もっともっと売れて大きくなるように 作家とその作品の成長に長く関わりたい 

 「受験のバイブル」として社会現象となった『ドラゴン桜』や、今年映画化もされた『宇宙兄弟』など、大ヒットコミックの仕掛け人として知られる編集者の佐渡島庸平氏。今年10月、講談社を退職し、クリエーターエージェンシー「コルク」を設立した。編集者としてのこれまでの活躍、そして、その経験から行きついたエージェントという仕事への思いに迫る。

作家が活躍する場を提供する―― 理想の編集者像を貫くため「エージェント」に

佐渡島庸平氏 佐渡島庸平氏

――講談社の編集者として、多くの人気作家、人気作品を担当しました。コミック編集の仕事の面白さ、やりがいとは。

 入社後、すぐにコミック週刊誌「モーニング」の編集部に配属され、井上雄彦さんの『バガボンド』、安野モヨコさんの『さくらん』の担当に就きました。作家を支え、作家が活躍する場を提供するという仕事に、「自分がやりたかったことはこれだ!」とワクワクしたことを覚えています。

 世界的にもまれな才能を持つ作家と日常的に接し、「ゼロ」から「1」が生まれる過程に立ち会うことができる。それは本当に刺激的で、編集の仕事のだいご味だと感じます。そして、作家が生み出した作品や作家自身を、世間の多くの人に「いい」と言ってもらえるように持っていくのもまた、編集者の大事な役割です。映画にもなった『宇宙兄弟』の作者の小山宙哉さんと出会った時、彼はまだ無名でした。でもその才能にほれ、何が何でも作家として世に出そうと決めました。信じられるのは自分の感性だけでした。何度も何度も自問自答を繰り返しながら一手を打っていく。それもまた、編集という仕事ならではの面白さですね。

――三田紀房さんの『ドラゴン桜』を、書店のコミック売り場だけでなく、参考書コーナーにも置くことで大ヒットにつながったという手腕が話題になりました。

 実際は、作品を知ってもらい、買ってもらうために考えうるあらゆることを試みました。参考書コーナーの話は、その一つに過ぎません。「マーケティング視点を持つ編集者」と言っていただくことがありますが、僕の中ではもっとシンプルで、「最近、何がきっかけでものを買ったか」という自分の経験や行動を常に意識するようにしています。テレビCMだったのか、SNSで拡散されていたのか。「買わせるのが上手だな」と感じたことを、自分の作品に当てはめたらどうなるかを考え、まねしてみる。作品によっても作家によっても売れるポイントは違ってくるので、その辺を見極めつつ、打てる手はすべて打つ。これまでも、これからもそれは変わらないと思います。

――今年10月、作家のエージェント業務を行う「コルク」を設立しました。独立した経緯と新会社で手掛けることを聞かせてください。

 出版社時代の先輩の言葉が記憶に残っています。「作家は『女』で編集者は『男』。2人が出会い、子どもが生まれる。すると男は女の元を去ってしまう」と。うまいこと言うなあ、と思いましたね(笑)。確かに、マンガも雑誌に載って単行本になれば、編集者としての仕事はほぼ終わりです。人事異動があれば、別の作家の担当として、新しい作品づくりに取り組みます。でも、僕は担当した作家がずっと活躍できるように応援したいし、作品も世に出てからが始まりだと思っています。作家と一緒に生み出した子どもの世話をして、成長まで見守りたいというのが僕の考え方なんです。

 しかし、マンガでも小説でも、完成した作品の権利は、同じ社内でも他部署や、別のエージェンシーに託されるなど、作った人や部署とは遠いところで管理されることが多い。すると「作品をいじらない」という方向になりがちです。作品が生まれる過程や、作品のことを深く理解している人間なら、もっと人気が出るアイデアを実行できると思うのです。

 作品の権利を管理するだけでなく、コンテンツとして活用するプロデュースも手がけ、その結果、作家の価値を生涯にわたって最大化していく――。それが「エージェント」に行きついた経緯です。出版社では通常、作家ごとではなく作品ごとに担当するので、僕の考えるエージェント業務を行うのは難しいのです。それに、そういう仕事があることを世間に明確に打ち出すことで応援してもらえるのではという期待感もあり、独立の道を選びました。

2010年4月8日付 夕刊

2010年4月8日付 朝日新聞東京本社版夕刊 全4ページ 「朝日新聞×ドラゴン桜」

2012年5月4日付 朝刊

2012年5月4日付 朝刊 広告特集「映画 宇宙兄弟」

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見据えるのは「世界」 大胆な発想でコンテンツの可能性を広げる

佐渡島庸平氏

――インターネットの普及など、メディア環境の変化の影響もあったのでしょうか。

 大きいですね。以前は、雑誌などに掲載しなければ日本中に発信している実感がありませんでしたが、今は電子書籍も普及してきて、インターネット上で発表するのも面白いと思えるようになりました。

 数年前までは、ネット上にそれぞれのサイトやコミュニティーが孤島のように存在していて、1本の線でゆるやかにつながっている印象でしたが、今はSNSの普及によって島と島の間にしっかりとした橋が架かり、情報が縦横無尽に行き来するようになりました。小さな島で発表することは、全世界に発信するのと同じ意味を持ってきていると感じます。とはいえ、話題になるコンテンツもプロの手が入っていないものがまだ多く、開拓の余地はあると見ています。

――ウェブに注目される一方で、講談社時代には朝日新聞の広告紙面を使って、斬新なコミュニケーションにも挑戦されました。

 インターネットメディアがこれだけ普及した今、新聞は速報性ではネットにかないません。新聞は他のメディアよりも正確であるという信頼性とともに、僕は「主張」が必要だと考えています。2010年に朝日新聞と「モーニング」のコラボの形で、朝日新聞の4ページを使った広告特集を掲載しました。その時は、教育、うつや自殺、介護、医療問題など、信頼性のあるメディアで主張すべきテーマを取り上げよう、それもただ主張したのでは面白くないので、『ドラゴン桜』の桜木にズバッとメッセージを言わせるクリエーティブを起用しました。『ドラゴン桜』をコンテンツとして、新聞メディアにふさわしい形で展開した一例と言えると思います。

 今年の5月には、映画公開直前のタイミングで『宇宙兄弟』の広告特集も手掛けました。ちょうど金環日食もあり、宇宙への興味や関心が高まっていたタイミングで、作品のテーマでもある「夢」や「挑戦」について著名人に語ってもらい、関連する複数の広告主に協賛してもらいました。こうした企画をきっかけに、改めて原作に注目が集まって売り上げにつながるという、コンテンツを活用した好循環を見据えています。

――今後の展望、目指していることを聞かせてください。

 現在、漫画家と作家のエージェントをしていますが、今後はインターネット関連の技術者などとも契約したいと考えています。特にネット系は、技術や才能とコンテンツが結びつかず、バラバラに存在している状況があります。「編集」というのは文字通り、情報や技術を集め、編んで世の中に出していく仕事。漫画や小説などの作品と、技術力を組み合わせて、世の中がワクワクするようなコンテンツにできたらいいですよね。アップルのスティーブ・ジョブズは、技術力を組み合わせて魅力的なハードを生み出しましたが、僕は魅力的なソフトを作るために、作品と技術を統合させていくことができればと考えています。そういう意味では、エージェントの仕事の根幹にあるのは、やはり「編集者」としてのマインドなんだと改めて感じています。

 そして、世界にも照準を合わせています。今の出版ビジネスは、正直言って国内だけでは限界がある。実際は、日本のコミックや小説は海外市場ではまだマイナーで、ほとんど受け入れられていません。これまでは大きな資本がないと挑めませんでしたが、電子書籍の時代になり、可能性が一気に広がってきたと捉えています。

 いずれにしても、「コルク」はまだ船出したばかり。しかも、クリエーターのエージェントを包括的に行うビジネスは、世界的に見てもほとんど例がありません。新しいビジネスモデルを構築し、クリエーターの応援と、コンテンツ活用の新たな可能性を探っていきたいと考えています。

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)

コルク 代表取締役社長

1979年生まれ。南アフリカで中学時代を過ごし、灘高校、東京大学を卒業。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、数々のヒット作の編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。

■コルクウェブサイト http://corkagency.com/

■Twitterアカウント @sadycork