の養成が大きな課題だと思います。例えば、スペインの「セルバンテス文化センター」は、同国が全世界で展開している国営の施設で、スペイン語の教育やスペイン語圏の文化の普及を目的に活動し、翻訳事業も行っています。日本は、アニメや茶道や歌舞伎の輸出には熱心ですが、現代文学の翻訳に関してはとても遅れています。スペインを舞台にした私の著作『カディスの赤い星』も、残念ながらまだスペイン語に翻訳されていません。翻訳本というのは、いくら現地の言葉に堪能な日本人でも細かいニュアンスの表現はなかなか難しく、日本文化に精通した現地の人の手に委ねたほうがうまくいくものです。そのためには、各国で日本語の翻訳者を育てる必要があります。出版界はもとより、国家プロジェクトとして進めていかなければならない課題だと思います。

逢坂 剛(おうさか・ごう)

作家

1943年東京生まれ。66年中央大学卒。同年博報堂入社。80年『暗殺者グラナダに死す』で第19回オール讀物推理小説新人賞受賞。87年1月『カディスの赤い星』で第96回(昭和61年度下期)直木賞受賞。4月に同作品で第40回日本推理作家協会賞受賞。97年博報堂退社。2001~05年日本推理作家協会理事長。日本ミステリー大賞や日本推理作家協会賞などの選考委員を歴任。近著は、『小説家・逢坂 剛』(東京堂出版)、『平蔵の首』(文藝春秋)、『逆浪果つるところ』(講談社)など。