街の小さな本屋が生き残れるビジネススタイルを見つけたい

 この7月、東京・下北沢にオープンした書店「B & B」は、「BOOKS & BEER」を略した店名通り、ビールを飲みながら本を読み、買うことができる。本棚やテーブルなど店内の家具も売り物。店内では毎日イベントも開かれている、というユニークな書店だ。「新しい書店ビジネスのあり方を提案し、黒字経営の『小さな街の本屋』が作れることを証明したい。そして、若い人の新規参入が難しい書店業界に風穴を開けたい」と話す嶋浩一郎氏。クリエーティブエージェンシーを率いるかたわら、雑誌編集者として、「本屋大賞」の発起人の一人として、出版界の活性化に寄与してきた嶋氏に、書店の現状や「B & B」を手がけた背景について聞いた。

ビールを売るのも書店員の仕事。なんでもやる、が基本

嶋浩一郎氏 嶋 浩一郎氏

──嶋さんにとって、書店はどのような存在ですか。

 僕は、基本的にデジタル書籍もよく読みます。KDDIの「LISMO Book Store」や「biblio」などデジタルコンテンツ関連の商品広告をいくつか作ったこともあるので、利便性はよく承知しています。例えば旅行に行くときはかさばらない電子書籍が便利ですし、仕事関係の本を手っ取り早く探したいときはアマゾンのネット通販を活用します。

 だからといって、「リアル書店」から遠ざかることはありません。リアル書店の最大の魅力は、想定外のコンテンツとの出合いです。買い物の途中で、書店に立ち寄ったら相対性理論の面白そうな本に出くわしたり、ビジネス書を買うつもりだったのにワインの本を買ってしまったり……。そういう出合いの場が日常から消えてほしくないと思っています。

──「B & B」をオープンした背景について、聞かせてください。

 2年ほど前に『BRUTUS』(マガジンハウス)の本屋特集に出させてもらったときに全国の書店を回ったのですが、街の小さな本屋ほど経営が厳しい現状を目の当たりにしました。街の本屋が消えないためには、どうしたらいいのか。そんな問題意識を同じように持っていたのが、「LISMO Book Store」や「biblio」の仕事を一緒にやったブックコーディネーターの内沼晋太郎さんでした。内沼さんと話していく中で、自分たち流の書店を実験的に始めてみようじゃないか、ということになったのです。「B & B」の売り場の広さは25坪ほど。まさに街の小さな本屋のサイズです。

──小さな書店が抱える課題について実感したことは。

 書店業は、これまで僕が携わってきたビジネスと比べてずいぶんと息苦しい感じがします。利益率は原則22%と決まっていて、仕入れ値も売値も自分で決めることができない。そのうえ本当に売りたい本が入荷できないこともある。そもそも書店の新規参入には構造的にかなりの初期投資が必要になるので、若い人の新規参入はゼロに等しい世界です。

 古書を売るなら売値を自分で調節できるので利益率は高いのですが、「B & B」は新刊書を売って経営を成り立たせたいと考えています。

──「B & B」のビジネスモデルの特徴は。

 「B & B」ではビールも売っています。ビールを片手に本を選べるというのは、僕の願望でもありました。店内にある書棚や雑貨は、以前雑誌の仕事で知り合った家具店の商品で、すべて売り物です。さらに、出版関係者や各方面の専門家を招いて毎日有料イベント(1,500〜2千円の入場チケット+1ドリンクの注文)を開催しています。

 書店員は、かつて都心の大型書店員だった人と、街の書店の店員だった人の2人に手伝ってもらっています。今はやりの「ブックカフェ」と明らかに違うのは、書店員と飲食担当が分業ではないことです。「B & B」の書店員は、本だけ売っていればいいのではなく、ビールサーバーから生ビールをついでお客様に提供します。お客様に聞かれたら、家具のデザイナーなどについて説明し、売れたら配送手続きもします。イベントを企画するのも書店員の仕事です。

 それは、「ケトル的発想」といえるかもしれません。博報堂ケトルのスタッフは、新聞広告もテレビCMもデジタルもPRも領域を超えて見渡し、最適のコミュニケーションを提案する集団です。「一人でなんでもやる」というのは、当社にとっては普通のことです。

 当初、他の書店の書店員の方には、「ビールを本にこぼす人がいるのでは」とか「毎日イベントを開催できるのか?」などいろいろと心配されました。動き始めるとどうにかなるもので、ビールは本の販売の潤滑油になっていますし、イベントにも毎回平均30人くらいが集まります。

「B&B」のエントランス 「B&B」のエントランス
ビールを飲みながら本を探す時間もいい ビールを飲みながら本を探す時間もいい

買うつもりがなかった本を買わせる本屋はいい本屋

嶋浩一郎氏

──書棚づくりはどのように行っていますか。

 書店員と内沼さんと僕でセレクトし、毎日書棚には手を入れています。いろんな人の興味を引くためには、複数が手を入れて本の傾向が偏らないようにしたほうがいいと思うからです。全国の本屋をめぐった経験から言えることは、売れる本屋の書棚ほど毎日変化がある。ガウディーの建築のようにちょっとずつ手を加え、日々進化させているのです。神保町の「東京堂」の平積みなどがいい例です。「B & B」もそこは心がけていて、僕も毎朝足を運び、本の並べ替えをします。ロンドン五輪の時期に『ドラえもん世界の国旗全百科』(小学館)をレジ横に置いてみたり(笑)。伝記コーナーは僕が店の中で一番好きな棚。太宰治、ウッディ・アレン、美空ひばり、黒澤明、ニール・アームストロング、スティーブ・ジョブズ、アントニオ・カルロス・ジョビンといった人物伝が同じ棚に並んでいます。

 一般的に新刊や売れ筋が平積み台に置かれますが、「B & B」では、外国文学・人文・社会・自然科学などの分野の本もしっかり売っていきたいと考えています。

──嶋さんは「本屋大賞」の発起人でもあります。同賞を企画した意図とは。

 やはり、書店員は本に毎日接しているだけあって本の目利きなわけです。書店員に売りたい本の話を聞いてみると、既存の文学賞には選ばれないタイトルも出てきてこれは面白いなと思ったんです。書店員が読んでお客さんにも読んでほしいと思う本を「本屋大賞」として売り出すことで、出版不況に風穴を開けると同時に、出版業界の抱える配本などの問題にも一石を投じることができると考えたんです。

 本屋さんは委託販売制度でビジネスをしていますから売れ残った本は返品できます。でも、「本屋大賞」受賞作は自分たちが売りたい本として紹介するわけですから返品せずに店頭で売り切ろうというモチベーションもあり、毎年ベストセラーを生み出しています。

──雑誌編集ワークショップを開催しています。

 僕は子供の頃から雑誌が大好きでした。雑誌で扱われるテーマは多種多彩で、書店と同じように想定外の出合いを楽しむことができます。ただ、近年の雑誌市場は縮小の一途をたどり、多様性の象徴ともいえる『STUDIO VOICE』や『Esquire』といったカルチャー誌が次々休刊しています。一方で、学生が面白いフリーペーパーを作っていたり、「B & B」で雑誌関係者を招いたイベントを開くと若い人が大勢集まってきたりと、雑誌に熱い思いを持っている人は確実にいます。博報堂ケトルはクリエーティブエージェンシーですが、雑誌の編集も手がけています。この時代に雑誌をつくり世に出す新しい方法を考えていきたいのです。そういう思いもあってワークショップを開催しています。

──出版市場の活性化という意味で、書店が果たす役割について、改めて聞かせてください。

 ネットで検索して本が買えたり、電子書籍をダウンロードして端末で読めたりするのはとても便利なことで、僕も自在に活用しています。ただ、人は、知りたいことや欲望のほんの数パーセントしか言語化できないもので、何かを検索するときには、その数パーセントからキーワードを思い浮かべているに過ぎません。リアル書店に行けば、全く関心がないと思っていた情報が自然に目に入ってきて、「実はこういう情報が欲しかったんだ」と、心の奥底にある興味や欲望に気づくことができます。買うつもりのなかった本を買ったときは、うれしくなります。「B & B」もそういう本屋でありたいし、若い人がこれから本屋を開こうという一つの目標になれたらいいなと思っています。

嶋 浩一郎(しま・こういちろう)

博報堂ケトル 代表取締役社長/クリエイティブディレクター/編集者

1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局に配属され企業のPR戦略にかかわる。2002~04年、博報堂刊行雑誌「広告」編集長。06年、ニュートラルな発想で課題を解決するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。KDDI、アディダス、オリジナルス、J-WAVEなどの広告キャンペーンを 手掛ける。NPO本屋大賞実行委員会理事。コンテンツ開発にも積極的に取り組む。カルチャー誌『ケトル』編集長、エリアニュース配信サイト『赤坂経済新聞』編集長。書店SPBSで編集学校、青山ブックセンターでPRマン養成講座を 開講。『ブランド「メディア』のつくり方」(誠文堂新光社)、『CHILDLENDS』(リ トルモア)などの編著書。12年7月、ブックコーディネーター内沼晋太郎と協業で下北沢に書店「B&B」を開店。

■B&B
ウェブ:http://bookandbeer.com/