欧米ではCDや音楽配信の売上高が低調だが、日本ではCDの売り上げが比較的堅調で、市場規模は世界のトップクラスだ。一方で、デジタル配信の普及による楽曲の低価格化、違法ダウンロードなど課題も多い。かつて洋楽ディレクターとしてビートルズを担当するなど日本の音楽業界を長く先導してきた、日本レコード協会理事でワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長兼CEOの石坂敬一氏に最近の音楽業界について聞いた。
マーケットのキーワードは「アイドル」 CDやDVDの売り上げを支える
──最近の音楽業界の動向について。
AKB48に象徴される女性アイドル、ジャニーズ、K-POP、アニメ関連、ビジュアル系、「まるまるもりもり」などの子供うた、これら広義におけるアイドルが快進撃を続けており、2012年1〜5月現在のシングルのマーケットシェアは73%に及びます。09年は41 %、10年は58%、11年は72%と推移しており、著しく伸長しています。
日本が世界的に見て特異なのは、デジタル配信マーケットよりも、CDなどパッケージミュージックが伸びていることです。2012年1〜9月のシングル売り上げは前年同期比109%、アルバムの売り上げは104%でした。デジタルミュージックとパッケージミュージックの全体的な比率を見ると、デジタルは20%程度で、残りの80%はパッケージが占めており、こんな国は先進国では他にありません。
デジタル配信のピークは2009年ですが、2012年1~7月の携帯電話のダウンロードによる売り上げは前年比62%と大きく減少しています。携帯端末が、従来型携帯電話からスマートフォン(スマホ)に移行していることに起因していると考えられます。パソコンやスマホの売り上げの伸長は、従来型携帯電話による売り上げ減を補うまでには至らず、デジタル配信の総売り上げの前年比(11年1〜7月比)は75%となっています。スマホやユーチューブなどで無料で音楽が楽しめてしまう現状や、違法なサイトからのダウンロードも関係していると思います。
世界の情勢を見る限り、デジタル音楽配信は今後一層普及するでしょう。ただ、国民性といっていいと思いますが、日本人はプロダクト、つまり形のある商品に対する愛着がとても強く、欧米のように「デジタルマーケットか、パッケージマーケットか」という択一の構図ではなく、「あれも、これも」という「共生」や「住み分け」が可能なマーケットなのではないかと思っています
──音楽プロモーションの手法として最近見られる傾向は。
日本ではテレビの力が強く、音楽界ではテレビを核としたメディアミックスによるプロモーションが主流です。テレビドラマの主題歌やテレビCMは今も注目されます。最近は、ものまね番組で歌唱された楽曲がすぐにダウンロードされる現象も見られます。
また、テレビの高精細化が進んだことで、歌手のルックス(外見)が最大の武器となっています。「かわいい」「美しい」「華やか」「セクシー」といったことが重要です。アイドルは、音楽だけでなく、CDジャケットも大きな販売動機となります。ジャケットのデザインに数種のバリエーションをつけて全種類の購入を促したり、CDに記念グッズや握手券を付録にしたり、ファンの心理をついたプロモーションも増えています。アイドルを映像で楽しむDVDは対前年比115%、ブルーレイディスクは対前年比198%の伸びを示しています。
最近は、「ユーチューブ」や「フェイスブック」「ツイッター」などソーシャルメディアを利用したプロモーションも、情報伝達のスピード感やクチコミの拡散性といった点で重視されています。例えばワーナーミュージック・ジャパンでは、洋楽部門ならびに邦楽のレーベルである「unBORDE」でツイッターの公式アカウントを持ち、フェイスブック、ユーチューブには公式ページを設けて日々情報発信しています。
──今後期待されるマーケットは。
現在の音楽商品は、以下の6種のカテゴリーに大別されます。
- アイドル&ヒットポップス (AKB48、ジャニーズ、K-POP、アニメ関連、ビジュアル系、子供うたなど)
- J-POP&シンガー・ソングライター(コブクロ、桑田佳祐、Mr.Childrenなど)
- 演歌
- 大人向けミュージック(由紀さおり、徳永英明、髙橋真梨子、JUJUなど)
- 洋楽
- ストラテジック・カタログ・ミュージック(過去にヒットした作品を再編集し、通販などで販売する手法)
若い世代においては、デジタル配信での視聴がさらに進んでいくと思われますが、アイドルの音楽ではCDなどの需要は変わらずあるでしょう。とくに40代以上にとって、CDは慣れ親しんだメディアであり、それを買う金銭的ゆとりもあります。現在、40〜64歳の人口は4,300万人余りです。「由紀さおり&ピンク・マルティーニ『1969』」はすでにメーカー出荷が35万枚。アダルト層に向けたこうした作品をきちんとPRしていけば、CDの拡販はまだまだ可能だと思います。
「ストラテジック・カタログ・ミュージック」のマーケットも拡大が見込まれます。例えば、TSUTAYAの「ザ・ベスト・バリュー999」は、アーティストごとに過去の名曲を集めたベスト盤で、団塊世代に支持されています。ワーナーミュージック・ジャパンがリリースしたマドンナのアルバム11枚組み「MADONNA ザ・コンプリート・スタジオ・アルバムズ」や、森高千里のシングルを集めた「森高千里 ザ・シングルズ」なども大変売れました。また、「MP3(デジタルの音声フォーマット)に圧縮された音楽は提供しない」と主張するレッド・ツェッペリンが、一夜限定の幻のコンサートの模様を収録したアルバム「Celebration Day/祭典の日(奇跡のライブ)」の発表を11月21日に予定しています。音楽業界全体がリバイバルや再編集に積極的になっている印象がありますね。
今後の音楽界に必要なのは「温故知新」
──パッケージミュージックをけん引しているアイドルカテゴリーでは、ルックスや特典付きCDなど、音楽以外の付加価値がプロモーションの大きなカギを握っています。音楽自体の魅力でヒットするのは難しい時代になっているのでしょうか。
今は、思想的、自己主張的な音楽が減っています。デジタル環境が普及し、音楽の作り方も聞き方も、「安・近・短・速」が求められるようになっています。音楽の使い捨て、軽い聴き方が定着し、MP3で聞きにくい作品はやがて消えていくでしょう。音楽表現が画一化していく中で、世の中を席巻するような力強い音楽が生まれにくくなっているのは確かだと思います。
ポピュラー音楽の全盛は、60〜80年代まででしょうね。とくにロックミュージックが時代の潮流を作っていました。一番の立役者は、やはりビートルズでしょう。おひざ元のイギリスはもとより、世界のあらゆる文化に強い影響与えました。その後、ベトナム戦争や中東戦争、日本では安保闘争などが起こり、世相を反映した指向性の強い音楽が次々と生まれました。ピンクフロイド、ボブ・ディラン、ジェームス・テイラー、キング・クリムゾン、T・レックス……。世界のファッションをリードし、社会的主張をリードした最後の世代といえるのが、デビッド・ボウイ、マドンナ、マイケル・ジャクソンといったところでしょうか。
今の日本の音楽市場を見渡すと、あえて大ヒットを目指さず、アーティストの意思を強く反映した音楽を出そうという動きもあります。矢沢永吉さんなどは、自分が納得できる曲を独自のレーベルから出していますよね。また、アミューズのA−SKETCHなど、プロダクションがレコード会社の制作部門の機能を持ち、自社のレーベルを立ち上げる動きも見られます。一方、レコード会社はプロダクション機能を強化し始めています。
ある意味、大昔に回帰しているのかもしれません。50年代に、ブラックミュージックを世界の人々に伝えたいという思いから、ポーランドの移民のレナード&フィル・チェス兄弟がチェス・レコードを立ち上げ、チャック・ベリーやマディ・ウォーターズなどを輩出したように、必ずしも大量販売をねらわず、音楽の伝道師としての役割を果たしていこうと・・・。こうした傾向は、デジタル化時代の反動として増えてくるかもしれません。
──音楽ビジネスの将来像や展望について、考えを聞かせてください。
音楽産業全体を維持するために「売れる曲」を作り続けることは、レコード会社の使命です。その一方で、メガヒットが期待できなくても、社会性のあるシリアスな音楽を継続して届ける努力をすべきだと思います。海外のミュージシャンでいえば、ロッド・スチュアート、ドノバン・フランケンレイター、バン・モリソン、カーリー・サイモン、ジェフ・ベック……といったあたりが実践していますよね。
そして、「温故知新」が大事だと思っています。アメリカでは、クラシック音楽の棚がないCDショップもあります。人類の貴重な文化遺産であるクラシック音楽は、大切に保存していく必要があるでしょう。ジャズやロックも同様です。60年代は音楽雑誌が花盛りで、社会的なテーマにひもづけた音楽批評がさかんに繰り広げられました。論評の高度化が、アーティストの曲づくりにも影響しました。そうした音楽をめぐる言論の場が、デジタル時代の今こそ重要になっている気もします。
日本の音楽界の大きな課題は、ポップミュージックの海外輸出です。私見ですが、海外進出をしたいミュージシャンを支援する制度があってもいいと思います。一定期間海外に暮らし、様々なメディアに登場して知名度を上げる間、いろいろな面で支援するのです。フランク・シナトラやマドンナは、アメリカの海外でのイメージアップに大きく寄与しました。ポピュラー音楽はそれだけの影響力があります。最近、韓国人アーティストのPSY(サイ)の楽曲が各国のチャートで1位になりましたが、新聞などマスメディアは、その理由を検証し、日本の音楽が世界で認められるためにどんなことが必要なのか、ぜひ問題提起してほしいですね。
日本レコード協会 理事 / ワーナーミュージック・ジャパン 代表取締役会長兼CEO
1945年生まれ。68年慶應義塾大学経済学部卒。同年東芝音楽工業 (現EMIミュージック・ジャパン) 入社。洋楽ディレクターとして、ビートルズ、ピンク・フロイド、ジェフ・ベックなどを担当。81年邦楽本部。松任谷由実、矢沢永吉などを担当。91年東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)常務取締役。94年ポリグラム(現 ユニバーサル ミュージック合同会社)代表取締役社長。2006年ユニバーサル ミュージック(現 ユニバーサル ミュージック合同会社)代表取締役会長兼CEO。09年ユニバーサル ミュージック合同会社最高経営責任者兼会長。11年11月からワーナーミュージック・ジャパンに入社し現職。
2007年日本レコード協会会長(顧問を経て現在は理事)。09年藍綬褒章受章。