「コンテンツ発火モデル」でファンの「好き」を増幅して消費を促す

 博報堂と博報堂DYメディアパートナーズが共同で2012年7月に「コンテンツビジネスラボ」を発足させた。映像や音楽、ゲームなどのコンテンツを活用した広告コミュニケーションや新規ビジネスを支援する専門チームだ。博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員の加藤薫氏、博報堂 研究開発局 上席研究員の木下陽介氏、同研究員佐藤誠一氏に、ラボが誕生した経緯、これまでの調査で得られたことなどを聞いた。

コンテンツファンの「機微」を理解し 盛り上げて火をつける

加藤薫氏 加藤薫氏

――まず「コンテンツ」の定義を聞かせてください。

 いわば「娯楽全般」です。具体的には「テレビのバラエティー・ドラマ」「アニメ・特撮」「マンガ・ライトノベル」「小説」「映画」「音楽」「ゲーム」「美術展・博覧会」「スポーツ」「レジャー施設 ・イベント」「タレント・人物」の計11カテゴリーに分けて、調査、分析を進めています。

――コンテンツビジネスラボを設立した背景を教えてください。

 3年ほどまえから、「コンテンツと広告」の切り口で何か研究テーマを設定するべきでは、という問題意識を持つようになりました。それにはコンテンツビジネスを取り巻く2つの背景があります。まず、広告そのものをコンテンツ化するなど、広告の延長線上でコンテンツを扱う場面が増えたこと。シリーズで展開していくストーリー性のあるCMや、ソーシャルメディアを通じて広告の中のキャラクターが企業人格を持って生活者とコミュニケーションをするような場面も見られます。もう一つは、メディア環境が多様化し、コンテンツビジネスそのものが大きく変わってきて、分かりづらくなっていることです。

 これまでのマーケティングは「ファンを囲い込めばうまくいく」という考え方が主流だったと思いますが、同じ「ファン」でも、コンテンツにお金を払う人と「払わないけど好き」というのは、「機微」が違うのでは、と。そのため、コンテンツのファンの実態をつかむ必要があるのではないかと考えたのです。

 状況を把握しようと既存のコンテンツに関するデータを集めたところ、たとえばDVDの出荷枚数、CDの売り上げ、書籍の部数など、業界別のデータは存在しますが、消費者に関するデータがほぼ存在していませんでした。そこで、オリジナルの調査をしてみようということになり、2011年1月に「コンテンツファン消費者行動調査」を実施しました。その調査で多くの発見があり、結果を蓄積していこうということになり、今年7月にコンテンツビジネスラボが設立されました。生活者のコンテンツ消費動向に関するデータと知見を顧客企業のビジネス支援に役立てることを目指しています。

――具体的にはどのような組織形態ですか。

 メンバーは20人ほどで、博報堂のマーケティングプランナーと研究開発局員、博報堂DYメディアパートナーズのコンテンツビジネス開発の専門家などのメンバーが、組織横断的に集まってできた専門チームです。基本的にそれぞれの部署に所属しながら、コンテンツ案件が発生したときに、その都度プロジェクトチームを作って参加していく、といった流れです。

 各メンバーは、スポーツ、ドラマ、アニメ、ゲーム、音楽などの特定のカテゴリーについては、自他ともに認める熱心なファンでもあり、コンテンツに対する豊富な知見と情熱も持っています。そして、先ほども触れた「ファンの機微」を、身をもって実感している。コンテンツファンの心理は微妙で、上手なコミュニケーションで琴線に触れればより好きになってくれるのですが、そうでないと逆効果になりかねない。ファンが「グッとくる」勘どころをわかっているメンバーだからこその調査設計や分析、考察ができると考えています。

木下陽介氏 木下陽介氏

――消費者調査からはどのような考察が得られたのでしょうか。

 ファンの立場からすれば、ファンになったりもっと好きになったりするきっかけがあって、だから消費する、という一連の流れがあります。ところがコンテンツ業界は、メディア、コンテンツホルダー、レーベル、プラットホーム事業者などのプレーヤーがバラバラに存在していて、横断的に連携するような流れがこれまでほとんどありません。それが、コンテンツ消費に課題を抱えている場合の原因の一つではないかと考えました。

 そこで、生活者がどのようなプロセス、行動動線をたどるとコンテンツのファンになり、消費するようになるのかを体系立て、「コンテンツファン発火モデル」としました(下図参照)。無料で気軽に手に入る入口から招き入れた生活者を、リアル体験型イベントやソーシャルメディアなどの「シンクロ型コンテンツ体験」で発火させてファンになってもらい、そのファンが喜ぶ複数の出口を意識的に設計するという、ファン活性化のアプローチです。「無料の入口」はテレビやラジオ、YouTubeやニコニコ動画などです。「シンクロ型コンテンツ体験」とは、ライブやイベントなどのリアル体験のほか、リアルタイムでの放送や配信、ソーシャルメディアを活用したリアルタイムイベントなど。「複数の出口」はコンテンツホルダーやレーベルから提供される有料のコンテンツやグッズなどが挙げられます。

※画像は拡大します。

コンテンツ発火モデルとは コンテンツ発火モデルとは

 「出口」だけ作って、客を待っているだけの企業が多いのが実情です。最適な「入口」とファンの心に火をつけるシンクロ体験を用意することで、ファンは自然と「出口」で消費してくれる。さらに、シンクロ型コンテンツ体験をしたファンは、その後の「出口」で複数の消費をしたり、一般の生活者と比べて支出額が多かったりすることが調査からわかっています。一方で、「ファンならばお金を使ってくれる」と思いがちですが、例えば「自分はプロ野球ファン」という人でも、テレビ放映を見るだけで、球場にも行かない、関連グッズも買わないという生活者も多いですね。「入口」を通った後、どのように「発火」させ、「出口」に導くか。コンテンツのジャンルや、ファンの属性を考慮したプランニングをしていく必要があるのです。

 オリジナル調査の意義はここにあります。消費者やファンの実像や心理、行動動線を浮き彫りにすることで、どんな「入口」やファン発火の場を作ればいいのかという最適な設計が可能になる。コンテンツビジネスラボが支援するのは、まさにその部分なのです。

ソーシャルメディアは「発火」と「出口(=支出)」が循環する

佐藤誠一氏 佐藤誠一氏

――ソーシャルメディアの影響も大きいのでしょうか。

 昔はテレビを見たら学校や職場で話題になっていたような内容が、10代、20代の若い世代ではそうした話題は今はソーシャルメディア上でやりとりされています。そしてその盛り上がりに触れた人が「じゃあ自分も見てみよう」という風に広がっていく。作品そのものよりも、作品を介したコミュニケーションを楽しんでいる傾向があるようです。

 また、ソーシャルメディアで「シンクロ体験」をして「出口」で何か消費した場合、それがまたソーシャルメディアに戻ってくる、といった循環が起こりやすいという特徴があります。例えば、ファンのコンビニ利用率の高いあるアニメ作品が、コンビニとコラボした商品を限定発売することにしたところ、発売前にソーシャルメディア上で盛り上がり、発売すると「ゲットした!」という投稿がソーシャルメディア上にあふれ、その投稿を見てコンビニに走る人もいた……といった具合です。さらに、ソーシャルメディアはコンテンツ支出意欲の高い人が集まることが調査から明らかになっています。

 こうした動きもあって、ツイッターやフェイスブックを生かそうという企業は多いのですが、成果が上がっていない事例も少なくないようです。情報提供といっても、最適な時間帯やタイミングにギュッと圧縮して発信するなど、ソーシャルメディアを使うにもコツがあり、それを見極めるためにも、ファンの動きや心理を理解する必要があると言えるでしょう。

――ラボにはどのような問い合わせが届いていますか。

 コンテンツが売れない、コンテンツをどう編成したらよいか、そのコツを知りたい、新しいメディアの活用方法はあるか……。そうした課題を抱えている企業からの問い合わせが非常に多いです。すでにデータの販売や営業を通じたソリューションの提供で実例が増えてきていますが、コンテンツホルダー、広告主、通信キャリアや有料放送などのプラットホーム事業者が中心です。プラットホーム事業者はこれまであまりコンテンツに縁がなかった業界ですが、プラットホームの魅力を向上するために、コンテンツを編成する必要が出てきているのです。メディアの多様化によって、新しいプレーヤーは確実に増えているという実感があります。

――コンテンツファンを「発火」させるとき、新聞広告にはどのような活用の可能性があるでしょうか。

 新聞の特性のひとつに「同時性」があります。同じタイミングで一気にファンを盛り上げることができるのは、新聞だからこそできる技ではないかと。例えば、テレビアニメの最終回に合わせて映画公開の全15段の広告を新聞に出稿したところ、熱心なファンの間でソーシャルメディアなどで盛り上がり、駅売りの新聞が売り切れたこともあります。
 また、コンテンツの1つである「美術展・展覧会」については、新聞を重要な情報源としているファンが多いという結果が出ています。カテゴリーによって、新聞の活用が最適なメディアになる場合もあると思います。

――今後の活動の展望などを聞かせてください。

 来年初めに3回目の消費者調査を実施する予定です。調査項目をより精査し、新しい変化をつかまえたいと考えています。そこで得た新しいデータの販売や、顧客企業の課題に最適化したソリューションを提供していくのはもちろん、様々なプレーヤーを横断して連携していける広告会社だからこそ、自社で新しいプラットホームやメディアを立ち上げるなど事業化していくことも見据えています。